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【第5章 見わたせば 花も紅葉も なかりけり】全年齢版③

※ムーンライトノベルズにてR-18完全版を公開しております。

【第5章 第3話】


 ホテル最上階、呪力を辿り、濃度が一番高いところを目指した。重厚感ある扉の先は、最高級スイートルーム。まだ部屋に入ってもいないのに、ませそうなほど甘く濃い呪力が全身を包み込む。同時に、身体の中心から煮えたぎるような欲望の熱が広がって、全身の感覚を研ぎ澄ませる。溢れ出しそうな欲求を必死に堪える。ふと、柊に視線を投げると、ほんのりとピンクに染まる頬で唇を噛み締める。柊も自分と同じように葛藤の中にいる証だった。別行動以降、鷹宮とは連絡がつかないのも気がかりだ。今となっては潜入も別行動も迂闊だったと思うが、ここまで影響を与える物怪を放っておく選択肢はない。


「これは、呪力がなければ危なかったね」


「鷹宮さん、やべぇかも」


「そうだね。早く終わらせよう。蓮、準備はいい?」


「おう」


「「式神外装」」


 外装を纏い、扉に手をかける。人を誘い込むための部屋は、鍵などなかっていなかった。薄暗い室内のエントランス。通路の明かりに照らされ進むと、広い空間が姿を現した。


 リビングルームであろう空間には、一人や二人ではない、人の気配。濃厚で、重く、甘い香り……そして、男女のくぐもった呻き声。


「この香り……深く吸うでないぞ。外装の仮面越しとはいえ、影響が出るやもしれぬ」


 玄武の声が、低く響く。


 扉の横の照明をつける。


「……マジかよ」


「いざ見せつけられると……すごいね」


 照らされた室内に、十数名の男女がいる。一様に目が空ろだ。壁に手をついた男には背後から別の男が覆い被さり。ソファの上では一人の男と二人の女が項垂れている。人の数も、声も多すぎる。その中には、先ほど入口で見かけたSHUNTAの姿もあった。


 呆気に取られていると、横から女性に抱き締められ、腰に手を回される。


「新入りさん? ねぇ、そのコスプレなに? そういうの好きなの? こっちで、みんなで楽しもうよ」


「……お、俺らは違うんで」


 驚きはしたが、冷静にその腕をほどく。


「つまんない男」


 女は、すぐに興味を失い、別の女性の元へと戻っていった。


「あの奥だな。嫌な気配が、溜まってやがる」


 朱雀の低い声。


「……わかってる」


 ブルーと並び、奥の部屋へ進む。バスローブを纏った男性が2名。一人は、着物を着た女が抱きしめあっている。もう一人は椅子に腰掛け俯いている。


「え、あの抱き合ってる人……日向が好きな番組のワタルお兄さんじゃ……」


 柊と日向が、好きでよく見ていたことを思い出す。女がこちらに気づき、視線をこちらに向け艶やかに笑う。


「あら……? いいところなのに、邪魔なんかして。ヒーローってのは……随分、野暮なのね」


 むせ返るほど濃い呪力。女は名残惜しそうに男から離れこちらに向き直る。


「あやつは……玉藻前か! 封印されておったはず」


 玄武が声を上げた。


「ヒーロー…?」


 座っているの男が反応して、顔をあげる。


 鷹宮透真。


 同じような虚な瞳で、こちらを見つめてくる。


「なんや、にいちゃんらか。改めて見ると、その格好、ほんま格好ええスーツやなぁ」


「鷹宮さん……なんで、ここに……?」


「あら……知り合いなのね? それは楽しくなりそうね」


 その瞬間、視界が歪んだ。視界の端で、ブルーが僅かに揺れたように感じた。


 鷹宮が、ふらりと近づいてくる。


「そんなん、どうでもええやん。こっち、来ぃひん? 三人で、仲良うしよ?」


 焦点の合わない黒い瞳。


 ブルーの肩に、指先が触れた。


「いかん!」


 玄武の叫び。


「ブルーよ! 目を見るでない!」


 柊の動きが、止まる。次の瞬間、外装が解除され、玄武が弾き出された。


「……蓮? こんなところで、バスローブ着てどうしたの?」「いや、違う」「……お前は……鷹宮……?」「蓮……?」


 柊が、鷹宮を見つめながら、俺の名を呼ぶ。


「柊! 惑わされるな! それは俺じゃない!」


 柊の腕を掴む。だが、止まらない。柊の手も、鷹宮の肩に触れる。鷹宮は、柊を抱き寄せた。


「蓮…」


 見つめ合う二人。やめろ。俺以外にそんな目を見せるな。


「クソ……!」


 朱雀が叫ぶ。


「蓮! 玉藻前を斬れ!」


 炎を掴み、祭祀刀を構え、踏み込む。同時に、玉藻前を守るようにワタルが割り込んだ。


「うふふ。よくできました」


 玉藻前が、男の背中に触れると、嬉しそうな声を上げる。


「あとで、たっぷりご褒美あげなきゃね」


「斬れない……! どうすれば……!!」


 視界の端で、柊からも鷹宮に腕を回す。


「やめろ! やめてくれ! なんでっ……!」


 見たくない。もう見たくない。


「柊! 目を覚ますのじゃ!」


「これ以上、吸うでない!」


「……吸う……?」


 周囲に漂う呪力に目を向ける。


「玄武、力を貸して」


「……なんじゃ? いや、今のお主なら……よかろう」


 玄武が、蓮の中へと消えていく。


 奪わせない。これ以上、柊を。そして、誰の心も。


「式神……重装!!」


 赤い装甲の表面に、水が揺蕩う。次第に激しくなる流れが、腕と肩に追加の装甲をもたらす。


「蓮……おれ、もう……」


 柊と鷹宮の顔が、近づいていく。


 レッドの手に現れたのは、蛇弓。水の矢が、炎を纏う。


「……業火流水の矢!」


 放たれた矢は、蛇のような軌道を描き、天井へ。


 炎が走り、水の矢が砕けると、爆ぜるように、白い霧が立ち上った。熱と水がぶつかり、空気そのものが軋む。呪力によって極限まで純化された水分が、空気中に散布された玉藻前の呪香を、分子レベルで焼き払い、洗い流していく。甘く絡みついていた香りが、霧の中で形を失っていく。


「呪香が……消えた?」


 玉藻前の目が、驚愕に見開かれる。彼女の支配域であったスイートルームが、瞬時にして、神社の境内のような、ひんやりとした清浄な空気に書き換えられた。白い蒸気が、ゆっくりと薄れ見えてきたのは、床に一つ、ベッドに二つの崩れ落ちた影。


 鷹宮とワタルは、呼吸こそあるものの、完全に意識を失っているようだった。


 甘い香りは、もうない。呪力を含んでいた空気も、霧とともに散らされていた。


「……柊」


 レッドが、かすれた声で名を呼ぶ。


 その声に、柊の身体が、びくりと震えた。


「……?」


 ゆっくりと、まぶたが持ち上がる。焦点の合わない視線が天井を彷徨い、やがて、蓮の姿を捉える。


「……蓮……?」


 その声は、はっきりとこちらに向けられた。ほっと息を吐いた、その瞬間。玄武の気配が、ふっと柊の傍へと移る。


「……戻ったか」


 低く、確かめるような声。


「すまぬな。なんとか間に合ったようじゃ」


 柊は、ゆっくりと上体を起こす。


 自分の手を見て、次に、倒れている鷹宮へと視線を落とし、ようやく、何が起きていたのかを理解したように、息を呑んだ。


「……っ……おれ……」


「大丈夫だ。何も起きてない」


 レッドが、力強く伝える。


 だが、その直後、力が抜けたように、膝が折れる。


「レッド!」


 片膝を床についた。外装は、解けていない。だが、それでも明らかだった。一瞬で、呪力を大きく消費した代償。


「……はは、さすがに、やりすぎたな……」


 息は荒く、肩が小刻みに上下している。柊は慌てて立ち上がり、蓮の元へ駆け寄った。


「無茶、しすぎ……!」


「……止める方法が、他になかった」


 玄武が、静かに言葉を挟む。


「重装は、高度な技じゃ。その分、呪力の消費も激しい」呪力の質を切り替え、あの霧を作るなど……目覚めたころのお主らでは、まず不可能じゃろうて」


「……そう言われると、ちょっと誇らしいな」


 レッドは、苦笑した。


 その背後で、気を失ったままの鷹宮が、小さく身じろぎする。


 その気配に、朱雀が低く唸った。


「……まだ、終わってねえ」


 霧は晴れた。幻は砕けた。


「玉藻前はどこに?」


 割れた窓と頭上から感じる重い呪力の圧力が、その存在感を示していた。

式神重装しきがみじゅうそう

十二神将の力を同時運用する高位外装形態。

極めて高度な呪力制御を要求されるため、消費量が大きく、長時間の維持は困難とされる。


◯感情エネルギーを喰われた人間への影響

喰われた量および質により、身体・精神への影響は段階的に変化する。

他者から与えられる「愛情」により、一定段階までは回復が可能。

ただし、愛情ではなく穢れ・怨念などを蓄積した場合、下級物怪を発生させる要因となる。

【症状段階】

軽症

・目眩

・立ちくらみ

中等症Ⅰ

・虚脱感

・感情鈍麻

中等症Ⅱ

・意識混濁

・自己認識の希薄化

重症Ⅰ

・記憶喪失

・人格欠損

重症Ⅱ

・廃人化

・身体砂状化


玉藻前たまものまえ

人の感情の中でも、とりわけ「欲」「依存」を好む上位物怪。

感情を喰らう際は、対象を中等症段階に留め、人間同士の性的接触または、玉藻前自身からの支配・依存形成を通じて回復させることで、感情エネルギーを循環させながら長期的に捕食する特性を持つ。

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