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【第5章 見渡せば 花も紅葉も なかりけり】全年齢版②

※ムーンライトノベルズにてR-18完全版を公開しております。

【第5章 第2話】


 ホテルの最上階。広い室内は薄暗い。間接照明と、市内を見渡せるほどの大きな窓から漏れる街の明かりに照らされ、十数人ほどが、男女の境なく、絡み合う。視線はどこにも焦点を結ばない。芯から漏れ出す享楽的な声色が、より深く繋がりを求め、闇に溶けていった。


 呪力を帯びた甘い香りが、空間を満たしていた。それは甘く、濃く。人の熱と欲が発したものか、あるいは、最初から仕込まれていたものか、もはや区別はつかない。満たされたはずの身体とは裏腹に、その奥には、何ひとつ残っていなかった。


 その光景を、少し離れた場所から眺めながら、女は言った。


「人間の感情なんて、食い尽くしてしまえば終わりさ」


  艶を帯びた声が、闇に溶ける。誰に聞かせるでもなく、けれど確信を込めた声音で。


「残して、育てて、また味わうのが、賢いやり方ってもんだろう」


 視線が、絡み合う身体の向こうをなぞる。


「ちょっと欲望を刺激するだけで……ほら。また新しい餌が、自分から飛び込んでくる。人間って、本当にいじらしいねぇ」


 くすりと、喉の奥で笑った。


⸻⸻


 ホテルは、夜にもかかわらず異様に静かだった。


「ここや」


 鷹宮とともに、物陰からホテルの入り口を観察する。


「にいちゃんらが言うとった、怪物……やのうて、物怪の噂が出とんねん。それに、怪しい酒池肉林パーティーの話や。芸能人の出入りもしょっちゅう目撃されとる。せやのに、フロントには記録が残ってへん。」


 口角をあげ、ニヤッと笑う。


「……だから、ここに潜入するってこと?」


 柊が低く問いかける。


「そういうこっちゃ」


「じゃあ、その酒池肉林パーティー……とかいうのにも?」


「興味あるんやったら、潜り込んでもええで? ……なんや、意外とスケベやな」


 一瞬、悪戯っぽく目を細め、ニヤついている。


「ちげーよ! 逆だ逆! そこは、避けられるなら避けたいだけだ!」


 蓮が即座に噛みついた。


 鷹宮は、肩をすくめて笑った。


「はいはい。真面目やなぁ。せやけどな。結局、行くことになると思うで」


 鷹宮はヒラヒラと手を振った。その言い方が、妙に確信めいていて、胸の奥がざわつく。


「じゃ、作戦や」


 鷹宮は指を二本立てた。


「ボクは裏口から潜入して、証拠を集める。にいちゃんらは、客のフリして正面から呪力いうやつの痕跡を辿る」


 一瞬だけ、視線が鋭くなる。


「くれぐれも、バレんようにな」


⸻⸻


 エントランスに足を踏み入れた瞬間、そこに広がったのは……磨き上げられた床。柔らかな照明。穏やかな表情のスタッフ。三つ星ホテルというだけあって、少しの隙間ない、煌びやかで落ち着いたエントランスだった。外見だけを見れば、何ひとつ異常はない。


 ただ……鼻腔を突く、甘ったるい香り。


「……この匂い。呪力、混ざってる?」


 蓮が、思わず小さく息を吸い、すぐに止めた。


(おぉ。自分で気づくとは、成長しておるのう。この高い純度……かなり大物のようじゃ)


 玄武の声が、どこか満足げに響く。


「これ、鷹宮さん大丈夫かな……ちょっと、あれ見て」


 柊が、ほとんど息だけで囁く。視線の先。ロビーの一角で、サングラスをかけた男がスタッフと話していた。


「……あの人」


「大人気アイドルグループの、SHUNTAだよな?」


 蓮が、声を潜めて言う。


 柊は、小さく頷いた。


「間違いない。鷹宮の雑誌に、載ってた人だ」


 胸の奥が、嫌な形で繋がる。


「鷹宮の予想、当たってんのかよ…」


 華やかな照明の下で、選ばれた客が、静かに奥へと導かれていく。その先にあるものを、二人はまだ、知らない。


⸻⸻


 女の腕の中で、男が甘えた声を漏らす。


 ……良い。


 感情は大きく、濃く育った。視線が、男の左手へ落ちる。薬指に光る、契りの証。真面目で、誠実で、皆に愛される理想の男。けれど、理性で固められた内側ほど、渇望は深い。


 それは、ひと目で分かった。


 幻を見せ、選ばれた者だけの宴へと導いた。酒池肉林。欲望が肯定される場所で、男はあっという間に均衡を失った。


「愛してる」


 熱に浮かされた男から漏れる、偽りの言葉。


 玉藻前は、微笑んだ。


「ええ。私も愛しているわ、ワタル」


 嘘ではない。喰らうには、愛情が最も上質だ。


 椅子に座る男を抱きしめる。この男の中には罪悪感がある。理性がある。頭では間違いに気づいている。そんな男ほど、私の呪香で包んでしまえば、全ての感情は反転し、ただ、背徳に溺れる。一途な想いほど、汚し甲斐がある。


「ああ……なんて、甘美な熱」


 人と物怪。それもまた、背徳。視線を部屋の隅に向ける。もう一脚の椅子に手足を拘束され、空な目でこちらを窺う男がひとり。従順に従えた従業員に紛れ込んだ異物。先ほどまで、何かを嗅ぎ回っていた者。好奇心か、欲か、それとも……。


 玉藻前は、ゆっくりと笑った。


 さて。この男は、どんな風に堕としてあげようか。

SHUNTA

10代・20代を中心に人気のアドルグループのセンター。

甘いルックスと爽やかで誠実な人柄で、幅広い層から支持を集めている。


ワタル

大人気子供向け歌番組の歌のお兄さん。

既婚者でありながら、主婦層からは絶大な人気と支持を得ていた。

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