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【第4章】全年齢版⑥

【第4章 最終話】


 草に覆われたゴルフ場跡。かつては価値を誇った場所も、今は役割を失い、静まり返っている。


 二人が降り立った瞬間、影が追いついた。二メートルほど離れた位置に、罪鬼が現れる。同時に、周囲に無数の衛士が姿を現した。


「このような場所に誘うとは……罪を償う気は、ないとみえるな」


 柊は、一度だけ息を吐いた。


「君の言うことは、正しいと思う。おれたちは、血を繋げない」


 蓮が続く。


「でも、どうしようもなく好きなんだ。この関係が罪だと言われても、受け入れられない。愛し合うことが、罪だとは思えない」


 静かな断言だった。


 罪鬼は檜扇を高く掲げる。


「戯言。一時の情に身を任せ、理を誤るとは愚かなり」


 扇が振り下ろされ、衛士が一斉に動いた。


 炎を纏う祭祀刀を構えるレッド。ブルーが蛇弓を引き絞る。周囲には二つの勾玉が宙に浮かび、それぞれが自律するように軌道を変えた。一つはレッドの前へ。もう一つはブルー自身の側面へ。


 衛士から、矢が放たれる。盾が自動的に矢を弾く。蓮が祭祀刀を振り抜けば、刃と刃が交錯する。衛士は、一体一体は強くない。圧倒的な数の不利はあるが、二人の連携で対処できていた。だが、罪鬼には届かない。切り裂く刃も、放たれた矢も、寸前で衛士の守りに吸い込まれていく。


 衛士の刃は鋭く、乱れがない。それは憎しみではなく、法を執行する事務的な冷徹さだった。


「……こいつら、迷いがねぇ。罪鬼は自分が『正しい』って、魂の底から信じてやがるからだな」


 朱雀が苛立ちを露わにする。その「正しさ」こそが、こちらの刃を鈍らせていた。


「レッドとブルーも、よくやっちゃあいるが…」


「うむ、流石に厳しいのう。奴らの練度と数ではいずれまた」


 式神たちの声に、焦りが混じる。


 最初は、押し切れると思っていた。だが、数が尽きない。月が、静かに高く昇っていく。腕が重い。呼吸が、追いつかない。


「……キリがねぇ」


 蓮が息を吐く。罪鬼への攻撃も入るが、手応えはない。


「無駄だ」


 罪鬼が告げる。


「吾は、罪が重なりし存在。怨念、執念、悔念。その果てに、残ったものが力となる」


 玄武が低く唸る。


「……罪にまつわる念が重なり、生じた存在か」


「だから、理に縛られてるんだな」


 朱雀が吐き捨てる。


 蓮が、罪鬼を見据えた。


「なぁ、罪鬼。子を生み出せないことは、罪か?」


「無論」


 即答だった。


「子を成さねば、人の世は滅びる」


 罪鬼の言葉が、物理的な重圧となって蓮を叩く。


「……っ、たしかに、あんたの言う通りだ。血が途絶えれば、いつか人は終わる。それは、怖いくらい正しいよ」


 蓮は膝をつきそうになりながらも、前を見据える。


「でも、正しいことだけが、人が生きる理由じゃないだろ」


 蓮は、刃を下ろしたまま言った。


「子に恵まれなかった人は? それでも、生きてきた人は?俺はさ……幸せって、ひとつじゃないと思ってる。人の数だけ、事情があるんじゃないか?」


 罪鬼の視線が、わずかに揺れる。


 柊が、一歩前に出た。


「人の世って、子供を成すことでしか続いてきたわけじゃない。子がいなくても、教育や思想、手段や仕組み、記憶を繋いで、未来を紡いできた人たちは、確かにいた」


 一度、言葉を切る。


「……それに、おれたちには両親がいない。でも、施設の大人たちが、ちゃんと愛情をくれた。大切な人にも出会えた」


 視線を伏せて、静かに続ける。


「今は、その愛を……同じ境遇の子たちに、返しているつもりだ」


 蓮は、少し照れたように笑った。


「正直、自分の子供なんて考えたことなかった……たぶん、いたら楽しいんだろうな、とは思う」


 それから、はっきりと前を見る。


「でも、俺は、柊と二人で歩く未来が、一番ほしい」


「蓮……」


 柊の声が、わずかに震れる。蓮は、罪鬼を見据えた。


「裁くために、人の未来や可能性を、奪うことになっていないか?」


 罪鬼の扇が、震えた。


「……理を、否定するのか」


「いや、違うな」


 朱雀が答え、玄武が続ける。


「新たな理を重ねておるのじゃ。諸行無常。理もまた、移ろうものよ」


 沈黙。やがて、罪鬼は静かに檜扇を下ろした。


「吾は、その新たな理を知らぬ……だが、諸行無常……それを否定する言葉も持たぬ」


 衛士たちが、霧のように消えていく。


「吾は汝らを認めぬ。汝らの道は、未だ理の欠片も持たぬ、危うき砂上の楼閣なり」


 罪鬼は檜扇を閉じた。


「ゆえに、見守るのではない。汝らが自らの矛盾に潰れ、理に跪くその時を、吾は待とう。……せいぜい、その脆き絆を謳歌するがいい」


 罪鬼は、ゆっくりと夜空を仰いだ。静かな声が、闇へと沈んで行く。


「もし人が、再び罪を重ねるなら、その時は、吾がすべてをもって償わせよう」


「吾は人の世が続く限り滅びぬ。消えぬ。次代を見せてみよ」


 その言葉を最後に、闇は、溶けるように消えた。夜風が、月に照らされた桜を静かに散らす。残されたのは、二人の鼓動だけ。


 外装が解け、蓮と柊は、無言のまま互いの手を握り合う。まだ、何も終わっていない。けれど確かに、世界は、ほんの少しだけ更新された。


「……認めてもらえたのかな」


「たぶん、処分保留なのかも」


 しばらくして、柊がぽつりと聞いた。


「ねぇ、蓮。呪力、残ってる?」


「もう、すっからかん」


「……どうやって帰ろうか」


「あっ……」


 柊が、にやっと笑う。


「ちゅーしたら、飛べるかな?」


「それは柊がしたいだけだろ!」


「そうかも」


 二人の笑い声は、満天の星空へと、静かに溶けていった。


 数日後。


 夕方の街は、いつもと変わらない顔をしていた。仕事帰りの足音、店先の灯り、信号待ちの人の列。


 蓮と柊は、手を繋ぎ並んで歩く。通りすがる人が、ちらりとこちらを見る。驚いたように目を瞬く者。何事もなかったように視線を逸らす者。一瞬だけ立ち止まり、考え込むような顔をする者。


 誰も、声には出さない。


 ざわめきも、拒絶も、祝福もない。ただ、見られている。


「……見られてるな」


 蓮が小さく言う。


「うん」


 柊は、繋いだ手を離さない。少しだけ、指に力を込める。


「でも、離す理由もないよ」


「だな」


 歩調を揃え、二人はそのまま前へ進む。世界はまだ、完全には変わっていない。けれど、もう戻りもしない。


 好奇の視線の中を、驚きと沈黙のあいだを、二人は、当たり前の顔で歩いていく。


 それだけで十分だった。


【4章 世の中に たえて桜の なかりせば 

春の心は のどけからまし】 完

罪鬼ざいき


人の世における「裁き」の概念が形を得た存在。

平安という時代は、血統・家・地位・継承が絶対的な意味を持った社会でした。

政争、策略、家の存続。

時には、無実であっても裁かれ、切り捨てられる者も存在しました。


罪鬼は、そうした時代の価値観と、理不尽に裁かれた者の想い、裁かねばならなかった側の理、そのすべてが重なり合って生まれた存在です。

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