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青空  作者: ひとみ
5/7

5


出勤してから1時間。

隣に座るニニは書類を目の前に広げたまま、ずーっと鼻をかんでいる。


「ニニ」

ズビー。


「ニニ」

ズビー。


「ニニ!」


全然聞いちゃいない。その上ため息まで吐いている。

顔も赤いし、熱があるんじゃないだろうか。

ばかニニ、やっぱり風邪ひいたな。


何度も呼んでいた分隊長は、とうとうニニの机の前まで来て肩を叩いて、今日は帰れと言った。はじかれるように立ち上がったニニは、詫びの言葉とともに頭を下げたが、あれ?と言ってそのまま机にしがみつくようにして床にへたりこんでしまった。

見守っていた皆が焦って席を立って周りに集まってくると

ニニは半端な笑顔で、あれ?とか、すみません、とか、ごにょごにょごまかしながら立ち上がった。

「今日はもう帰れ」

分隊長にもう一度言われると目が覚めたような顔をして、はい、それでは失礼しますとハキハキ挨拶をして、よたよたと部屋を出ていった。

彼女のカバンを持ってその後を追いかけようとした俺の背中に、分隊長が声をかけてきた。


「リアム」

「はい」

「ニニを帰して寝かしつけろ」

「はい」


返事をしながらドアノブを回した途端ドアがこちら側に押され、ニニが背中からズルリと倒れ込んできたので、焦って両脇の下に腕を入れて支える。


「あれ?リアム??いま私、どこに行こうとしてたんだか、考えてたんだけどね、」

「まったく…。家に帰るんだよ」

「あー、そうそう!」

俺はため息をついて、腕の中でぐんにゃりと見上げてくるニニを立たせて睨む。すると彼女はえへへと言って俺の腕に掴まって歩きだした。




**




ネコ隊の馬車を出してもらいニニを座らせると、そのまま上半身を座面に倒してしまったので、俺は上着を脱いで、くるくる丸めて頭の下に敷いてやった。

本当は膝枕でもしてやりたいところだが、なにしろ俺の腿は太くて硬い。

やがて彼女の暮らすアパートメントに到着するとガタゴトと走っていた馬車が止まり、御者台にいた同僚が覗き込んできた。

「ニニ、大丈夫そうか?」

うとうとしていたニニは名前を呼ばれて目を開くと、ちょっと潤んだ瞳で彼を見て、困ったような顔で微笑んでうなずいた。

身体はぐでんとしているが、気分はそれほど悪くないようだ。ほっとした気持ちで抱きかかえて馬車から下ろし、ここまで連れてきてくれた同僚には先に戻ってくれるよう頼んでから、玄関に向かった。

ニニは俺に抱えられたまま鍵を回してドアを開け、靴を脱いでポイポイと放り投げている。

そのまま上がり込むと、ワンルームのようだがベッドは見当たらない。ちゃぶ台には俺が使ったマグカップが、俺が座っていたところに置きっぱなしだった。

…あの時すでに具合が悪くなっていたのか。


「寝室は?」

「ここ。」

「ここは茶の間だろ?」

「いいの。布団敷くから。」

俺の腕から下りると意外としっかりした足取りでクローゼットを開けて、布団を出し始めた。

「俺がやるから。座って待ってな。」

「うん。」

ニニは頷くとちゃぶ台の上に額を乗っけて目を閉じた。俺の使ったマグカップを頬に当てて。


「ニニ。」

寝床の準備をして、呼んだらくるりとこちらを向いた。黙って俺の顔を見ている。

「着替えて寝てな。」

「うん。」

返事をして立ち上がり、タンスの前に陣取り引き出しを開けてごそごそとやり始めたので、俺は台所に向かった。

氷をボウルにあけて布巾を探していると、横からタオルが差し出される。

さっきまでまとめていた髪を下ろしオレンジ色のパジャマを着て立っているニニは、見慣れた彼女とは別人のように幼く見えた。


「ありがと、リアム。」

タオルを浸した氷水のボウルを俺から受け取ると、枕元に置いてタオルを絞り、それを手にして布団に潜り込んで、額に載せて慎重な手つきで位置を調整した。そして、これでよし、とでもいうように満足げな息をつくと、目を閉じてまもなく眠ってしまった。


…可愛い。


俺は彼女が脱ぎ捨てた騎士服を畳んでその辺に置くと、飲み水を用意して枕元に胡座をかき、タオルを絞りなおして、額に乗せるついでに頭を撫でた。


ほんと可愛いな。


目の前で眠る俺の部下。隣の席の女の子。

プロポーズ、してしまおうか。


指先で、紅い頬を撫でる。閉じられた瞼、ちょっと上を向いている丸い鼻。

つきあってもいないけど。

俺たちの気持ちは同じだと思っている。


撫でている指先から熱が伝わってきて、なんだか落ち着かなくなってきた。

俺は立ち上がると、台所で袋に氷を詰めて戻り、ニニに声をかけた。


「ニニ。ちょっと冷たいよ。」

汗で湿って首筋にまとわりついている髪をかき分けて、そこに当たるようにハンカチで包んだ氷の袋を置いた。

ニニは目を閉じたまま眉間にぎゅっとシワを寄せて逃れようとしたが、頭を撫でてやるとおとなしくなった。

右腕を枕に絨毯の上に寝転がって寝顔を見ているうちに、俺もうとうとしてしまって、顔を上げてみると氷はだいぶ溶けて、熱も少し下がっていた。


明日は休むよう置き手紙を書き、ニニの額のタオルをもう一度絞り直して載せたあと、じゃあなと呟いて、こめかみに、鼻先に、キスをした。


撫でるだけにしておけばよかった。

キスなんかしたから、抱き締めたくて仕方がなかった。


帰り道、ニニの実家に寄り様子を見てくれるよう頼むと足を早めて本部へ急ぐ。

そしてニニが元気になったら天気のいい日に散歩に誘って、中央公園の花畑を見渡すベンチでアイスクリームでも食べながら、プロポーズをしようと心に決めた。



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