6
風邪を引いてリアムにお世話になってから3週間。
ますます好きになっている気がする。
衝撃の異動通知の日に、うろたえる私を宥めてくれた穏やかな声。
熱を出して寝込む頭を優しく撫でてくれた大きな手。
仕事中も隣の席に座るリアムを見ると、すぐに気づいて微笑んでくれる。
もう、ほんとに、大好き。
プロポーズ、してしまおうか。
「ね、リアム。明日、予定ある?」
リアムが非番の明日はお天気がよさそうなので、夜勤明けに中央公園で待ち合わせをして、サンドイッチでもかじりながら結婚を申し込むことにした。
「なにもないよ。ニニは今日夜勤だよね?」
「うん。だから明日、一緒にお昼ごはんでもどうかなと思って。中央公園で。お花見ながら。」
「いいな、それ。でもニニ、眠いだろ。」
「大丈夫。張り切って仮眠とるから!明日は晴れて、あったかいんだって。」
こうして私のプロポーズは明日、決行されることになった。
**
張り切って仮眠って、そんなんよけい目が冴えるだろ、とは思ったが、そういうバカっぽい発言がまた可愛い。
あの雪の日から3週間。そろそろ早春で、気の早い蕾がほころび始める頃だ。
そしてニニが第一に異動するまであと半月。
くれぐれもニニには言うなよと念を押す分隊長の話によると、第一は今、与太者がだいぶ増えてきているそうだ。金持ちばかりでつるんでいるから目が節穴になり、物事の善し悪しの判断基準がねじまがっているのだが、なにしろ目が節穴なので気づくこともない。という状態らしい。
そこに風穴を開けるのがニニだと言うのだが、無理だろ、と俺は思っている。
恐らく分隊長も、無理だと思っている。
ニニはむしろ、開いた穴を塞ぐ方だ。柔らかい眼差しと言葉で綻びを繕い、せっせと動いて溝を埋める、そういうタイプの人間だ。
が、ニニをよく知らない第一と第二の団長を、分隊長は3週間かけても説き伏せることができなかった。そして彼女の双肩にはとんでもない重荷がのせられようとしているのだ。
ニニはきっと、持ち前の暢気さとおおらかさで、そこそこ馴染める相手を見つけ、それなりに上手くやるだろう。
だがそれでも王族をはじめとする金持ち連中とのつき合いはニニの神経をすり減らすし、団長どもの期待にはもちろん応えられない。
何が風穴だ。お前らで勝手に開けろと言いたい。
だから俺は明日、ニニにプロポーズをする。
こうなったら寿退社だ!と、ひとりで息巻いているのだ。
**
夜勤明けの目に、お日様がしみる。
リアムと並んで仕事ができるのも、あと半月。
リアムは大丈夫と言ってくれたけど、やっぱり近衛騎士たちはちょっと怖い。住んでいる所が違えば食べているものも違う。
同じものを見ても、きっと感じ方が違う。
かわいいブラウスがほしいなと思って古着屋さんに足を運ぶ私とは、別世界の人たちだ。
考えれば考えるほど、気が重くなる。
仕事だもの。
仕事さえ真面目にがんばって取り組めばそれでいいのだとは思っても、やっぱり心細い。
陽射しの眩しさに俯いてとぼとぼと門を出たところで、優しい声が私の名前を呼んだ。
「ニニ。お疲れ。」
いい天気だから気分がよくて、早めに家を出ちゃったんだ、と言うリアムは、手にうちの店の紙袋を抱えていた。
「サンドイッチ、買ってきた。」
どうしてリアムは私が欲しがっているものがわかるのか、不思議で仕方がない。
「ありがとう!途中で買っていこうと思ってたんだ。」
リアムは自然に私と手を繋ぐようになった。この大きな手に包み込まれる幸せを、もう手放したくない。
公園前の露店で飲み物を買い、ベンチに腰かけてサンドイッチを取り出す。
「マリナがコロッケパン、おまけしてくれた。」
「気が利くね。さすが我が妹。」
「マリナ、ずいぶん元気そうになったな。」
そうなの、接客もできるようになってきたし、そろそろ他の仕事を探して自立のみちを探るのもいいかも、まだ早いんじゃないか?などと話をしながらサンドイッチを頬張る。
大好きな人とする食事は、どうしてこんなに楽しいのかな。
リアムと毎日、こんな日々を過ごしたい。
休日の昼下がりは、ふたりでお昼寝するんだ。
くっついたらきっと、ぎゅっと抱き締めて頭を撫でてくれるだろう。そしたら私も、リアムのほっぺにちゅうしよう。
あーもう無理だ。
リアム大好き。
「結婚しよう。」
あれ?
リアム今、なんて言った?
**
「俺と結婚して、退団すればいい。ニニなら大丈夫って言ったけど、大丈夫とか、そういう問題じゃないって気づいた。」
黙って俺の顔を見ているニニの目が、ちょっと大きくなった。
「ニニが第一に行ったら辛い思いをするし、きっとめそめそ泣くことになる。俺はニニにそんな思いはしてほしくないし、する必要もない。」
だから、結婚しよう。俺のお嫁さんになって、毎日一緒に楽しく暮らそう。それこそが、今の俺の願いなんだ。
「うん。結婚する。リアム大好き。」
そう言って顔全部で笑ったこの瞬間から、ネコ隊のニニは、俺のニニになった。




