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青空  作者: ひとみ
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私の実家は中央通りでパン屋を営んでいる。

ときどき前日の売れ残りを職場に差し入れしているのだけど、もちろんそこには、リアムの好きなコロッケパンが必ず入っている。

しかも!そのコロッケは、これは内緒だけど大きめにしている。これだけは残り物ではないのだ。

前回の差し入れまでは私が丸めて揚げていたが、今はマリナがその係だ。


マリナはひったくりで捕まったその晩は騎士団本部にある鉄格子の部屋で過ごしたが、翌日の聴取が済んだあと、家まで送っていった。

その次の日から、うちで働いている。

14歳だと言っているが、胸はまったいらだし手足は棒のよう。顔色が悪く、顎の辺りでざくざく切られている焦げ茶色の髪はパサついていた。どうみても、栄養が全然足りていない。だから1日働く体力もない。

両親は、当面の間は朝の開店からお昼過ぎまでを彼女の勤務時間としたようだ。

そしてひとりっ子の私は、マリナを妹扱いして可愛がっている。



「マリナ、これ着てみて」

去年気に入って買ったものの、肩がきつくて全然着ていないブラウスを差し出す。

実家の私の部屋の絨毯の上でネコのようにゴロゴロしながらひと休みしていたマリナは、むっくりと起き上がり、ブラウスを受け取った。

「ニーちゃんのお気に入り?」

小さな声で尋ねてくる。

ニニさん、と呼ばれていたが、この半年でいつからかニーちゃんになった。

以前よりは血色がよくなり、女の子らしい丸みも少しは出てきている。が、声は相変わらずとても小さい。

いつも相手の様子をうかがっていて、自分からは動かない。話しかけても来ない。

こんな子が引ったくりなどという乱暴な犯罪に走るなんて。そうするしかなかったなんて。考える度に胸が痛む。


「うん。気に入って買ったんだけどね、ちっちゃかった」

マリナは頷いて、水色のブラウスを広げてしげしげと眺めて言った。

「ニーちゃんには、小さい」

これはマリナの才能だと思う。

物の大きさやら容量やらが、見るとわかるようなのだ。

焼き上がったパンを店頭に運ぶためのトレイとか、配達に使う木箱とか、いつもちょうどいいサイズのものを選んで持ってくる。


休みの日はこうして実家でマリナをかわいがり、仕事の日には相変わらずお巡りさんとして街中を歩く。

あちこちで起こるいざこざをせっせと片付けて、リアムを眺めてほんわかする。

私の毎日はそんな日々の繰り返しだと思い込んでいたけれど、そうもいかなくなりそうな事が起きたのは、冷え込んで雪が積もった日のことだった。



**



昨夜から降り続いている雪が、くるぶしくらいの深さまで積もっている。

私は雪が大好きだ。わくわくして仕方がない。

ブーツを履いて手袋をはめて耳当てをつける。マフラーを巻いたらいつもより早めに家を出た。

さくさく。

誰も踏んでいないところを選んで歩くから、蛇行したり道を逸れたり。


『ひなぎく』の前で、雪に覆われた町並みを眺めていたリアムが、私を見つけてにっこりと笑った。

夏が終わり蝉の声も聞こえなくなった頃から、私たちは毎朝一緒に出勤しているのだ。

雪の積もった明るい朝に、大好きなリアムと並んで歩く。

さくさく。さくさく。

心の底から楽しくて幸せいっぱいだったが、なにしろ『ひなぎく』は騎士団本部の近所なので、残念ながらすぐに到着してしまったのだった。




**



「ニニ」

分隊長に呼ばれて立ち上がると、部屋の外へと促される。

私を呼んでおいて目を合わせようとしない分隊長に違和感を覚えながらもついていったら、第二の団長室に辿り着いた。

なんだかいやな感じがする。

この部屋に入りたくないと、分隊長の背中も言っている。

となると私はもう踵を返して逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、そういうわけにもいかずに、びくびくしながら分隊長に続いて、一度も足を踏み入れたことのない団長室に入っていった。



**



終業後、本部の門を出たところでリアムを待つ。

日中やんでいた雪が、また降りだしている。

リアムは班長なので、月に2回、会議があるのだ。

学校の委員会活動みたいなもので、私はその活動を終えたリアムが出てくるのを、もうずーっと待っている。

かれこれ1時間半。

今日に限ってずいぶん長引いているようだ。

寒い。寒い。雪が降っているんだもの、さすがに寒い。

それでもどうしてもリアムと話をしたいと思っていたのだけど、今から話し込んだらリアムが帰るの遅くなってしまうなーやめとこうかなーと考え始めたとき、さくさくと音が聞こえたあと、俯いて見つめていたつま先に向かい合って、もう一組のつま先が現れた。


「なにしてるの、こんな寒いとこで」

顔をあげると、リアムが、怖い顔をして私を見下ろしていた。

「リアムと、話がしたくて待ってたの」

「俺を待つにしたって、場所を選べよ」

リアムが怒っている。

こんな顔は見たことがない。

寒さで心底情けない気持ちになっていたうえに怒られて、やっぱりさっき、リアムに見つからないうちに帰ればよかったと後悔し始めたところで、ため息をついたリアムが私の手をきゅっと握った。

「ばかニニ、帰るよ」


さくさく。さくさく。


今朝、楽しく幸せいっぱいに歩いていた明るい雪景色の道も、夜になるとがらりと様子を変える。

積もる雪が周囲のあらゆる音を吸い込み、私とリアムの雪を踏みしめる音だけが、聞こえる。

真っ白になった地面が家々から漏れる灯りを映して、いつもよりほんのり明るい。

隣には、大好きなリアム。

雪明かりに浮かぶ、いつもよりも静かな面持ちが格好いい。

ばかニニって言ってたけど、手は繋いでくれている。

これってもう、恋人と言ってもいいのでは?

…いや、違うってわかってるんだけどね。

でもでも、同僚とは手を繋がないよね?

繋いだ手にリアムの温もりを感じただけで、不安も悲しみも和らいでしまう私は、本当に単純にできているのだ。


「リアム」

呼ばれて私を見下ろしたリアムの顔からはもう険しさは消えていて、眉が下がって何か気がかりなことがあるようだった。

「ちょっと話したいことがあるの。『ひなぎく』寄ってかない?」

「俺も話したいことがある。ニニんちに行こう」

えっ、うち?どうしよう、散らかってる。

「ニニ、骨の髄まで冷えきってるだろ。早く温まらないと」

…確かに。このまま寄り道なんてしてたら、具合が悪くなるかもしれない。

リアムが夕ごはんを買ってきてくれると言うので、私は先に帰宅してお風呂に入っておくことになった。

「玄関のカギは開けておくからね」

「うん、すぐ行くから」

…この会話、やっぱりもう恋人と言ってもいいのでは??


お風呂が沸くまでの15分くらいで、散らかった部屋をとりあえず普通の部屋にしなければならない。

まず敷きっぱなしの布団を畳んで押し入れに。脱ぎ捨てていたパジャマも一緒に押し込む。

流しに出しっぱなしだった朝ごはんの食器をとりあえず流洗って、何かこぼれた跡のついた調理台を拭く。まぁまぁ汚れてて、2回も布巾を濯がなければならなかった。

もう10分たってしまった。

ちゃぶ台まわりの絨毯の上を道具箱から取り出したテープでペタペタして、なんとなくゴミを取る。

できたのはここまで。さっさとお風呂に入らないと、リアムを待たせてしまう。

着替えを洗面所に置いて、お風呂場のドアを閉めたときに、玄関の方から声が聞こえてきた。


「おじゃまします」

リアムだ!閉めたばかりのドアを開けて、声をかける。

「その辺に座ってて。あったまったら出るから」

リアムが台所借りてもいい?と言うので、いいけど座ってて、と返して湯船に浸かる。

じんわり汗ばんできたところで上がり、部屋に戻ると、お茶を淹れてくれているところだった。


「話したいことって、ニニの異動のこと?」

ひなぎくで買ってきてくれたハンバーグのお弁当を食べ終わったあと、リアムが切り出した。

「分隊長に聞いたの?」

「うん。あと、班長会議の議題もそれだった」

班長会議で私個人の話題が出たことに驚いたが、リアムは話を続けている。

「ネコ隊から近衛に異動なんて、おかしいだろ。嫌がらせじゃなきゃいいけど、班長の皆は、第一の奴等がニニを退団に追い込むつもりだろうって、考えてる。」

私も心当たりと言えば、マリナの一件が国王陛下の逆鱗に触れ、第四王女殿下のお散歩が禁止になったことくらいしかない。第一の団員は富裕層の人間が多いから、王女様の取り巻きの面々のようにすっかり勘違いしてしまっている者も、中にはいる。

でも団長はまともだし、大体の人は普通なはずだ。ただ、皆お金持ちなのだ。

「あーー行きたくない。近衛なんて、できる気がしない。どう振る舞ったらいいのがわかんない。ぜっっったいに、行きたくない!無理だよう。。」

プリンをつついていたスプーンを握りしめたままちゃぶ台に突っ伏して弱音をはく私を、リアムはそっと抱き寄せて、優しく頭を撫でてくれた。

「あいつらみんな、俺たちとはお育ちが違うもんな。でもニニなら、馴染める相手は結構いると思うよ。」

商店街育ちで元気なのにおっとりしてて、意外と頑固だけど皆に優しいし、素直で挫けない性質が周りを引っ張りあげて…と、やたらと褒めてくれる。


やっぱりリアムと結婚したい。そしたら今日みたいな日は、このままお布団の中で話をしながらあったかい腕に包まれて眠りにつくことができるのに。


「ごめんね、リアムもう帰らないと、遅くなっちゃうね」

「うん。明日、分隊長に、もう一度よく話を聞いてみるよ」

アパートメントの門までリアムを見送り、その後ろ姿が角を曲がって見えなくなったらさっきの心細さがぶり返してきて、ちょっとだけ、泣いてしまった。


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