第86話 聖剣の魔王と幻の魔王
俺は不浄剣を盾にして、元勇者の斬撃を遮りながら後退した。
勢い余って地面を滑りつつ、不浄剣を杖に戻して構える。
杖の一部が欠けていたがすぐに修繕された。
僧侶のそばに立つ元勇者は薄笑いを見せて言う。
「――やめろよ。こいつはオレの仲間だ」
僧侶は瀕死だが、まだ辛うじて生きている。
それでも反応するだけの力は残っていないようだった。
一方で俺は元勇者の発言を揶揄する。
「意外だな、仲間の命を救うなんて。五年で心変わりしたのか」
「見くびるなよ。オレだって元は勇者だ……今は魔王だがな」
元勇者は堂々と言い放った。
奴が片手に握る剣は、白と黒の混ざった奇妙な魔力を帯びている。
その一挙一動を観察しつつ、俺は蔑みを込めて反論した。
「俺のことを見捨てたくせに、よくもそんな風に言えるよな。恥ずかしくないのか」
「あの時のオレは未熟だった。本当にすまないと思っている」
元勇者は素直に頭を下げる。
俺は無言で注視し、そして冷静に指摘した。
「――つまらない嘘はよせ。視えているぞ」
「魔眼か。はは、厄介な能力だな」
顔を上げた元勇者は平然と笑ってみせた。
それから剣の切っ先を俺に向ける。
「落ちこぼれの幻術師レード。まさかお前が魔王になってオレに立ちはだかるとは予想していなかった」
「だろうな。俺だって望んだことじゃない」
「世情に流されたってわけか。お前らしい主張だな」
元勇者は肩をすくめて、静かに剣を構え直す。
微塵も揺るがないその姿は、佇まいだけで死を予感させるほどの威圧感を発していた。
聖剣の魔王の名は伊達ではないようだ。
「さっさと始めようぜ。どうせオレを殺す気なんだろ。昔話と言っても、オレ達じゃ盛り上がらないからなァ……」
元勇者は好戦的な笑顔で舌なめずりをする。
それから自らの持つ聖剣の刃を一瞥した。
「すごいだろ。こいつのおかげでオレは魔王と呼ばれるほど強くなれた」
次の瞬間、元勇者が聖剣を真下に突き込む。
その先には倒されたままの僧侶がいた。
切っ先が背中を貫いて、地面に刺さる音がした。
僧侶の悲鳴が辺りに響き渡る。
「キィアアアアアアアアァァァァァッ!」
「蟲毒の力が宿っていてな。奪った命で使い手を強化する。ちょうどお前の不気味な武器と同じ感じだ」
呑気に語る元勇者の力が増大していく。
説明を信じるなら、僧侶から吸い取っているのだろう。
ほどなくして僧侶の死体は枯れ木のようになった。
生死は確認するまでもない。
仲間を糧にした元勇者は、満足そうな顔で僧侶を蹴り転がした。




