第30話 絶望の兆し
一面に広がるのは白い部屋だった。
俺は空中で姿勢を制御し、一回転した後に静止する。
架空の透明な床を歩きながら、遥か下に注目する。
何もないその場所に大勢の人々が倒れていた。
謁見の間にいた者達である。
転移扉から強制的に白い部屋へと落下したのだ。
本来なら即死しかねない高さだが、そうならないように調節した。
ちなみにここはノアと聖騎士がいる場所とは別の部屋である。
幻創魔術を使えば、同じような空間を複製することは容易なのだ。
二つの異空間の維持には、本来なら莫大な魔力を消費する。
しかし実際はまったく気にならない。
俺の肉体は、物理法則から逸脱しつつあった。
国王との対話を経て精神構造が変容したのか、力が際限なく溢れてくるのだ。
我ながら人間の限界をとっくに超越しているらしい。
驚きも喜びも湧いてこないが、便利だとは思う。
俺は不可視の階段を下りて人々のもとへ向かった。
眼下の人々は誰もが困惑していた。
身分も性別も関係なく平等に慌てている。
彼らは白い部屋を幻の一種だと解釈しているのだろう。
転移扉からの落下も幻と思っているに違いない。
彼らにとって現状は性質の悪い虚構なのだから。
「真実なんてどうでもいいんだもんな。何もかもが定かじゃない世界はどうだ?」
俺は人々の頭上で笑う。
すると国王がこちらを見上げて怒鳴ってきた。
「すぐに術を解除しろ! これだけの暴挙……貴様、絶対に許さぬぞッ!」
「許さなくていい。お前達は一生ここから出られないんだ。もう何も気にすることはない。安心して寛いでくれ」
「馬鹿なことを言うなっ! 早く部屋を元に戻せ! 貴様は王の言葉を聞けないのかァッ!」
国王の激昂に合わせて、他の者達も罵声を飛ばし始める。
彼らはまったく学習していないらしい。
この期に及んで自分達の立場が上であると思い込んでいるのだ。
その姿に憐れみを覚えつつ、俺は冷ややかに告げる。
「俺は今の世界を塗り替える。俺にしかできない方法でやってやる。お前達にはその糧になってもらうぞ」
言い終えた直後、白い部屋に異変が生じる。
最深部の床から無数の手が生えて国王達を捕らえた。
彼らは抵抗できずに無力化されていった。
何か言おうにも、口元を手で押さえられて喋ることができない。
あえなく囚われた人々は、恐怖と怒りに発して俺を見上げていた。




