第29話 挫かれ芽吹いた理想
指を鳴らすと同時に、向けられた槍の穂先が花に変わった。
様々な色の綺麗な花だ。
ふんわりと良い香りが漂ってくる。
やがて香りが一気に強まり、それに伴って花が次々と枯れていった。
茶色くなった花びらが落ちていくと、槍の柄まで一緒に崩れ始める。
兵士達は困惑した様子で武器が失われる過程を見つめていた。
微妙な空気の中、国王が怪訝そうに喚き出す。
「何をしている! そんなものはただの幻だっ! さっさと槍を拾って反逆者を処刑せよ!」
命令された兵士達はすぐに床を探って槍を拾おうとする。
当然、それが叶うことはない。
今のは幻創魔術だ。
五感に干渉してただ誤認させるのではなく、現実に虚構を上塗りして歪めている。
通常の幻術の発展型ではあるが、実際は全くの別次元の話であった。
兵士は困惑し、国王は苛立つ。
貴族は不穏な予感に顔を曇らせるか、呑気に余裕ぶっていた。
果たして事態が手遅れな段階に至っていることを理解している者はいるのか。
もっとも、理解できたとしても阻止する術は存在しないのだが。
(これが今の王国か)
胸の内を失望の念が渦巻く。
不快な感覚とは裏腹に、身体の奥底から力が湧いてくる。
思わず笑みがこぼれてしまった。
表情に気付いた国王が眉を寄せる。
「何がおかしい」
「期待した俺が馬鹿だったと思っただけさ。お前達は何も悪くない。だから、気にしなくていい」
かつての英雄像は、もはや時代遅れだった。
憧れを抱き、真っ当な正義を望む意味は微塵もない。
国が腐り果てているのだ。
真面目にやるだけ損をする。
――諦めよう。
過去の理想にこだわるのは虚しい。
これからは時代に沿った偶像を目指すべきだ。
それが具体的に何なのかまだ分からない。
とにかく、華々しい正義の英雄でないのは確かであった。
俺は全知全能ではないが、世界を豹変させる力を持つ。
これを使って目指すのは一人の英雄ではない。
その先にあるはずなのだ。
下らない罵詈雑言に惑わされている暇はない。
「もう対話は不要だ。その価値が無くなった」
爽やかな絶望に浸る俺は、話を一方的に打ち切って幻創魔術を行使する。
その瞬間、謁見の間の床全体が転移扉に変換された。
間を置かずに扉は開き、室内の人々は抗うこともできずに落ちていく。
唯一、空中に立つ俺は異空間へと続く闇を見つめる。
暫し考え事をした後、倒れ込むように飛び降りた。




