ヤマダヒフミ氏の返信2
返信ありがとうございます。そう言われれば確かにおっしゃる事には一理あると思います。
私自身あなたの言うような欠点はあるでしょう。そしてそれは私の力では解決不可能ではないかと思います。それに関しては別にいいというか、私にはドストエフスキーのような才能がなかった、という事で良いです。
ただ問題は現実は地獄だったら何故自殺しないのか、という事です。私自身この問題は考えてきました。
私自身がまさに課題にしている事があなたには私がその問題を課題にしているように見えないのであれば私の力不足という事でしょう。ただこれは私の中心的問題です。
「この世界は夢みたいなものだけど、それでも……だからこそ……が文学なのです。そういうバランス感覚が殆ど見られず「この世界は夢」で話が終わってばかりなんですよねヤマダヒフミさんの作品は」
これは前半部分は正しいでしょうし、後半部分がそう見えるならば仕方ないというか、自分の限界だと思います。
あなたの言っている事はそれほど間違っていないと思います。スタヴローギンとドストエフスキーの間に距離があるというのも確かでしょう。
ただあなたの理論なら何故わざわざドストエフスキーはスタヴローギンを最後に自殺させたのか、あのような終わり方にしたのか、また何故スタヴローギンが主人公なのかが漏れてしまいます。そうした点がドストエフスキーと村上春樹を一緒に考える事と関係しているのでしょう。両者はかなり違います。
あなたが「ラスコーリニコフにはナポレオンになりたいという希望がある」と書いたのはさすがに不味かったと思います。主人公に対する作者の態度はドストエフスキーと村上では全然違います。それを「救済を欲する」という形で強引に一緒にするのは無理だと思います。
概してあなたの私への不満には的を得た部分があると思いますが、とはいえあなたの理論は狭いと思います。私に対する批判の正当性とあなたの理論が優れたものであるかどうかは別の話だと思います。
ドストエフスキーの作品は色々な方向から見られるので、あなたは「もがき苦しみながらも生きる」という方向からだけ見ています。それだと私が反論の中で書いたように「自分が生きる為に他人を犠牲にしていいのか」という事が問題として浮かび上がってきません。村上春樹を理解する上にはそれでいいかもしれませんが、ドストエフスキーは無理だと思います。
それと私に対する不満は自身の創作で晴らしていただければいいと思います。
これは別に皮肉ではなく、私は今から修正は難しいと思っているので、私への不満を乗り越えられればあなたは私よりも遥かに高い存在になるだろうと思うからです。そうなればあなたは私を一蹴する必要もなくなるでしょう。




