表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽と月の物語  作者: フォマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第二話 白の層、黒の影 ― 第一層・前線視点 ―



戦は、まだ完全には始まっていなかった。


それが最初の違和感だった。


山脈の向こうから現れた黒い列は、波のように広がっている。


だがその動きは荒くない。


整っている。


整いすぎている、と言ってもいい。


兵士はそれを見て、言葉にできない感覚を覚える。


乱れていない敵というのは、それだけで異質だった。


「正面展開、確認」


伝令の声が落ちる。


その声には緊張がある。


だが恐怖はない。


まだ、すべては“想定の中”に収まっている。


第一層の防壁が軋む。


石と石が擦れる低い音。


それは崩壊の音ではない。


準備が整っていく音だった。


人間の騎士団が前に出る。


剣を抜く動作は揃っている。


無駄がない。


だがその背後では、別の動きが重なっている。


オークの戦列が前に出る。


一歩が重い。


地面がわずかに沈む。


その沈みが、列全体で均一になる。


「押さえるぞ」


低い声。


命令ではない。


確認に近い。


それで全員が動く。


盾が並ぶ。


角度が揃う。


隙間が消える。


その横を、エルフの射手がすり抜ける。


音がない。


ただ、風の流れだけが変わる。


兵士はそれを“通過”として認識する。


弓が引かれる。


まだ撃たない。


距離を測る。


敵の歩幅、列の密度、前進速度。


すべてが計算されている。


第三層では、ドワーフたちが壁に手を置いている。


振動ではなく、“圧”を感じている。


戦場全体の重み。


負荷のかかり方。


「まだ持つ」


「持たせる」


短い言葉。


だがそれだけで、補強の優先順位が決まる。


石が運ばれる。


楔が打ち込まれる。


見えないところで、崩壊の芽が摘まれていく。


城は戦っているのではない。


維持されている。


ゴブリンの伝令が駆け抜ける。


「第一接敵、間近!」

「第二層、準備維持!」


声は軽い。


だが無駄がない。


必要な情報だけを運ぶ。


その速度が、戦場全体の神経になっている。


上空。


堕天使の偵察隊が旋回している。


翼が空気を裂く。


だが音はほとんど届かない。


「左翼、遅い」


「修正済み」


短い会話。


その情報が、すぐに地上へ落ちる。


エルフが位置を変える。


人間の隊列がわずかに角度を修正する。


連携に遅れはない。


地上と空が、ひとつの構造として動いている。


それがこの城の強さだった。


エステルは最上層からそれを見ている。


祈りではない。


観測だった。


戦場全体が、ひとつの生き物のように見える。


呼吸がある。


脈動がある。


そして今は、安定している。


第一衝突が起きる。


音は軽い。


金属同士が触れる、乾いた音。


だがすぐに変わる。


盾がぶつかる。


圧力がかかる。


地面が踏みしめられる。


重い音に変わる。


「前線、維持!」


人間の隊長が叫ぶ。


その声に、オークが応じる。


言葉ではない。


動きで。


盾が前に出る。


押し返す。


わずかに。


だが確実に。


その瞬間、空気が一段階変わる。


「前線、安定」


ゴブリンの報告。


感情はない。


ただの事実。


エルフの矢が放たれる。


風を裂く音。


一瞬だけ、時間が細くなる。


黒い列に穴が開く。


倒れる影。


だがすぐに埋まる。


戦場は流動している。


止まらない。


それでも。


王国側には余力がある。


押されていない。


崩れていない。


維持できている。


「まだ余裕あるな」


兵士が言う。


その言葉に、誰も否定しない。


事実だからだ。


だがその余裕は、感情ではない。


構造の結果だった。


人間が前を支える。


オークが圧を受け止める。


エルフが距離を支配する。


ドワーフが崩れを消す。


ゴブリンが情報を流す。


堕天使が全体を俯瞰する。


それぞれが、他の隙間を埋めている。


孤立が存在しない。


少なくとも今は。


戦場は“個”ではなく、“連結”で成立している。


兵士はその中で、自分が一部であることを理解している。


代替可能な一部。


だが必要な一部。


その感覚が、恐怖を押し下げている。


戦闘は続く。


押し合い。


削り合い。


だが崩れない。


どこも。


均衡が保たれている。


時間が経つ。


だが進んでいる実感がない。


戦場がその場に固定されているように見える。


それが安定だった。


そして同時に、不自然でもあった。


兵士はふと気づく。


敵の動きが、均一すぎる。


崩れない。


焦らない。


突撃もない。


ただ前に来て、ぶつかり、維持している。


まるで――


時間を稼いでいるような動き。


その考えは一瞬で消える。


証拠がない。


ただの印象だ。


だが、その印象が残る。


遠くを見る。


黒い列の奥。


わずかに揺れている部分がある。


戦闘の揺れではない。


別のリズム。


別の意図。


兵士の背中に、冷たいものが走る。


だが前線は安定している。


崩れていない。


それが現実だった。


「交代、準備!」


後方から声が飛ぶ。


列が滑らかに入れ替わる。


疲労が分散される。


それもまた、この城の強さだった。


戦える状態を維持する。


無理をしない。


崩れないための戦い方。


それが徹底されている。


エルフが再び矢を放つ。


オークが押し返す。


人間が支える。


ドワーフが補修する。


すべてが連動している。


美しいとすら思えるほどに。


戦場であることを忘れそうになるほどに。


だがその美しさの中に、わずかな歪みがある。


誰も指摘しない。


だが確かに存在する。


敵は本気ではない。


兵士はそう感じる。


理由はない。


だが経験がそう告げる。


この程度では終わらない。


終わるはずがない。


戦場のどこかで、一瞬だけ空気が沈む。


ほんのわずか。


気づいた者はいない。


あるいは、気づいても言わない。


白い城は、まだ崩れていない。


それがすべてを支えている。


だがその“まだ”が、どこまで続くのか。


誰も知らない。


そしてこの戦が、正面だけでは終わらないことも。


まだ、誰も理解していなかった。


ただひとつ確かなのは。


今この瞬間。


戦場は、完璧に機能しているということだけだった。

筆者の初作品です。不定期投稿あしからず!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ