第一話 白皙の城塞― エステル視点 ―
山脈の喉元に、その城はあった。
白く、静かで、そして重かった。
エンディミオン。
王都であり、同時に城塞。
だがそのどちらでも足りない。
それは“都市”ではなく、長い戦の歴史そのものだった。
峠に沿って築かれた城壁は、段階的に積み上がっている。
一層が破られても、次が止める。
次が崩れても、さらに次が受ける。
それは勇気ではない。
覚悟でもない。
ただ、何度も壊され、何度も作り直された結果として残った形だった。
この城は、勝つためにあるのではない。
“負けないため”に存在している。
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第一層。
もっとも低く、もっとも危険な場所。
人間の兵士とオークが並び、盾を地に立てている。
鈍い音が、規則正しく鳴る。
それは恐怖を紛らわせる音ではない。
ただの確認だ。
「……来るか?」
若い兵士が言う。
声は小さい。
だが隣の古参兵は聞き逃さない。
「来る」
短い返答。
「今回は?」
「さあな。ただ――」
言葉が一度切れる。
そして続く。
「“大きい”気がする」
それは根拠のない直感だった。
だが、誰も笑わない。
オークの戦士が地面に手を当てる。
しばらく動かない。
そして低く言う。
「まだ遠い」
人間の兵士が頷く。
意味は完全には分からない。
だが、その言葉が何度も命を救ってきたことは知っている。
別の兵士が吐き捨てる。
「便利なもんだな、その感覚」
オークは答えない。
ただ手を地面から離す。
「便利ではない」
低い声。
「重い」
それだけだった。
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第二層。
エルフたちが弓を構えている。
無駄な動きはない。
呼吸さえ揃っているように見える。
「風、変わる」
一人が呟く。
それだけで数人が位置をずらす。
命令ではない。
説明もない。
共有されている“感覚”がある。
下層の人間兵がそれを見上げる。
「……あれが普通なのか」
隣の兵が苦笑する。
「俺たちが遅いんだろ」
言葉は軽い。
だが視線は外さない。
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第三層。
ドワーフたちが防壁を叩いている。
石に耳を当て、音を聞く。
「ここ、鳴りが違う」
「昨日補修した」
「だからだ。もう一度やる」
短い会話。
即座に作業。
彼らにとって壁は“物”ではない。
“状態”だった。
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第四層。
ゴブリンの伝令が走る。
小さな体。
だが動きは速い。
「第一層、異常なし!」
「第三層、補修継続!」
声が飛び、すぐに消える。
彼らは戦わない。
だが、この城で最も多くの“戦場”を知っている。
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上空。
龍族が旋回している。
影が地面をなぞる。
兵士の一人が呟く。
「落ちたら終わりだな」
誰も否定しない。
それは冗談ではなかった。
この城は、多種族で成り立っている。
だが“仲が良い”わけではない。
信頼でもない。
ただ、それぞれが自分の役割を果たしているだけだ。
それが結果として、ひとつの防衛線になっている。
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最上層。
神殿。
白い光が床に落ちている。
静かで、音がない。
エステルはそこにいる。
膝をつき、手を合わせる。
祈りは言葉ではない。
呼吸に近い。
自然に、こぼれる。
「……お母様」
返事はない。
だが“いない”とも感じない。
胸の奥に、何かが残っている。
アストレイア。
太陽の神。
世界を守り、そして消えた存在。
その記憶が、なぜかエステルの中にある。
断片的に。
曖昧に。
だが確かに。
暖かい光。
そして――
強い後悔。
理由は分からない。
だが、その感情だけが残っている。
鐘が鳴る。
低く、重い音。
神殿の空気が変わる。
「北方より報告!」
声が響く。
帝国軍接近。
誰も慌てない。
それは日常の延長だった。
だが。
兵士たちは、それぞれの位置に戻る。
人間が並ぶ。
オークが盾を立てる。
エルフが弓を引く。
いつも通り。
完璧に。
だが。
わずかな違和感がある。
誰も言葉にしない。
だが、感じている。
風が止む。
ほんの一瞬。
その瞬間、全員が同時に気づく。
“違う”
エステルは立ち上がる。
神殿の外へ出る。
白い城壁。
その向こう。
黒い影。
帝国軍。
整っている。
だが“揺れている”。
まるで何かを待っているように。
兵士の一人が呟く。
「……様子が変だ」
誰も否定しない。
エルフが低く言う。
「いつもと違う」
短い言葉。
だが重い。
エステルの胸が痛む。
理由は分からない。
だがはっきりしている。
これは“繰り返しの戦”ではない。
何かが違う。
何かが、始まろうとしている。
そして同時に。
何かが終わろうとしている。
エステルの唇が動く。
「……お父様?」
その言葉は小さい。
だが確かに、外へ向けて発せられた。
誰にも届かないはずの声。
だが。
遠くの戦場のどこかで。
何かが、わずかに揺れた気がした。
そして――
第八次侵攻が、始まる。
筆者の初作品になります。不定期投稿、悪しからず!




