23節 暖かい食堂
今更かも知れませんが、この作品は毎週の水曜更新です。何かあった場合は活動報告で知らせます。
「『腹が減っては戦ができぬ』ってよく言うだろ?」
それは倉庫を出る前にガブリエルが放った言葉だった。
太陽はすでに沈みかけていて、一番星もはっきり見えるようになった時間帯。
彼はロベルトと僕を、ブレング川(メリク湖から北東へ伸びる川)沿いにある小さな飯屋へ連れて行ったのだ。
※※※
「ここだ」
彼は大きな建物の前に止まると、小さなため息とともに二人にそう告げた。
建物は外から見るにまあまあの広さがあり、家二つ分の大きさはあった。
しかし、コンクリートの壁が少し汚れていて、
外の看板の文字もほぼ消えかけていたことから、
ずいぶん前から手入れが行われていないと分かった。
また、入り口に扉がないせいで内側の薄明かりが外へ漏れていたが、
周囲に街灯がないことも相まって、妙に不気味な雰囲気を醸し出していた。
《壁の中と全く違うな…》
そう思い、近くの建物も見渡そうと思ったが、隣にロベルトがいたことを思い出し、固唾を飲んだ。
ガブリエルもロベルトの様子に気づき、
「…さっさと入ろう」
と言って、先に入って行った。
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「失礼しまーす!」
飯屋に入ると同時に、ガブリエルが威勢よく言う。
それを見て、僕も「失礼します…」と小さくつぶやいた。
「いらっしゃい!」
彼の声を聞いて、誰かが素早く返事をした。
少しゆっくりめの喋り方と穏やかな口調から、それが年寄りの女性の声だと予想した。
しかし、カウンターの方をいくら見渡しても、その姿が見当たらなかった。
でも、カウンターの右奥に小さな扉があることに気づき、その向こうから返事が来たと悟った。
《あれは…厨房だろうか?》
それを考えようとした時、ガブリエルはカウンターへ向かって歩き出した。
僕も少し慌てるようにそれについて行った。
ついでに、店のほかの場所も確認した。
――客は男性一人。
それ以外は誰もいなかった。
三列に並んでいる十卓以上のテーブルはどれも空で、この広い場所に少し淋しさを感じさせていた。
《まあ、すぐに気にならなくなったが…》
ガブリエルがカウンターに着くと、間もなくその扉は開き、
中から10歳に満たない少女と、見た目からして70代を超えるモジャモジャした髪型の老婆が出た。
「あら、久しぶりねガブリエル!」
店の主人と思われる彼女が、明るくにっこりしながら言った。
彼女はエプロンをつけており、料理の最中だったようだ。
「久しぶりだなーガブ爺とロベルトさん。
…その人は誰?」
と、少女はその可愛らしい見た目からは想像もつかない挨拶をした。
“爺”とか言いながらも、奇妙な親しみを感じることができ、ガブリエルとはある程度の関係があるようにも見えた。
「こら! お客様に何を言ってるの!」
と、おばあちゃんはそんな彼女に軽く頭を叩いた。
少女は「いてッ!」とだけ言い、頭を片手で押さえた。
その様子を見て、ガブリエルと僕は苦笑した。
しかし、少し右を見上げると、ロベルトが目をそらしていたことに気づいた。
「ロベルトも久しぶりね……
それで、そちらは…?」
彼女は僕に向かって聞いた。
隣にいた少女も興味津々に僕を見つめた。
僕は今週何度目になるか分からないが、名前くらいは言うことにした。
《自己紹介はあまり好きじゃないんだけどな…》
「僕の名前は、ア…アレハンドロです」
僕は名前を噛みそうになり、言い直した。
それを聞いて、女性はまたにっこり微笑んだ。
「まあ、素敵な名前ね!」
そう言って、彼女は僕たちを空いていた席へ案内してくれた。
そして、
「いつものをお願い」
と、ガブリエルが言うと、三人は同時に席に着いた。
僕はここの穏やかな空気に少し微笑んだが、
自分の横にいるロベルトのことを思い出し、また黙り込んでしまった。
僕だけではなく、ガブリエルもどう声をかけていいか分からず、
二人はただ空気の重さに少しずつ押し潰された。
※※※
――なぜ僕たちがここにいるのか?
今、あなたは気になっているのかもしれない。
なので、ロベルトが来た後に何が起きたかを簡単に説明しよう。
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ロベルトは、ジュリオと僕が去った後にバーとジュリオの家での出来事――いや、事件の話をした。
どうやらジュリオの友人で、僕がこの前会った黒髪のバーテンダー(ラウル)がジュリオを裏切ったらしい。
裏切るって、何をしたか詳しくは分からないらしいけど。
それを説明していたロベルトは非常に酷い様子だった。
腕が赤く腫れており、体中は汗まみれ。
目には悲しみと恐怖が混ざり合い、深い困惑の色が滲んでいた。
確か、「俺は逃げてきた…」とかつぶやいていた気がする。
周りが彼を慰める様子を見るのは本当に気の毒だった。
《本当に…》
とにかく、彼によれば、ジュニオールとウンベルトを殺害したのはラウル自身ではなく、得体の知れない第三者。
しかしロベルトはその死体の状態や犯人の特徴を確認できなかったらしい。
彼だけではなく、このグループの皆も突然の喪失に衝撃を受けた。
特にジュリオは、仲間の死以外の部分でも相当な打撃を受けた。
――彼は長い間暮らしていた家に帰れなくなったのだ。
それだけでなく、彼の家には何か重要な物があったのかもしれないらしい。
このグループの計画が露見したかは分からないが、バーや持ち物が調査されるのは時間の問題である。
なので、新メンバー(僕)の歓迎を一時中断し、まずは回収できるものを取り戻すことにした。
ジュリオは地元の人々に顔が知られているため、自ら取りに行くことはできない。
代わりにナタリアとカミロが街へ向かい、可能な限り回収することになった。
一方でジュリオと僕たちは――
――誰にも気づかれないように壁の外で待機することになった。
《…そんな感じの話だったと思う。》
※※※
ジュリオが倉庫で見張りをしている間、僕たちは食事をしに来た。
一日中何も食べていなかったし、僕自身もお腹が空いていたため、結構ありがたい。
ちなみに、ジュリオの分もちゃんと持ち帰るらしい。
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「ここにいて大丈夫なの?」と、沈黙の後、僕は小声で尋ねた。
ガブリエルはあまりの静けさに耐えきれなくなり、コースターを弄んでいた。
彼はそれを離さず、視線だけ僕の方を向いた。
「…まあ、壁の外は中と違って警察の動きが少ないから、見つかることはない。
なおさら、工場地帯でもないこういう村ではね」
彼も少し小声で、軽々と言った。
《それは知ってるんだけど…》
「いや、僕が聞きたかったのは…」
「――ナタリアとカミロが街に行ったのに、俺たちはここにいていいのかってことだろ?」
彼は僕が言おうとしたことを先読みしたかのように、僕の台詞を遮った。
そのドヤ顔に少し驚きながらも、僕はきょとんとしながら頷いた。
「なんだ?
もしかして、彼らに何か起きるんじゃないかって心配なのか?」
彼は微笑みながら、少しからかうように聞いてきた。
そして目を閉じながら、右肩を上げた。
「アイツらは街ではほとんど知られていないし、見た目以上に賢い。心配する必要はないさ」
彼が自信満々に、微笑みながら言った。
僕も彼の言葉を聞いて、少し気分が晴れた。
「――おい、いつまで無視してんだガブ爺」
会話が途切れたところで、僕たちはテーブルの隣にいた小さな存在に気づいた。
「これだから…!」
幼気な声で、少女が苛立った様子で言った。
その細い手には皿を二つ乗せており、ガブリエルのチュニックか、彼女自身のドレスにこぼしそうだった。
ガブリエルは驚きにコースターを落としそうになったが、
それをタイミングよく掴み、ため息ついた。
「ああ、すまん…」
ガブリエルがそう言い、彼女が持っていた皿を手に持った。
彼女は肩をすくめ、大きなため息をしてから場を去った。
「今更だけど、ガブ爺って何事?」
僕は、彼女が完全にいなくなってから、再び小声で尋ねた。
「色々だよ……色々…」
彼は気まずそうに視線をそらした。
「はあ…」
僕は少し怖くなり、それ以上踏み込むのはやめた。




