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ペステ:革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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24節 昼食と晩食

 それから少し経ったところで、ようやく三つ目の皿が届いた。



「ありがとう」


 今回は僕が皿を受け取り、その熱さに注意しながらテーブルに置いた。

 少女は両手の埃を落とすかのように叩き、一瞬だけ目を合わせてから、また厨房の方へと向かった。

 僕たちとは会話する気がないようだ。


《まあ、そりゃそうだよな……》


 いくら子供でも、話すべき時とそうでない時の区別ぐらいはできる。

 むしろ、子供の方が大人の顔色を読み取って行動することが多いのかも知れない。


 実際、ロベルトの片目を見るだけで、彼が今話す気分ではないことぐらいは分かる。

 彼の少し濃いめの肌とは真逆に、その心は酷く弱りきっていた。


 ――誰もがどうのこうの言える状態ではない。


※※※

 

 僕は目の前の飯に食欲をそそがれながら、それを食べようとした。


 しかし、その時、


「ところでアレハンドロ、ジュリオが言ってたことは本当なのか?」


 と、先に食事に取りかかっていたガブリエルが食べつつ尋ねた。

 そして、口の中の物を飲み込み、



「つまり、君があの事件の唯一の生存者だったって話?」


 と、口を拭きながらつけ加えた。

 僕はその突然の質問に固まりつつ、首を傾げた。


《ジュリオを信用してない…?》


 一瞬そう思ったが、彼は別にそうでもないようだった。

 答えが分かっているけど、話題を作るためにするような質問だと感じた。


「はい、一応…」


 僕は少し恥ずかしそうに言った。


 それは照れくささとかによるものでなく、

 もっと…、


 ――無責任な恥ずかしさによるものだった。


「“一応”ってどういうことだ?」


 彼は純粋な疑問を僕に突きつけた。

 

「実は…」


 僕は自分でもバカバカしいと分かりながらも、そう言った。


「――実は、何が起きたのかはあまり覚えていないんです……」


 僕の言葉に、あのロベルトでさえ少し反応したようだった。

 彼はそんな様子でも、会話には耳を貸しているらしい。


「…お、覚えてないって…?」


 ガブリエルの言葉は、誰もが思う疑問だろう。

 

 ――あんな事件を忘れるなんてありえるのか?

 僕自身も何度だってそう思った。

 

 でも、アンコナで暮らし始めてから、あの日の記憶はどうしても思い出せない。


《実の両親の顔すらも…》



 そう思うと、僕の喉が詰まってしまった。

 どう答えようとも、その事件の死者への無礼、侮辱になってしまう…



「まあ…俺がとやかく言うことじゃないな」


 ガブリエルは、僕の目に浮かんだ不安を察したようで、そこでやめてくれた。


「――でもさ、実際にそうなら、

どうして君はここに来ようと思ったんだ?」


 彼はテーブルを少し強く押して僕に聞いた。

 彼にとって、本当に興味深いことだったのだろうか。


《――にしても、また難しい質問だな…》

 それでも、僕ははっきり答えた。


「過去は…」


 半分以上水の残ったコップを見つめながら、深呼吸をした。


「――過去は変えられないと思います。

何をしても、いくら頑張っても、家族が戻ってくることはありません。」


 ガブリエルは今までよりも真剣な様子で耳を傾けていた。

 僕はそんな彼に真っ直ぐ目を向けた。


「でも、まだ助けられる人はたくさんいます。

同じ経験をさせたくない、幸せになってほしい人の――大切な人のために、僕はこの命を懸けるつもりです」



 あの事件の詳細は覚えていなくても、それがどれほど辛いものかははっきり分かる。

 誰にも――いや、ほとんどの人には経験してほしくないことだ。


 だから、これは今の僕が言える最大の答えだ。



 ガブリエルはそんな僕の答えを否定せず、逆に彼の興味が増したように感じた。

 僕の言い方が少しおかしかったのかも知れない。


《大事な人って、言葉選びはしたんだけどな…》


※※※


 おばさんが作ったシチューは温かく、心まで温まった気がした。

 こんなゆっくりしたのは、アファロスに来て以来初めてかもしれない。


 しかし、料理の味を楽しんでいる途中、ガブリエルがずっと僕の顔を見つめていた。


「何ですか…?」


 と、僕はスプーンを口に入れながら聞いた。

 彼はぼーっとして、僕の様子を見続けた。


「何か言いたいことがあるんですか?」


 僕は少し強い口調でそう言うと、彼は我に戻り、


「アレハンドロ……一つ、質問をしていいか?」


 彼は固唾を飲み込み、また質問をした。


「ここまで質問しておいて何ですか今更…」


 僕は彼の変な様子に少し動揺した。


 彼はずっと手に持っていたスプーンを皿に置き、その甲高い音が僕の耳で鳴り響いた。

 僕はどんな質問が来るのかを、少し恐れた。


「アレハンドロ…お前……」


 彼は凄く真剣な眼差しを僕に向け、僕は体から汗が滲み出るのを感じた。



「好きな子がいるんだろ…?」


 …え?


「ブーッッ!?」


 僕は口の中にあった少しのスープを吹き出し、咳をして、うつむいた。

 そして、自分でも良く分からない感情で顔をあげた。


「――だ、誰がそんなこと言ったんだよ!?」


 僕は急に高まる鼓動と心拍を感じ、目の前がくらくらし始めた。

  

 それだけではなく、顔が、なんか熱い…

 何だこれ?熱?


 そうだ…

 これは熱だ…

 僕は熱を引いてしまったのだ!!

 

 あまりの空腹に…

 そうだ、今まで何も食べてなかったから!!


 今日からもっと食べなきゃだな…!?



「――ハハハ!やっぱり!」


 と、ガブリエルは僕が変に動揺している最中に、面白そうに笑い上がった。


「何だよ… なんか悪いのかよ!?」


 僕は少し大げさに彼に言った。

 常に目をそらし、謎にうずくまる姿は誰が見たっておかしかっただろう。


「別に悪いことじゃないさ」


 彼は笑ってはいたが、声には落ち着きは戻っていた。


 僕は、自分がムキになっていたことにやっと気づいた。


「――愛のために戦うのってかっこいいじゃないか?」


 まだ拗ねている僕に対して、彼は結構優しい口調で言った。

 しかし、その言葉は、僕ではない別の人の不快を招いてしまった。



「愛?」


 店の入り口付近で座っていた男が、怒ったような口調で言い始めた。


「そんなモンはカスだ」


 一瞬、酔っているのではないかと思ったが、

 その顔を見て、彼が正常であることが分かった。


「何です?」


 ガブリエルが、そんな彼に不審な視線を向け、ロベルトは少しだけ目を動かした。


「ハッ!何でもないさ!」


 彼はそう言って、席から立ち上がった。

 椅子をズウズウと地面にこすりつけ、笑いながらこっちを見た。


「そんなくだらねえことより、お前らは利益を追求しろ。愛など、そんなモンじゃこの世界で生き残れねえぞ!?」


 彼は、大人げない態度でありながらも、真剣な目でその言葉を僕たちに告げた。

 そして、彼はそのまま、タバコを取り出してカウンターへ向かった。

 

 その様子を僕は少し複雑な感情で見つめ、ガブリエルは特に、何か言いたげに彼を見た。



 そんな中、彼が会計を済ませていると、僕はある違和感に気づいた。


「ガブリエル、あれって…」


 僕は、彼のズボンのポケットを指差し、ガブリエルは目を細めた。


「銃…?」


 そう、彼のポケットには拳銃があったのだ。

 しかも、ただの拳銃ではなく、手持ちの部分に星のバッジが着いていた。


《警察…》


 僕とガブリエルは大きく目を開き、息を呑んだ。

 そして、無言の恐怖に襲われた。


 それでも、食事を続けようと、テーブルの方を向いた時、


「なぜここに警察が…」


 と、ガブリエルが我慢できず言葉にしてしまった。


 

 会計を済ました男は僕たちの方に歩き、


「どうした?何かマズイことでも聞かれたいのか?」


 と、真剣な顔で聞いた。


「何だ…? 

警察なんぞ、壁の外では無能なんだろ?」


 彼は非常にムカつく口調で僕らに言ったが、隣にいるロベルトの存在に気づき、近づきはしなかった。



「リカルド、迷惑客は出禁にしますよ!」


 おばさんは少し不安な顔をして、彼に注意した。


「そんぐらい分かってますって、クルスさん」


 彼は目を閉じ、「うるせえ」とでも文句言うように、

 ため息をついた。


 そして出口(入り口)で一回止まり、彼は僕たちに警告をした。


「お前たち、変なことを企んでんじゃねえぞ。俺はもう…」


 彼は少し下を向いてから舌打ちをした。


「――散々だ」


※※※


 ロベルトは早速立ち上がり、自分の分の会計と、ジュリオの分の受け取りをしていた。


「何だったんだろう、今の警官…」


 ガブリエルは安堵しながらも、その男の態度に少し、機嫌お損ねたようだった。 

 僕は何も言わずに、ただ食べ続けた。


「――けどまあ、彼の言ったことは全て間違っていた訳では無い」


 彼は少し落ち着いてからそう語った。


「そうか…?」


 僕は、シチューの食感を思う存分に味わいながら、彼に耳を貸した。


「ああ…

これまで、愛のために戦う人をたくさん見てきた。そして、その全員が本当のカッコよかったさ」


 彼は、再びスプーンを皿に置き、


「――でも、愛だけじゃ足りない。愛だけじゃこの国で生きていけない。変えるなんてなおさらさ」


 彼は笑顔とは言えない表情で、苦い現実を語った。


《実際そうかも知れない。》


 愛だけでは、国は変えられない。

 愛だけでは、人は変えられない。


 けど、愛すらなければ、それは叶わないのではないだろうか…?



 そう思っていると、ロベルトは既に出口を向かっていた。

 それをチラ見して、ガブリエルは、


「――分かるか?

君の家族を失った悲しみは、愛くらい強力な武器にもなりうるんだよ」


 と言い、僕を真剣に見つめた。


---


 これは僕に向けた言葉だったが、同時にロベルトへの間接的なメッセージでもあった気がする。


 実際、大旨その通りだろう。

 ロベルトの悲しみはきっと強力な武器になれる。


 ただ、僕なら…

 自分に向かって言うのなら――、


「悲しみは愛を強める協力な武器になりうる」


 ――と言い換えていたのかも知れない。


---


 ロベルトは少しだけ立ち止まってから、無言で店を出て行った。

 その後ろ姿は、なぜかたくましいものだった。


 

 そのまま、僕はガブリエルと話し続け、

 彼が案外いい人だと分かった。


 人の話が聞けて、

 人の言い分を否定しない、

 あまりにも“完成”されたような性格だった。


※※※

 

 しばらくして、僕たちも食べ終えた。



「金は?」


 ガブリエルは財布を取り出し、僕に聞いた。


「ない…」


 僕は惨めな自分が恥ずかしく、目をそらしながら言った。


「そうか……」



 彼は僕の分も払い、クルスさんと、そのお孫さんに感謝を伝え店を出た。


 ――昼食と夕食を兼ねた食事。

 心身ともに、満たされた気がした。


※※※


「ところでガブリエル、この街で何をする予定だったの?」


 外に出てから、僕は尋ねた。


 空はすっかり暗くなっており、虫の鳴き声がわずかに聞こえていた。


「予定?」


 ガブリエルは新鮮な空気に深呼吸をしながら、僕に晴れやかな顔で聞いた。


「ジュリオが、計画を延期すると言ってたけど…」


 僕が言い終えるところで、彼は元気そうに振り向いた。


「――ああ、なるほど。聞いたら驚くぞ!」


 彼は期待に目を輝かせ、笑顔で僕についてこいの合図をした。


 そして僕を、

 壁が見える場所まで連れて行った。


---


 高さ30メートル以上のその壁と比べ、僕たちはまるでアリだった。

 更に、こんな所からでも、いくつかの監視塔を目にする事が出来た。


 その、何百年以上の歴史を持つ壁は、この国でも珍しく、まさに圧倒的な構造を誇っていた。


 ガブリエルは、そんな壁を見つめ、ニコニコしながら指さした。


「この壁を――」


 彼は笑顔のまま、後ろを振り向いて言った。


「――アファロス壁をぶっ壊すんだ」


 そしてその目には、疑いのかけらもなかった。



《ぶっ壊す…》



 ハ……ハハハ…ハハッ…!!


 僕は心の中で笑い、思わず声にも漏れた。



 ――その瞬間、自分がどんなグループに加わったのかを初めて理解したのだった。

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