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ペステ:革命は内側から始まる  作者: fm344
第一章 アファロス:古びた経済の都
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22節 チャンスを与える

 再び生え始めているヒゲを触り、大きなあくびをしてロメロは図書館を出た。



「僕の前であくびとか、舐めてるんですか?」


 目にあるクマを気にしながら、元気のない声で青年が言った。彼はここ数日、睡眠不足が連続していたのだ。


「あー、悪い」


 そう言って、ロメロはすまなそうな笑顔を見せた。


 

 彼らは図書館を出たばかりの所で、少し立ち止まり、数十台の自転車が通りすぎるのを待った。


「――にしても、中々大きい図書館だったな…」


 彼は後ろを少し振り返り、その入り口を見つめた。


「まあ、この国の五大建造物の一つですからね。

これを見るために、王も毎年訪問するレベルですから」


 と、基本知識であるかのように、サミュエルは言った。


「まあ、今年は忙しくて来ないと言う噂が広まっていますけど…」


 と、彼は憂鬱そうな眼差しを向けて言った。

 ロメロも彼と同様に目を細めた。


※※※



「ところで、最近どうだい?」


 二人が中心部から離れたところで、周りに警戒しつつロメロは尋ねた。


「結構今更ですね…

まあ、“例の事件”を除けば、いつも通りです」


 彼は自分より背の高いロメロを少し見上げて、でも目を合わせず言った。


「そうか…

お前も色々負担を抱えているのか」


 少し低いトーンで、ロメロは彼に言った。


「貴方に比べれば、大したことありません」


 少し明るい口調でサミュエルが言うと、二人は少しずつペースを落とした。


 そして、大きなフェンスの前で完全に止まった。


---


 二人は広大な、カルディア最大のアパート地帯に入り、C帯の123号室へと向かった。


 そこはロメロにとって迷宮のように広く、それに加え、建物同士に大きな違いがなかった。


《色も高さも、――入り口の前にある小さな花瓶でさえ同じ大きさ…》


 彼は、

 案内版も見ずに、そこまでの最短距離を覚えているサミュエルの記憶力に驚くしかなかった。


---


「靴のままで大丈夫です」


 そう言いながらも、靴を脱いでサミュエルは入った。


「お言葉に甘えて」


 微笑みながら、ロメロも靴を脱いだ。



 そして小さな玄関からリビングへ向かうと、奥から何かが壁にぶつかる音がし始めた。


 そしてサミュエルが先に入ると、ロメロは一瞬だけキッチンをチェックした。


 大学の友達との集合写真、

 食べかけの冷凍食品、

 そして棚の上に置かれている封筒。


 ――普通の大学生ではない。


 深く考えなくても、それが見れば分かるような状況だった。


 それでも、ロメロは数秒だけ目を通した末、一歩だけ前を歩くことにした。


《さて、どんなやつか…》


 そう言い、更に一歩前を歩き、いよいよリビングに入った。


※※※

 

 そこには、若者がソファに縛られていた。

 口に縄が巻かれ、身動きは不可能だった。


「彼です」


 サミュエルが彼を指差し、若者は一層激しく動き出した。


「――先月の虐殺事件の“犯人”。

ここに連れてくるのに、色々困りましたよ」


 頭の後ろに手を置き、若者と目を合わせた。 


 疲れ切っているサミュエルの目に、彼は強い敵意を向けた。

 それでもサミュエルは近づき、口から縄を外した。


「クソ…!」


 それが若者が初めて発した言葉で、サミュエルに向けられたものだった。

 しかし彼はそれを気にせず、ただ、近くにあったソファに腰を下ろした。


「やあ、グスタボ君」


 と、ロメロは冴えない顔をする彼に微笑ましい声で言った。


「はじめまして」


 ロメロはそれに続いて、自分の右手を差し出した。


「何だお前……? 

誰か知らねえが、手をどけろ。カス」


 グスタボは挑発的に、ロメロの友好的な態度を全面拒否した。


「誰か知らねえ、か…」


 ロメロはサミュエルに「言っただろ?」とでも言うように気まずい笑顔を見せた。


 サミュエルはそれに微笑み、姿勢を変えずに状況を見続けた。



「おい、サミュエル…なぜ俺とお前がここにいる!?」


 グスタボはそんな彼の態度に苛立ち、かすれた声で彼に言った。


「アイツらは、姉貴は!?」


 彼は数週間前の出来事を思い出し、次から次へと思い浮かぶ疑問をこの場で明かそうとした。


 明かそうとしたが――


「――すまないけど、君の話し相手は彼ではなく、私だ。

君が今気になっている事は、あとでゆっくり話そうじゃないか」


 ロメロは彼とサミュエルの間に立ち、若者の剣幕を無視して、落ち着いて話した。


「どけッ! 俺はテメェに用がねえんだよ!」


 彼はそう言って、腕をロープから引き抜こうとしたが、それができず舌打ちした。

 そのみっともない自分に彼は間を空けてから、再度舌打ちした。


「グスタボ、よく聞け」


 そう言って、ロメロは彼と目を合わせた。


「今、――君は今指名手配犯になっている」


 そう言いつつ、彼はグスタボに厳しい眼差しを向けた。


「…は?」


 グスタボはその言葉を聞いて、急に落ち着いた。そして、その鋭い目つきで下を向いた。


「指名……手配…」


 彼はそう言って、改めてサミュエルの方を向いた。

 しかしサミュエルは目を合わせず、ロメロの言葉を否定しなかった。


 彼はそれを見て、絶望的な視線をロメロに送った。でも、ロメロは彼と目を合わせた。


「じゃあ…」


 彼は視線を和らげ、ロメロを真っ直ぐ見た。


「姉貴は…姉貴は()れなかったのか……?」


 

 それを言うと、ロメロはただ悲しい視線を彼に送った。そしてその顔を見て、彼は全ての抵抗をやめた。


「そうか……俺は…俺は失敗したのか……」


「いや、そんなこと――!」


 彼の絶望している様子に、サミュエルは初めて何か言おうとしたが、ロメロに腕を前に出されて止められた。


「――そうだ。君はまた失敗した」


 ロメロは容赦なく、その言葉を放した。


 それを聞いて、グスタボは突然震え始めた。

 体を思いっきり地面にぶつけ、

 血管が浮き上がるほどの力を込めた。


「失敗かよ……失敗なのかよ…」


※※※

 

 グスタボはその後黙り込み、浮かない表情のまま地面を見つめた。

 サミュエルも彼の方を向いたが、そんな彼に言う言葉がなかった。

 ――いや、あったけど言えなかった。



 そんな様子を見ながら、ロメロは数歩右に歩いた。そして、ベランダを繋ぐ窓のカーテンを手で触った。


《ベルベット製か…》


 彼はその感触を十分感じ取ってから、

 両手を大きく開き、カーテンを開けた。


「けどな…」


 彼は光を全身に浴び、

 身をずらして、

 それがグスタボにも当たるようにした。


「――お前は敗北していない」


 そして目を大きく開き、今までより威厳に満ちた声で彼に言った。


「確かに、君は姉貴を倒せなかった。それだけではなく、お前が犯罪者として名を汚される結果となった」


 グスタボは目を大きく開けて、ロメロを見つめた。


「――しかし!」


 ロメロは力を込めて言った。


「――君も、君の妹も無事だ!」


 彼はグスタボとサミュエルに向かって、自信に満ちた笑顔を見せた。


「だから…

――だから、私は君にチャンスを与えに来た」


 グスタボはロメロに不審な視線を送った。


「チャンス?」


 ロメロの言葉に、グスタボは体を少し起こした。


「このシステムに復讐しないか?」


 ロメロは微笑み、しゃがんで、グスタボに手を差し伸べた。


「来い、ついてこい。

私が君の目的の手助けをする。そして、君も私を手助けするんだ」


 グスタボは彼と目を合わせ、固唾を飲み込んだ。


---


 ロメロが信用ならないだけではなく、

 彼自身も諦めを考慮し、覚悟していたせいで、

 その手を取るか迷った。


《また、また失敗すんのか…?》


 彼は自分の人生を変えることができないと確信しきっていた。自分が負けたと確信しきっていたのだ。

 そして、

 ――負けた者に諦め以外の選択肢はないと信じていた。


 出所不明の男に何ができるのか?

 あれほどのチャンスを逃した自分に何ができるのか?


 もちろん、その答えは分からない。

 分からないけど――、


『お兄ちゃんは凄いじゃない!』


 ――彼を分からない方へ前進させる大きな物が、その心の中にまだあったのだ。


---


《このチャンスは掴んでみせる!》



 彼の視線は再び鋭い物に戻ったが、

 口の方は大きく笑っていた。



「…テメェを信用していい理由は?」


 彼はロメロに挑発的に言った。


「ふん…」


 ロメロはまるでそれが気に入ったかのように、微笑んだ。


「それはついて来て自分で確かめればいい。

嫌なら出て行って、逮捕されるのも自由だ」


 その言葉にグスタボはクスクス笑い、

 「クソ野郎」とでも言いたげに口角を上げた。


 ロメロは、もう用が済んだと言わんばかりに背を向け、

 出口へ向かって行った。


「ならよぉ…」


 グスタボがそう言うと、ロメロは止まった。


「何だ」


 彼は微笑みをやめずに聞いた。


「――解いてくれ……」


 そう言うと、ロメロは慌てた様子で振り返り、謝りながら彼の方に近づき、縄をほどいた。


※※※


「これが、貴方の欲しがってた書類です…」


 そう言って、サミュエルは大きな封筒をロメロに渡した。



 グスタボはフードのついたマントを身に纏い、二人の会話が終わるのを待っていた。


 そんな彼を少しだけ見てから、

 サミュエルはロメロに忠告をした。


「ロメロさん…

…できもしない約束はしないでくださいね」


 ロメロは封筒をしまいながら、彼の心配そうな顔を見やった。


「――多くの命が貴方の手にかかってますから」


 そう言って、サミュエルはアパートの入り口へと向かった。

 そんな彼を、ロメロは少し微笑んで見届けた。


「私が君の期待を裏切ったことがあるか?」


 と、少し距離が空いてから尋ねた。



「一度だけ…」


 サミュエルも微笑み、自分のポケットから眼鏡を取り出した。


「――12年前にね」


 その言葉を聞いて、ロメロはいつもより少し大げさに笑った。

 そして、サミュエルは振り向き、彼に別れを告げた。


「アイツ(グスタボ)と、僕の唯一の家族……」


 彼はため息をしてから、手を上げて歩き出した。


「――弟を頼む」


 それがサミュエルの告げた言葉だった。

メモ:


《国家総統直属図書館「エル・ニャンサ」》


・高さ:本棟40メートル、別棟70メートル

・広さ:アファロス市庁の約25倍

・収蔵数:2.3億点(書籍、記録書、地図、写真など)

・歴史:23代目国王によって建設。以降、大規模工事は行われず(リニューアルのみ)。

    新肢秩暦(ニューヒエラルキー)234年に「五大建造物」の一つに指定。

・外観:茶色の壁と白い柱の組み合わせが美しい。周囲の整備も行き届いている。

    内部は天井画、彫刻のような床や壁が特徴。

・形状:巨大な長方形を基調に、両端に二つずつ大きな円柱。

    壁や天井には無数の装飾的な突起。

・印象:壮大で美しい。書物も面白い。


さすが五大建造物の一つだ。

この国の歴史と文化が詰まっているだけでなく、

貯蔵されている書物も“無限に楽しめる”と言っていい。

職員も皆、親切だった。


サミュエルによると、学生はほぼ毎日通うらしい。

それでも、彼でさえ図書館の全てを見たわけではないという。

……まあ、あの広さなら当然か。


王の訪問が続いたせいで、国家による規制や書物の撤廃が進んでいるらしい。

それでも、まだ処分しきれないほどの資料が残っている。

(ありがたい話だ)


ニコラスは本が好きだったはず。

いつか彼を連れてきたい。


余談だが、ここで見つけた『窓のない人生』という本を買うか迷っている。

サミュエル曰く、去年のベストセラーらしい。


……まだ書き足りないことは多いが、

とにかく、また来たい場所だ。

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