21節 カルディアへの訪れ
約一か月前、高層地区に位置する都市カルディアで、複数の殺人事件が発生した。
容疑者は23歳の男性で、現在も逃亡中。当局は犯人の逮捕に全力を尽くしている。
※※※
ロメロ・オンブリゴは長い旅の末に目を覚ました。
「おはようございます。そろそろ着きますよ」
と、馬車の運転手が、御者台と車中を繋ぐ小窓を開けて言った。
ロメロはゆっくりと起き上がり、目ヤニを指で取ってから、あくびをした。
「ああ…… 長い旅だったな」
そう言って、運動不足で訛り始めている足で立ち上がった。
「たったの数日だったじゃないですか?」
運転手は小窓を開いたままにし、前に集中しながら話した。
ロメロは少し背のびをしてから、
「君のおかげでね」
と、外の光景を見ながら言った。
その言葉に、運転手は少し笑った。
※※※
そのとき、彼はカルディアの郊外にいた。
その大都市を囲む山々を通り抜け、今は馬車で移動をしていた。
カルディアはいわゆる未来都市であり、
「ペチョ」と呼ばれる地区(胸部地区)の中心都市、
――コルプス国において、2番目に重要な都市とされている。
しかし、そこに入るのは容易ではない。
標高2キロ以上の山々には常に兵士が巡回しており、
その険しい作りが侵入をほぼ不可能にしている。
だが、「78の伝説」と呼ばれるロメロにとって、それは問題ではなかった。
彼は知人たちに頼み、山を越える手助けをしてもらったのだ。
「あなたを護衛できるなんて光栄です」
ロメロが頼むと、誰もがそう言った。
そう、先ほど言った通り、ロメロは国中で伝説的な元軍人として知られている。
かつて「西の指」の第4の指の指導者を報告・殺害した「七・八事件」の中心人物である。
彼の名は広く知られ、尊敬されている。
王直属の任務に就く候補にもなったことがあるとさえ噂されている。
しかし、ロメロは退役し、現在何をしているか知る者は少ない。
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ロメロは馬車の窓から、外の光景を眺めた。
山の中から伸びる鉄道、
遠くに並ぶ高い建物、
そして大きな川をまたぐ橋。
これらが彼の視線を引きつけた。
「もしかして、高層地区は初めてですか?」
運転手が新鮮な空気を浴びながら、後ろを少し振り向いて聞いた。
「いや、プネモナスなら行ったことはある。
――こことは、訳が違うようだけど」
大きな電車が彼の横を通り過ぎ、彼はそれを目で追った。
彼が見慣れていた機関車とは全く違うもので、その速さも比べものにならない。
「そこでの車や馬車は、カルディアの交通機関に比べれば玩具のようだよ」
彼は微笑みながら、清々しく言った。
「ハハ。そろそろプネモナスでも導入されますけどね」
運転手がそう言うと、角を曲がった。
※※※
「ここまでありがとう」
ロメロが頭を少し下げ、彼に感謝した。
「いいえ、貴方のしたことに比べれば大したことないですよ」
と、運転手も笑顔で返した。
周りでは様々な人が乗り物から降りて、
その小さな駅の内部へと向かっていた。
《私のしたこと、か…》
ロメロはその小さな村で休もうと思っていたが、やはり急ぐべきだと改めて考えた。
そして軽いため息と共に、彼は列車へと向かった。
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『Bienvenidos a Kardia!!(ようこそ、カルディアへ!!)』
と言う大きな看板が駅の出口にぶら下がり、ロメロはそれを、見つめた。
そして階段を上がり、外に出た瞬間――
――明るすぎる太陽に思わず目を閉じた。
ガラス張りの建物、
舗装された道路、
洗練されたデザインの車、
そして街中に輝く光。
全てが派手だったのだ。
「これが高層地区…」
彼は白髪を手で撫でながら、その光景に思わず息を呑んだ。
※※※
到着後、彼は真っ先に服を着替えた。
なぜなら、彼の古臭い服装では目立ちすぎだったからだ。
「凄くお似合いですよ〜!!」
と、ある服屋のお姉さんに言われ、彼はジーンズとTシャツに着替えた。
《これが流行り…》
地区間のファッションの違いは、彼の想像以上だったが、それより、人に違いを感じた。
「そこのお兄さん、時間の一二分をください!!」
「いや、結構…」
「そこのダンディー、若返りたいと思った事はありませんか?」
「ない…」
「…そこの君!!」
「…カルディアは初めてですか〜?」
「…一日で30頭稼いでみたくないですか〜?」
「――結構です!!」
街のあらゆる所で、キャッチセールスに悩まされ、彼は精神的にかなり参っていた。
それに加え、音楽や広告による騒音などがそれを悪化させた。
《ああ、頭がくらくらする…》
彼は周りの人々を観察し、
――無視するという結果に至った。
《こっちも暇じゃないんだよな…》
しかし、若者を無視すると心が少し痛んだので、彼は別の選択を取った。
「ヘイ!!タクシー!!」
と、手を挙げてみたら、すぐに乗り物が駆け寄った。
彼は荷物を持って車に乗り、大きなため息をついた。
「今日はどこへ?」
彼が乗ると、運転手は非常に丁寧に聞いた。
「そうだな… あの噂の図書館に」
「――かしこまりました。」
そう言うと、車はすぐに出発した。
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「78の伝説… 凄いじゃないですか!」
ロメロは座っているだけではつまらなかったので、運転手と会話をすることにした。
「まあ、外見ではあまり悟られないけどね…」
彼は笑いながら自虐ネタを放った。
実際、
彼の白髪や高すぎない身長、
威圧感のない見た目から、
彼は“普通のおじさん”と言う扱いを受けてきた。
「と言うことはノタムも…?」
「――ああ、ちゃんと星をつけられている。」
彼はそう言い腕をめくった。
それを運転手はチラ見し、
「おお」と言いながら、再び前を向いた。
普通の臍ノタムの上に、ヘキサグラムが書かれていた。
それを見るごとに、人は関心を示していた。
そうやって会話をしていると突然、
大きな音と共に、ロメロは爆風を感じた。
ロメロは何事だと外を見ると、
上空を飛ぶ、大きな鋼の物体が目に入り、
固唾を飲み込んだ。
あまりの威力に動揺してしまい、
思わず地面にしゃがみ込んだ。
「今のは…!?」
彼は窓から顔を出し、再び上空を確かめたが、物体はすでに遠ざかっていた。
「ハハッ、飛行機を見るのは初めてですか?」
と、運転手はハンドルを握り続けながら言った。
「今のって…飛行機か?」
と、ロメロは目を開きながら聞いた。
「今まで見てきたやつと全然違うじゃないか…」
そう言い、彼はシートに深く座り直した。
そして自分の手提げ袋から、メモ帳とペンを取りだし、思いついたことを素早く書き留めた。
「あれは恐らく、エンケファロス行きですね…」
そう言い、運転手は帽子を整えた。
※※※
「どうした、なぜ止まった?」
ロメロはメモを終え、車が停滞していることに気づいた。
「渋滞が…」
運転手の言葉を聞き、
ロメロは再び窓から顔を出し、外を確かめた。
《これは!?》
道路は四方八方、車でぎっしり詰まっていた。
「このままじゃ、あと三十分はかかりますね…」
運転手は申し訳なさそうに言った。
「心配ない… ここからは歩くよ」
そう言い、金を払って車を出ることにした。
そして、高さも大きさも様々なクラクションの“オーケストラ”を通り抜け、歩道に向かった。
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彼の目的地は、この都市最大の図書館「エル・ニャンサ」だった。
そこでの目的は、長らく会っていなかった人物
──サミュエル・コラソンとの再会。
国家採用試験を通った逸材である彼の知性を借りて、計画を進めるためだったのだ。
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ロメロは図書館に到着した。
大きな階段が建物へと続いており、アファロスの市庁舎よりも壮大だった。
床は白く、セラミックのようで、周囲には手入れの行き届いた木々が並んでいた。
階段の下では若者の会話や、
楽器の演奏が耳に入り、
階段を上がった先にはテーブルや噴水があり、
そこではカップルや家族が幸せそうに食べていた。
四十コド(約二十メートル)以上の巨大な扉をくぐると、
右側には大きな受け付け、
そして左側から奥へと、
何百もの本棚が天井へ向かって伸びていた。
そこにある本の種類も豊富で、
歴史書、小説、有名な文学作品が所狭しと並んでいた。
彼はある小さな広場のテーブルに座り、
『窓のない人生』
という本を読み始めた。
そこへ、暗い茶色の髪と青白い肌を持つ若者が近づき、その隣に座った。
「なんですかその格好は?
ただでさえ酷い見た目が、さらに見苦しいですよ」
と、あまり浮かない顔で、別の本を読みながら言った。
「中々ヒドいじゃないか、君も」
そう言い、彼はページをめくった。
「冗談抜きで、その服、不自然ですよ」
と、青年もページをめくりながら言った。
その言葉にロメロは微笑み、
本を閉じて、青年を見つめた。
「そんなに言うなら、君が教えてくれよ――
――サミュエル」
メモ:
《大型航空機について》
・大きさ:100〜150コド
・速度:時速2000コドほど
・乗客数:300〜400人
・用途:高層地区間の上空移動
・外観:白が基本だが、都市ごとに様々なデザインがある
・形状:先端が少し尖っている
・印象:とにかくうるさい。心臓に悪い。
プネモナスやヘパールで見た小型機とは完全に別物。あれらは戦闘用にも使われるが、こっちは純粋に移動用らしい。
高層地区では当たり前のように飛んでいるが、
中層に導入されるのは100年後、低層に至っては200年後と聞いた。
……本当にそんな未来が来るのかは知らないが。
人だけでなく、軽い荷物も運べるらしい。
カルディアでこの技術なら、エンケファロス州はさらに進んでいるのだろうか?
個人的には、いつかガボと乗ってみてもいいかもしれない。
ジュリオと乗るのも……まあ、悪くはないだろう。
もちろん、すべてが片付いた後の話だが。




