17節 予想以上に十分な成果
「アイツ、ちゃんと傷を残していくタイプか…」
探偵は自分の左手を見て、そこに大きな切り口があることに気づいた。
そして彼の――ジュニオールの命が宿っていない目を自分の指で閉じ、
「本当に恐ろしいヤツだった…」
そして、彼は老人の仮面を顔から取り出した。
《もういらないみたいだ…》
そう思い、取り外した仮面をラウルの隣に置いた。
※※※
「もしかして、今のって銃声じゃないのか?」
右目に包帯を巻いたロベルトは、物凄く嫌な予感がしていた。
そしてそれがいよいよ抑えきれなくなっていた。
「そうだな…」
あまり外に出さなかったが、ウンベルトもその予感を共有していた。
一度は愚か、二度三度まで来たら、もはや確信と言ってよいだろう。
《ただの喧嘩のわけがない》
音がはっきりとは聞こえなかったが、大きさ的に銃のそれとしか考えられない。
「まあ、行ってみて損はないな」
ウンベルトがそう言い、頬の傷をかいてから、入る準備をした。
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「中から音が聞こえた気がする…」
ロベルトは、三人が家に近づいた所で言った。
「音… もしかして、誰かいるのか?」
ウンベルトはいつも通りの、渋い口調で言った。
「――だったら見に行ったほうが…」
彼は家に向かおうとしたが、ジュニオールは腕を前に出し、彼を止めた。
「いや、ここは俺が行く」
彼は少し険しい顔で、前を向きながら言った。
「なんだその自信? 心当たりでもあるのか?」
ジュニオールは笑ってそれを否定した。
「いや、ただちゃちゃっと終わらせたいだけだ」
彼はそう言い、ほかの二人より先に家に行った。
「何かあったら呼ぶから」と、
彼は言い残し、家に入っていった。
そして、それ以降、
彼は帰ってきていない。
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二人は何もない廊下を非常にゆっくり、警戒して進んだ。
「何もなさそうだな…」
ウンベルトはそう思いながらも、手には武器を構えていた。
――簡易ボウガン。
それは知り合いに作ってもらった、いわゆるプロトタイプの武器。釘を高速で射出できる。
二人はその性能を試すために、それを使っていたのだ。
万が一の備えとして、ずっとそれを持ち歩いていたのだ。
それを使う機会が来ないことが望みではあったけど。
《バカが、何もやらかしてないと良いが…》
そう思いながら、ウンベルトはロベルトの前を歩いた。
「ウンベルト。何か、変な匂いがしないか?」
ロベルトは突然止まり、小さい声でつぶやいた。
「……ああ、そうみたいだな」
彼らが家の奥の部屋に近づけば近づくほど、その匂いは凄まじくなっていた。
「これ、もしかして――」
ウンベルトが何か言おうとした時、突然大きな音が聞こえた。
「パンッ!!」と、
壁越しからでも十分わかる、
ライオンをも怯えさせるほど、
強い威力のものだった。
《これは紛れもなく…!!》
「…銃声だ」
ロベルトも彼も壁に貼り付き、警戒心を強めた。
――あの部屋で発生した。
それがわかってしまっては、どうしても一つの可能性が浮かんでしまった。
「ジュニオールが…」
ロベルトは寒気を感じ、固唾を飲み込んだ。
「……」
ウンベルトも同じように、体が震え出すのを感じた。
なぜなら、
――ジュニオールは銃を持っていない。
彼は武器の使用を拒み、素の強さを求めていたのだ。
それが命を落とすことに繋がっても。
「行くぞロベルト…」
彼はただそう言い、自分の予想が間違ってくれるようにと、強く願った。
※※※
シャツの布を破り、自分の手に巻き付けながら、探偵は先程の状況を振り返っていた。
「にしても、老いたもんだ…」
探偵は自分が弱くなったと感じ、少し遺憾に思った。
「もう少し鍛えるのも、悪くないだろう…」
そう言って、出血がおさまった掌を開けたり閉じたりして、思考を回した。
彼はここ数年で久しぶりにこの程度の怪我をしたのだった。
《…クソ、アイツを思い出しちまう…》
彼は少し微笑み、立ち上がろうとした。
ちょうどその時――
「ドンッ」と、廊下から奇妙な音が聞こえた。
それは虫やネズミとは言えない、人の足によるものだと彼は予想した。
「なんだ…」と、つぶやき、
即座に銃を手に取った。
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「造りが弱いな…」
ウンベルトは床に沈んでしまった足を引き抜き、部屋へ向かった。
二人とも心臓の激動を抑えられずにいたが、ウンベルトの場合は、それを上手く隠しきれていた。
一方、ロベルトは汗を垂らし、不安が目元まで現れていた。
二人が、部屋のすぐ隣に着いた時、ウンベルトは、
「少し待ってくれ。俺が見に行く」
と言って、扉へ向かった。
ロベルトは特に彼を止めようとせず、ただその言葉に従った。
ウンベルトは一歩ずつあの部屋へと近づき、
閉まっていた扉の前で立ち止まって、
深呼吸をした。
そして、ロベルトと目を合わせてから扉を蹴った。
「パキッ!!」という音と共に扉は開き、
彼は数発を連射した。
そしてそれが空振ったと分かると、彼は姿勢を低くして中に入った。
《は…》
彼はジュニオールの死体を見て、一瞬、
油断をしてしまった。
そして後ろを振り向いた瞬間、ある男の影が、
扉の前に写っていた。
「パンッ!!」
再び大きな音が鳴り響き、壁に大きな穴が開いた。
「しくじったか…」
と、探偵が言うとともに、部屋中は煙で覆われ始め、ウンベルトはその中で動きだした。
《煙幕…!!》
その煙幕による探偵の一次的な混乱を活用して、ウンベルトも発射した。
一発。
二発。
二発目が探偵の膝に当たり、探偵は膝つく。
ウンベルトはそれに気づき、彼の前へと移動し、その頭を狙った。
一発。
それは見事に額に的中した…したが、反応が全くなかった。
《まさか!?》
何かに気づいたと同時に、
「ウンベルト、大丈夫か!!」
と、廊下からロベルトが声をかけ、ウンベルトは素早く振り向いた。
「逃げろ、ロベル――」
「――パンッ!!」
銃声が、ウンベルトの言葉を遮り、ウンベルトは地面に倒れる。
探偵は背後から現れ、ウンベルトの前にあった死体を見た。
「見事だったな。お前と私だけだったら、紛れもなくお前が勝っていた」
そう言いながら、ラウルの死体に刺さった釘を抜き取った。
「ロベルト、ジュリオに――!!」
ウンベルトは彼の言葉に耳を貸さず、ただやるべきことをやろうとしたが、今回も遮られた。
「おい、ウンベルト!!」
ウンベルトは探偵に踏まれた顔を頑張って上げ、
「お前も死ぬぞ!! 逃げろ!!」
と、大いに叫び、探偵にいっそう強く顔を踏まれた。
ロベルトは彼の言葉を聞いて、
下を向いてから、
黙って走り出した。
※※※
「お前はアイツ(ジュニオール)と違って、随分合理的だな」
探偵が痛む手で銃を取りながら言った。
「だからアイツより弱いんだよ」
ウンベルトは何の抵抗もせず、ただ横になって、ジュニオールとラウルの死体を確認した。
状況がなんとなく分かり、
少し悔しい顔をした。
しかし、守れたものは守り抜いたとも確信していた。
「にしても…お前みたいな大物が来ていたなんてね」
ウンベルトは少し視線を上げて言った。
《いつの間に…》
探偵は自分のノタムを隠しきれなかったことを少し反省したが、それでも彼に銃を向き続けた。
「王冠ノタムが、こんなところで何の用だ?」
ウンベルトは脇腹を手で触り、銃の穴を確かめた。そして笑みを浮かべた。
探偵は無言で彼を見続け、少し遠ざかるロベルトの気配を感じ、銃を強く握りしめた。
「時間稼ぎはよせ」
そう言ってから、彼の後頭部と首の間に銃を向けた。
「一応聞いとくが、仲間の居場所を教えてくれたら、病院に連れてやっても良いんだぞ」
ウンベルトはその非常に間抜けな質問に小声で笑った。笑うごとに腹の痛みが増していったにも関わらず。
「この腐った国で生き続けるためにか……?
はっ、冗談じゃない!」
彼は口から血が滲み出るのを感じつつ、笑顔をやめなかった。
「ふん。そうか…」
探偵はその覚悟に敬意を示し、銃を彼の三つ編みにぐいと突きつけた。
そして、
「パンッ!!」と言う銃声と共に、
ウンベルトはこの世を絶った。
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探偵は飛び散った血を袖で拭き、銃口をポケットにしまった。
《アイツも今のうちに…》
彼はロベルトの所へ向かおうとしたが、何かが自分の足を引っ張っていることに気づいた。
「何…」
彼はそれを見て、言葉を失った。
今、
仕留めたはずの男が彼の足を掴んでいたからだ。
《まだ息の根が…》
それでも、探偵は歩こうとしたが、
その時、もう一つの足も引っ張られると感じた。
彼はそれを必死で振り払おうとしたが、先程膝を撃たれたせいで、抵抗ができなくなっていた。
そして、
「ドタンッ!!」と、大きな音と共に、
探偵は床に倒れた。
強い衝撃に少し目を瞑り、それを開けた時、
ウンベルトが自分の前にいた。
《なんだ……死んでいるじゃないか》
探偵は驚きと共に、一人で笑い出し、
腕で顔を覆った。
「まあ、そっちは目的じゃないし…」
とささやき、深呼吸をした。
※※※
ロベルトは遠くから銃声を聞いた。
「クソ…」
彼は周囲の目を無視し、ただ走り続けていた。
泣く暇もなく、ただ自分の腕を必死で掻いた。
「いつもより…痒い…」
そう言いながら、橋を渡り、ある人の家に向かった。
仲間の死に悲しみを感じながらも、それ以上に恐怖が彼を突き動かしたのだった。
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「さて、後始末はどうするか…」
その頃、家に一人残った探偵は、床に倒れたままつぶやいた。
自分の周りの死体を見て、それが中々面倒くさくなることを悟った。
――悟ったが、
「でも、予想以上に十分な成果が得られたな」
と思い、例の紙切れを眺めた。
すると、突然、
「ブブブブブ…」
と、ポケットから何かが鳴り出す音がした。
《こんな時に…》
彼はそう言い、まだ世間に知られていない道具――
――“携帯電話”を取り出した。




