1-5 王子、そいつはただの馬鹿だ。買いかぶるな
それから少しの間、王子とは近況について会話をした。
「ところで、ゼフィーラの領地は、小麦の収量はどうなんだ?」
「ええ、やはりパンを作るのには十分な量が収穫できています。……ただ、やはり嗜好品は我々王族にしか食べられませんね」
「そうなのか……?」
「はい、砂糖がどうしても貴重品なので」
幸いゲームの知識があるので、会話にはなんとかついていける。
因みに私は『姫』と付けられるのはくすぐったいので、呼び捨てにしてもらった。
(はあ、お腹空いたってのに……なんで気づかないかな、王子は……)
弟と一緒に買い物に行ったときを思い出した。
奴は、私が少しでも不機嫌になったら、必ずキャンディやキャラメルを取り出して『姉さん、よかったら食う?』と聞いてくれていた。
まったく、あんな弟にすらできることが出来ないなんて、男として情けない。
「ところで、ゼフィーラ姫……」
まだ無駄話が続くのか。
そう思いながら私は聞いているふりをする。
「先日、そちらの使用人から話を伺ったのですが……。その……」
なんだ、さっさと話して欲しい。
そう考えているとラミントン王子は真剣な表情で尋ねてきた。
「先日……あなたが義姉の手のものから、凌辱されたという話は本当ですか?」
ああ、やっぱりその話か。
確かゲーム本編ではここで正直に打ち明ける。
また、異母姉のサヴァラン王女からされた虐待も一緒に伝えることで、王子は私の復讐を手伝う『剣』となる誓いを立ててくれるという筋書きだった。
だが、この世界で私は『怠惰の手』の力で男から凌辱はされなかった。
サヴァラン王女から過去にされたとされる仕打ちも、数日前に『転生』した私の記憶にはない。そのため恨みもくそもない。
(そういえば、私の人格が目覚める前の『ゼフィーラ』の人格はどうなったんだろうな……)
そう思ったが、結論がでないことを考えてもしょうがない。
「それで、どうなんでしょう……。もしあなたを傷つけるようなものがいるとしたら、私は……」
というか、お腹が空いている今の状況では説明するのも面倒だ。
そもそも『怠惰の手』のスキルについてわざわざ教えてやる義理もない。私はけだるげにため息交じりに口を開く。
「あの、王子?」
「なんでしょう?」
「……私には構われなくて結構ですわ。それより王子……あなたは今、他にやるべきことがあるのではないですか?」
そう答えた。
とにかく、今は腹を満たしたい。今夜はきっと私の歓迎ということもあってご馳走が待っていることを期待しているのだ。
「私が、やるべきこと……?」
「はい、言わなくても分かりますよね?」
ったく、察しが悪い。
弟なら、ここまで言ったら『早く食事の準備をしないと』と、台所に走ってくれていた。そんなこともできないなんて、なんて気が利かない男だろう。
そう思っていると、ようやく気が付いたようで王子が驚くような表情を見せた。
よほど私に言われたことがショックだったのか、少し呆けた表情。そして私に
「そ、そう……ですね……!」
「分かっていただけましたか、ラミントン? あなたが今すべきことが」
「ええ! ……ゼフィーラ、あなたは……素晴らしい方です……。ですが……どうか、ご無理はなさいませんよう」
「私に無理をさせないのは、あなたの仕事でしょ? とにかく早く、食事の準備をしてくれる?」
「はい!」
どこか憑き物が落ちたような表情で、ラミントン王子は部屋を後にした。
(……まあ、気は利かないみたいだけど、悪い人ではないのよね……)
私は彼について、そう思った。
外見は100点満点だし、私のことを理解しようともしてくれる。正直恋愛なんて面倒だけど、身体や気遣いを求められなければ、一緒に居てもいい。
そんな彼に対する私の評価は、
「私から、彼と親密になるために頑張りたくはないけど、向こうから自分を慕ってくれるのはやぶさかではない。もっといえば『こっちが邪険に扱っても、向こうが何かと気を遣ってくれる』という関係なら、続けてあげてもいい」
というものだ。
(……我ながら、酷い評価だけど……まあそんなとこね)
そう思いながら、私は晩餐に呼ばれるまで、近くのソファでごろんと横になって待つことにした。
(けど、あの王子様なら……国政を全部任せても問題なさそうよね……。フフ、これから私ものんびりとスローライフを送りながら、お菓子屋さんでも開けるといいなあ……)
そう、私の夢は『売り上げの心配のない、趣味で経営している菓子屋さん』を持つことだ。
毎朝好きなお菓子を作って、それを気に入ったお客さんに売る。
売り上げが下がってもラミントンに赤字を補填してもらいながら、常連さんとおしゃべりをしながら店を切り盛りする。
……そんな生活を送るのが、今の私の目標だ。
私は努力や鍛錬なんてまっぴらだ。自分が生きるというだけのために、あれこれと根回しして奔走するのも、どろどろして面倒くさい。
頑張って王子にはキリキリ働いてもらおう。
……私の可愛い弟のように。
ーーーーー
食堂に向かって歩きながら、ラミントン王子は自身の乳母に声をかけられた。
「王子……。あのゼフィーラ様はどんな方でしたか?」
「ああ……私に釣り合うとは思えないほど……素晴らしい女性だったよ」
「ほう?」
そういうと、ラミントン王子は少し興奮したような表情で答える。
「まず、彼女がここに来る前に男から凌辱されていた話はしっているな?」
「ええ……。同じ女として、許せませんね」
「にも拘らず、私にはそんな態度を微塵も見せなかったんだ。それどころか、私に対して怒りをぶつけることすらしなかったのだ」
「ほう……流石ですね、ゼフィーラ様は……国の代表として、感情的な態度を見せぬということですか」
そう乳母は感心したような表情を見せた。
……ゼフィーラは、面倒がって『自身は凌辱を免れたこと』も『スキルの説明』もしなかった。そのため、王子たちの頭の中では誤解が解けていない。
「しかも、だ。本当に驚いたのはそのあとだ」
「そのあとですか?」
「ああ。……あまり暗い記憶を想起させるべきではないと思ったが……彼女が受けた凌辱や、義姉から受けていたと思われる虐待の件について話をしたのだ。そうすると、何と答えたと思う?」
「……やはり『あの男とお姉さまは許せない!』ですかな? 私ならそう答えましょうからね」
因みに、ゲーム本編のゼフィーラはそのように伝えたことがきっかけで、王子は復讐に加担する道を選ぶこととなる。
乳母はそう忌々しそうに尋ねたが、ラミントン王子は首を振り、目を輝かせて答える。
「ゼフィーラは私の問いに『今は、そんなことよりもするべきことがあるでしょう?』と答えたのだ! ……意味は分かるな?」
「なんですと!? ……それはつまり……」
「そうだ。『私の復讐の手伝いをするより、今は国政を第一に考えよ』という意味だ……! 彼女は、私怨を晴らすことよりも、民のことを考えていたのだろう!」
ゼフィーラの発言の真意は『さっさと飯の支度をしろ』だったのだが『察してちゃん』な彼女の表現と、ラミントンの真面目な気質があいまって、そのように解釈されたようだ。
それを聞いて、乳母も信じられないという表情を見せた。
「なんと……! 私怨よりも民の気持ちを考えているということですな、姫君は……!」
「そう考えて間違いないな。……まったく、私も頭をぶん殴られた思いだったよ……」
そして、王子は自嘲するように頭を抑えて笑う。
「私も……優秀な兄に負けまいと頑張っていたのだが……今思うと、それは単に自分のコンプレックスの克服のために民を利用していただけだったのだな、とね」
「……でしょうな……」
それに対して乳母は否定しなかった。
王子が本当は『民の幸福よりも、周囲からの評価』を得ることを目的に国政に携わっていたことを内心では見抜いていたのだろう。
「だから、私もゼフィーラに指摘され、気づいたのだ。……私は兄ほど優秀ではなくとも……どれほどバカにされても、民のために戦うべきなのだ、とね……」
「それは……素晴らしい発見ですな……」
そういいながらも、ラミントンは少し深刻な表情を見せる。
「だが……彼女は『男と義姉に復讐をしない』とは言わなかった。……だから……彼女が考えていることは分かるな?」
乳母も神妙な表情で頷き、笑みを浮かべる。
「ええ。恐らく『自身の復讐は自分の手で行う』という決意の表明でしょうな。……であれば、我らにも手助けは出来るでしょう」
「そうだ。明日から、彼女の鍛錬のために我が国最高の指導者を付けてくれ。……世界一の魔力と体力を持つ、最高の魔法戦士として彼女を成長させよう」
「勿論です! ……私が話を聞くに、ゼフィーラ姫は誰よりも勤勉な方とのこと。きっと、どんな厳しい鍛錬にもついていけるでしょうから。それに彼女がしっかりと『レベリング』を行えば、きっと我が国の利益にも繋がりましょう」
この乳母の人物評は間違いではない。
……ただし、数日前に『転生』により魂が入れ替わったという事実を知らなければだが。
王子は満面の笑みで答える。
「ああ、頼むぞ。常人なら死ぬような修行でも彼女なら耐えるだろう。我が国の『生き地獄』とも呼ばれた、自慢の強化計画。きっと喜んでくれるはずだ」




