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エピローグ1 史実の偉人の言動なんてこんなものかもしれない

その事件からしばらく経過したある日。


「うん、なかなかいい出来ね」


私はスラム街で見つけた空き家を業者にお願いし、お菓子屋さんとして全面的に改装してもらった。

また、露店にいた女性から購入した各種の家具を並べて、店舗の内装が完成したのを見てにんまりと笑う。



「きっとこれで、お客さんも来てくれるわよね……」


別にこの店は採算目的で作ったのではなく、単に「趣味で作ったお菓子をいろんな人に食べて貰いたい」というだけの理由で作ったものだ。

赤字が出ても補填などはラミントン王子にやってもらうつもりだ。



(うん、我ながら酷い奥さんよね……)



怠け者でニート、そのうえ王子のことを愛しているわけでもない私は、間違いなく悪妻だろう。

……だが。



「ゼフィーラ! やっぱりここにいたのか!」

「王子!」



ラミントン王子は、どういうわけか私を溺愛してくれている。

私に会うなり突然抱き着いてきた。……正直、彼にこうやって甘えられるのは悪い気はしない。



「どうしたんですか、今日は?」

「ああ。仕事が早く片付いたからな。……だから、ゼフィーラと一緒に観劇を見に行きたいんだ」

「観劇?」

「そうだ。以前露店にタルト達といた男は覚えているか?」

「え? ええ……」

「彼から私も取材を受けていてな。……あなたがどれほど素晴らしい姫君であるかについて、色々と説明させてもらったんだ」

「な、なんですって!?」



……待て待て待て!


私のどこをどう切り取ったら『素晴らしい姫君』になるんだ。

まさか、私が今までに行ってきた所業を全部暴露するつもりなのか?



(やばい……ろくなことしてこなかったからな……)


王子に対して『腹が減ったから飯をよこせ』だの『煙草を吸ったら離婚する』だの偉そうに言ってきた。


訓練や魔道の勉強をサボって、それを部下たちに押し付けてきた。

お菓子作りにかまけて、国政には一切参加していなかった。



……うん、どこを切り取っても我ながらろくでもないことしかしてない。

めしつかいに告げ口されて、母さんに怒鳴られた時を思い出す。



「来てくれるか、ゼフィーラ?」

「あ? ……え、ええ……」



万一婚約破棄を訴えたら『怠惰の手』で思考を停止させよう。

……そうすれば、この哀れなラミントン王子はずっと私の傍にいてくれる。



そう思いながら私は頷いた。




「さて、そろそろ開幕だな……」

「そ、そうね……」



その観劇は今日が初公演ということもあるのだろう、私の想像をはるかに超える人たちが集まっていた。



(ああ、お願い……。あまり酷い内容になりませんように……!)



私が出来ることは、もはや神に祈ることだけだった。

どう考えてもこの数の観衆が『ふざけんな、この悪妻が!』とばかりに暴徒化したら、もうどうあっても逃げることは出来ないからだ。



そう重い気持ちのまま幕が上がった。

……だが、それは杞憂だったことがすぐに分かった。


(な、なにこれ……)


結論から言うと、その観劇は私の過去に行った所業が百億倍ほど美化されているものだったためだ。





まず、開演の第一幕は輿入れのシーンからだった。

ナレーションが美しい声色で観衆に対して語りかける。


「昔から、悪しき姉上から酷い差別と虐待を受けながらも、それでも思いやりを持って他者に接していた姫君『ゼフィーラ様』。その姫君が我らが王子ラミントン様のもとに来た時の話です……」



ああ、ゼフィーラはそういう設定だったな、確か。

だけど、本編では例の男に凌辱されたことがきっかけで『復讐の姫君』となる設定だが。



「王子、はじめまして。ゼフィーラと申します」


そこにいたゼフィーラ役の女性は、私よりも何倍も美しい女優だった。

逆にラミントン王子はそこまで顔がいい俳優を起用していないところに、彼の自己肯定感の低さが伺えた。



「ああ、会えて嬉しいよ、ゼフィーラ……」


そういいながら、ラミントン王子を演ずる男が跪く。

そして、最初の問題のシーンが来た。



「ところでゼフィーラ……。あなたは、確か姉上から酷い仕打ちを受けていたと聞いている。……よければ、私に話してくれないか?」


そう、確か私は王子の立場であるにもかかわらず『腹が減ったから、さっさと飯の支度をしろ』とばかりに文句を垂れた場所だ。


……だが。

あの時私は面倒くさそうに注文を付けたシーンだが、凛としたたたずまいで『ゼフィーラ』は王子に対してハッキリという。



「……話すことはありません。王子、あなたは今他にするべきことがあるのでは?」

「どういうことだ?」

「私の私怨など、王国の民の未来に比べれば些末事です。……私のことはお気になさらず、どうぞ王子は兄上の跡を継ぐ者として、国政に注力ください」

「ゼフィーラ……」


(うわあ……)


私はそういうつもりで言ったわけじゃないのに……。

だが、その女優の迫真の演技もあいまって、周囲は感動するように手で口を押さえていた。



「姫様……なんと気丈な……!」

「ゼフィーラ様の凛として、我々を第一に考えてくださる仕草……美しい……!」



そんな風に口々に話していた。




そして次のシーンでは、タルトに対して訓練と勉強を押し付けた場面だった。


「やあ、はあ!」



……開始早々『私』は必死で剣を振りながら、鍛錬にいそしんでいた。

うん、やっぱり冒頭から私のイメージが全然違う。



「流石ですね、ゼフィーラ様……基礎がしっかりできていらっしゃる」

「ありがとう、騎士団長。……ところで、なぜ私に訓練を付けてくださるの?」

「……それは……」

「分かっているわ。……私に復讐を遂げさせるために、力を付けてあげようという、王子の計らいよね?」

「…………」



そして騎士団長は沈黙した。

……そういうことだったのか。私に対して急に王子があれこれと鍛錬や勉強をさせようと思っていたのは。


王子の方をチラリとみると、少し恥ずかしそうに俯いていた。

一方、舞台上の『私』は、相変わらず気高い表情を見せていた。……もう、こいつが姫になったほうがいいんじゃないかな。



「ふざけないでください! ……あなたの力は、私の私怨を晴らすために使うべきではありません」

「姫……?」

「今、隣国との情勢を考えるに、兵士たちの訓練は肝要。……しかし、何より大事なのはあなた自身です、団長」

「は……?}


そういうと『私』が騎士団長の肩に手を振れた。

……あ、あそこは私が『怠惰の手』を発動したところだ。団長はそれによってふらりと体をゆるがせる。



「あなた……何日寝ていないの? ……私の目を誤魔化せると思ったのかしら?」

「……な、何故分かったのですか……?」

「私を見くびらないでください。……あなたの子どもが病に伏せっていることはすでに聞いております。ずっと看病を続けて身体を壊しかけているということも」


え?

そんなこと、全然知らなかった。単に私は訓練をサボるためだけに『怠惰の手』を発動したのだが。



「ご、ご存じでしたか……」

「子どもが心配な気持ちは分かります。ですが、この国にもしものことがあったら、最初に剣として立ち向かうのはあなたでしょう? ……そんなあなたが、今体を壊したらどうするのですか?」

「う……」

「昼間くらいあなたは休みなさい。それであなたが責任を問われるというなら、私が取りなします」

「は、はい……」



……やばい、ここまで脚色されていると寧ろ笑えるくらいだ。

そう思いながらも、場面は続く。



しばらくして、少年タルトが舞台袖から現れた。

……なんと、本人だ。



「あら、あなたは……タルトね? 確かトウファの弟の」

「僕のこと、分かるの?」

「勿論よ。見たらわかるわ」

「凄いや、お姉さん……」


ああ、ここも脚色されている。

そもそも私は人の顔と名前を覚えられない。いつまでも人の名前を言えないことで、友達作りがまともに出来なかったくらいだからだ。



「……あなたも剣士になりたいの?」

「は……はい!」

「なら、ちょっと訓練場に入ってみない?」


そういうと『私』は、タルトを訓練場に案内して剣を素振りさせていた。

そして、


「うん、いい感じよ? あなたは筋がいいわね」

「あ、ありがとうございます!」


笑えることに、私はあの場でタルトに『剣の稽古を付けた』ことにされていた。

そして『私』は、回復薬と力のしずくを渡しながら、こう答える。


「あなたならきっと、誰よりも強くなれるもの。……だから、あなたにこれを託すわ?」

「いいのですか? こんな貴重なものを……」

「勿論よ。私はあなたの未来に、賭けたいから。それに、あなたの持つその甜菜は……。きっとこの国の未来に繋がるはず。だから、あなたの力を借りたいの」

「そ、そうなんですか?」

「私の目に狂いがあると思う?」

「ありがとうございます!」



……いや、そうじゃない。

単に私は訓練が面倒だからタルトに丸投げしただけなのに。

まるで私が女神のように描かれていることに、顔から火が出る思いがした。

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