エピローグ2 怠惰であることは大罪なんかじゃないだろう
劇の幕間にラミントン王子が私に得意げに尋ねてきた。
「どうだろう、ゼフィーラ? あなたの美しさを十分に表現できてるとは言えないと思うが……少しは近いモノになったと思う」
「そ、そうでしょうか……」
私はそう笑ってごまかすしかできなかった。
十分に表現できてないなんてとんでもない。寧ろ、クソニートである私を数兆倍は美しく脚色されていて恥ずかしいくらいだ。
(歴代の偉人たちも、こんな気持ちだったのかな……)
歴史上の偉人には、誰とは言わないがろくでもない私生活を送っていた連中がゴロゴロいる。彼らも自分たちの伝記を読んだ時にはこんな気持ちだったのかもしれない。
……そして物語は最終章に突入した。
私が王子と一緒に教会に視察に行った場面だ。
「ゼフィーラ? ……あそこの店は面白そうじゃないか?」
「そうですね」
「そういえば昔、あそこに行ったときなんだがな……」
「……ええ」
「退屈そうだな、ゼフィーラ?」
まずい、確かあそこは、王子が必死でこちらに話題を振ってくれたのに、王子に文句を言ったシーンだった。
我ながらあの時は酷いことをいったな。
そう思っていたが、舞台上にいた『私』は凛とした態度でこう答える。
「王子、あなたは視察に来たのでしょう? 雑談で私のご機嫌を取るよりもすることがあるはずです」
「……どういうことだ?」
「民の表情、足取り、そして会話の一つ一つ。そういうことを知らずして、何が王子ですか?」
「む……」
「あなたは兄にも負けない君主になるのでしょう? であれば、私など民のための道具と思っていただいて結構。常に気を配ってください」
「わ、分かった……」
ああ、そういう解釈になっているのか。
さらに『私』は腰に吊っているものを指さし尋ねる。
「それと……その『腰のもの』はなんですか?」
「ああ、このサーベルは、私の父からいただいたものだ。こう見えても戦場で活躍した由緒あるものでな……」
「……はあ……おやめください。……そのようなものを自慢されるのは。それと、万一ですがそれを抜くのであれば、離婚いたします」
「それは……君の身に危険が起きた時にもか?」
「当然です。暴力で他者を従わせるようなものに、為政者の資格はありません」
「ぐ……」
……ちょっと待て、私は別にそんなことを言った覚えはない。
どういうことだ?
そう思いながらも『私』は続ける。
「そもそもあなたは『私を守ること』を言い訳に、暴力を振るいたいだけでしょう? しかもそれにより、私から感謝と愛という見返りを求めている。……唾棄すべき思考です」
「……私が、暴力を?」
「ええ。そうでなければ、そのような剣を自慢するような真似はしないはずです。……ですが私は、暴力で他者をねじ伏せる行為は、いかなる場合であろうと否定します。たとえそれが、あなたであっても」
「そうか……しかし……!」
「あなたが私の愛する夫であるなら、我々が暴力に頼らずとも生きられる世界を作れるはずです。……兄上にできなかったことですが、あなたなら……」
「……分かった。君のその非暴力の覚悟に従おう」
……ああ、理解した。だが、そこも解釈違いだ!
私はサーベルではなく、その隣にあったシガレットケースを指さしていたんだって!
「……ハハハ……よくできている……」
自嘲するように、隣のラミントン王子は呟いていた。
私、いったいどこまで美化されてるんだろう……。
そう思いながらも、最後のベヒーモスのシーンまで来た。
「嬢ちゃん、早く逃げろ!」
「……ご心配なく」
……ああ、私が恐怖で身がすくんでいた時だ。
これも脚色され『顔色一つ変えずにその場を動かない余裕の笑み』を見せたことになっていた。
そして次の瞬間、タルトとトウファが駆けつけ、ベヒーモスに一撃を叩き込み、倒れこんだ。
「ほら、ね?」
そして、あたかもタルトたちの助太刀が分かっていたかのように笑みを浮かべていた。
……いくらなんでも『私』、かっこよすぎだろう。
更にベヒーモスは凄まじい方向とともに立ち上がる。……だが、
「大丈夫、怖くない、怖くない……」
「があ!」
「安心して? 心配しないで、私はあなたの味方よ?」
「ぐるるる……」
私の手に触れて大人しくなった。
(ああ、違うって! あの時の『怖くない』は、私に対して言ったんだって!)
しかも、奴もまた『私』の優しさによって気を静めた解釈になっている。
さらにベヒーモスを沈めた後、タルトとトウファに対して振り向く。
「流石ですね、タルト、トウファ? ……あなた方を信じていましたよ?」
「勿論です、ゼフィーラ様!」
「我々はあなたを守るための剣であり、そして杖です! ……あなたにいただいた機会、無駄にするわけにはいきません!」
「フフフ……」
そして最後に、落ち込んでいた王子に対して『私』は手を触れて呟く。
あそこは確か、王子を慰めるのが面倒になって『怠惰の手』を使ったシーンだ。
「ラミントン王子……どうか顔をお上げください」
「ゼフィーラ?」
「私は、あなたが兄に代わり君主として民を導けると信じたからこそ、婚約を受け入れたのです。……あなたがあなたを信じないでどうするのです?」
「そ、そうだな……」
「私はこれからも、ただのお菓子作りが好きなだけの『愚かな悪妻』として働きましょう。……ですので、王子。どうか顔をお上げください。私に出来ないことを王子は行ってください」
「……ありがとう……私も……君に支えて貰えるなら、どこまでも強くなれるよ……」
それも違う。私は本当にただの『愚かな悪妻』だ。演技なんかしてない……。
だが、壇上にいる『王子』は迷いが晴れたような表情で立ち上がり、盛大なBGMとともに終わりを告げた。
「わあああああ!」
「すごい! これが我々の姫様か……!」
「驚いたな……彼女の手に触れたモノが、次々に変わっていくなんて……」
「ああ、まさに『慈愛の手』だな!」
……やめてくれ、恥ずかしい。
私の手は『怠惰の手』であって、別に慈愛なんて欠片もない。
こうやって持ち上げられるのが少し恥ずかしくなる。
「いかがだったかな、ゼフィーラ?」
そういってニコニコと笑みを浮かべるラミントン王子。
……ああ、王子には私がこんな風に見えているのか。
「そ、そうですね……。とても良かったと思います……」
「ハハ、君の言いたいことは分かっている。この売り上げは、スラム街の子どもたちの教育に充てるつもりだ。無論、商会の方々とも話を付けているから安心してくれ」
「さ、流石ですね、王子……」
「それに、君の作ってくれた甜菜糖のレシピも、今量産体制を続けている。君の希望を組んで、貧民層のものを優先的に採用し職を与えている」
「は、はあ……」
いったい私のイメージはどこまで膨れ上がっているのだろう。
そう思いながらも、王子が私にニコニコと笑いかけてくれるのを見て、
「私も……嬉しいですよ、王子?」
「そ、そうか……。よかった、君が喜んでくれて……」
そういうとラミントン王子も顔を赤らめて、嬉しそうに顔を背けた。
……まあいいや。
これから、お店作りも始めるし色々と忙しくなるだろう。
その中で王子が頑張って国政に励んでくれるなら、正直私も都合がいい。
(はは、相変わらずクソ野郎だな、私は。王子を利用してばっかりだ)
そう思いながら王子の手を取る。
……これが恩返しになるかわからないけど、彼の手をぎゅっと握った。
「さあ帰りましょうか? ……王子、あなたと結婚出来て良かったです」
「……!」
そして、そう言いながら私は王子の腕を抱いた。
すると王子は一瞬顔を恥ずかしそうに赤らめながらも、笑顔を向けてくれた。
「ハハ……ありがとうな、ゼフィーラ。本当に君の手は……慈愛の手だな」
違う、私の手は単なる『怠惰の手』だ。
けど、怠惰というのは苦労を嫌い、暴力を嫌い、争いを嫌い、そして……他者を憎むことも苦しめることも、嫌うということでもある。
(ひょっとしたら、怠惰と慈愛は紙一重なのかもね……。)
もしそうなら、私にとっては『怠惰』でも、王子にとって『慈愛』であるなら、嬉しいな。
……そう思いながら、私は王子にそっと寄り添いながら劇場を後にした。




