2-7 彼女は「慈愛の聖女」と呼ばれるようになっていきます
ラミントン王子は、気絶したベヒーモスを見た後に、驚いたような表情で尋ねる。
「これは……誰がやったんだ? まさか、ゼフィーラ、君が?」
「いえ……その……」
私はコミュ障で、こういう場で説明するのが苦手だ。
もごもごと話せないでいると、隣で得意げな顔をしながらタルトとトウファが答えてくれた。
「王子! ベヒーモスなら、僕たちが退治しました」
「おや、君は……誰だ?」
「私の弟、タルトです、ラミントン王子」
そうトウファはラミントン王子に跪いてそう答えた。
「トウファ? ……そうか、確か君には弟がいると言っていたな」
「ええ。覚えておいていただいて、光栄です」
「しかし……見たところ、トウファと君が奴を倒したようだが……。正直信じられないな。どうやってここまで力を付けたんだ?」
するとタルトはニコニコと満面の笑顔で答えた。
「はい! 実はゼフィーラ様に……」
あ、バカ!
それを言ったら、私が訓練と勉強をサボっていたのがバレるじゃん!
『ガアアアア!』
そう思った瞬間、ベヒーモスが咆哮して立ち上がった。
「な……しまった!」
「なんて生命力……! やはり、殺しておかないと……!」
「待って! 二人とも下がって!」
よし、偉いぞベヒーモス!
これで私のサボりをうやむやに出来るはずだ。
幸い、まだベヒーモスは私の方を向いていない。
その隙に私は『怠惰の手』を使ってベヒーモスに触れた。
「グ……」
「こ、怖くない怖くない……」
正直、ベヒーモスのその姿と巨体は私に根源的な恐怖を煽ってくる。
だから私はそんな風に呟きながら必死で触れる。
「グウううう……」
しばらくすると、ベヒーモスは『怠惰の手』の効果で闘志を失ったのか、そのまま眠りについた。
「ふう……」
思わず私は安堵の息をついた。
一つはベヒーモスを無力化出来たことに。そしてもう一つは、私のサボり行為を誤魔化せたことに。
「もう大丈夫みたいね」
そういってラミントン王子の方を振り向くと、王子は感心しながらもどこか自嘲するように膝をついて、ぽつりと呟く。
「そうか、ゼフィーラ……。まったく君には、叶わないな……」
「ラミントン王子?」
「私は……正直、正義のために暴力を振るうことが正しいと思っていた。……だが、君は……。その『慈愛の手』を持って、この怪物を沈めてしまうなんて……」
「あ、そ、そんな! 別に私はそんなつもりでは……」
「いや、謙遜しないでくれ。……君はいつもそうだ。いつも自分より民のことを考え、そして私が道を踏み外さぬように助言をくれる。そして、力を振るうことなく化け物をも従えることができるなんて……。正直、自分が情けなくなるよ」
ちょっと何言ってるの、ラミントン王子?
私がいつ、助言なんてした? 寧ろ失礼発言しかしてこなかったけど!?
「……ですよね……正直、王子には同情します……ゼフィーラ様と比較されるのは辛いですよ……」
「まったくです。兄君に続いてゼフィーラ様まで優秀では……。失礼ながら、あなたの立場で無くて良かったと思います。……お気持ち、お察しします」
タルトにトウファまで!
……私は、お菓子作りとぐうたらすること以外考えたことがないクソニートだ。
というか、そんな風に買いかぶられると、私が国政に関わることになるではないか。
そんな面倒なことはごめんだ!
というか、なんで私がここでへこんでる王子のメンタルケアなんかしないといけないんだ! そう思って私は『怠惰の手』を使って王子の肩に触れる。
「ゼフィーラ……?」
よし、スキルが発動した。
この『怠惰の手』は、要するに相手のやる気を失わせる行為だ。
ああやって自分を責めるようなことも面倒になって辞めてくれる。
「……少しは元気が出ましたか?」
「ああ……。君は……今、何をしたんだ?」
ラミントン王子は、少し落ち着いた様子で私にそうつぶやく。
……『怠惰の手』について説明してもいいが、正直話が長くなりそうで面倒だ。
そう思って私は笑ってごまかすことにした。
「ハハハ……べ、別になにもしてないですよ?」
「……そうなのか?」
「ええ! ……そんなことより、私はその……単にお菓子作りが好きなだけの、おバカな姫君ですから! だから国政に関わるつもりもありません!」
「ゼフィーラ?」
「ですので王子! あなたのほうがずっと優秀です! あなたがいなくては国は成り立ちません! で、ですのでもっと、自信を持ってください!」
「……私が……自信を?」
「ええ! ですので、国の舵取りは、今後も王子にお任せします! どんなことになっても、私は王子の政治手腕を信じますので!」
そもそも、政治について素人の私が出来ることなんてないし、やりたくもない。
そう思った故の発言だが、ラミントン王子は「ハハハ……」と笑いながら立ち上がった。
「ありがとう、ゼフィーラ……。君にそういわれたら、私も頑張らなくてはな」
「そ、そうですよ! ……ほら、そろそろご飯の時間です! 早く行かないと置いていきますよ?」
そういって私が手を差し伸べると、王子は少し顔を赤くした。
「あ、ああ……ありがとう、ゼフィーラ」
そして私の手をそっと握ってくれた。
ーーーーーー
そして、ゼフィーラとラミントン王子がその場を去って少しののち。
「へえ……。驚いたな、そんなことがあったのか……」
先ほどの男は、タルトとトウファから今までの経緯について、詳細に聞いていた。
……無論、ゼフィーラの言動については彼らのフィルターがかかっており、多分に脚色されたものになっていたのだが。
「ええ! なので、ゼフィーラ様は僕の憧れなんです!」
「私にとっても、姫様は目標です……! 教授からもっと魔道について教わって、力になりたいんです! 彼女のような『慈愛の聖女』になるために!」
「なるほどな……」
そういうと、隣にいた露店の女性に声をかける。
「なあ……。これって、観劇になったりしねえか?」
「観劇、ですか……」
「ああ。ゼフィーラ様の評判は前から知ってたけど、ここまで凄い方だと思わなかった。……だから『慈愛の聖女』って名前で、戯曲を売り出そうと思うんだ。どうだ?」
「……私どもの商会の力をかりたいということですか?」
「ああ。まあそういうことになるな」
そういうと、彼女は少し考えるような表情を見せた後、頷いて答える。
「そうですね。……あなたには、大切な絨毯を守っていただいた恩もあります。……お手伝いいたしましょう。ただし、条件を守っていただけたら」
「そうこなくっちゃな! ……で、条件ってなんだ?」
「……私と結婚していただくことです」
「……は?」
その発言に、男はあっけにとられたような表情を見せた。
「すまん、聞き違いのようだ。もう一度言ってくれ」
「ですので、私の夫になってください」
「……ど、どうしてそうなるんだよ?」
「思えば、私の商売も、あなたたちの街で迷惑をかけてきました。……ですが、私があなたと結婚すれば、私もあなた方の身内。その方が、互いのためになるでしょう?」
「ま、まあそうだけどよ……」
実際、利害を考えれば彼女とは敵対するよりも仲間に入れるほうがいい。
男もそう考えているのだろうが、あまりに突然の提案にドギマギするような態度を見せる。
「お嫌ですか?」
「い、嫌じゃねえけどよ……あんた、綺麗だから俺にはもったいねえだろ?」
そう男は呟くが、彼女はクスリと笑って答える。
「私の目に狂いはありませんので。……では決まりですね。今夜からあなたの家で寝泊まりしますので、寝所を整えておいてください」
「あ、ああ……」
そういうと彼女は、男の頬にキスをした後に絨毯と貴金属、そして壊れていない商品を回収すると立ち上がった。




