2-6 あなたにとって『丸投げ』は相手にとっては『信頼』だった
「ねえ、あなた?」
「あん、なんだ?」
「肩にゴミがついていますけど?」
そういって、私は「怠惰の手」を使ってその男の肩に触れる。
因みに、この「怠惰の手」は衣服程度なら貫通して効果がある。ただし、壁やテーブルごしにはスキルは発動しない。
「ほら、ここです」
すると、バチン! と音が響き、男が面倒くさそうにため息をした。
「はああああ……。やめだやめ! ……ここであんたを殴って叩きだしたって、どうせあんたのバックには誰かいるんだろ?」
……よし、スキルが発動したようだ。
けだるげに殺気を失った男に対して、その商人の女は少し驚いたような表情で答える。
「え、ええ。私だって隣国の商会に所属していますから。暴力で排除するなら、当然こちらもそちらに訴えさせていただきます」
「ったく、しょうがねえ。ここは引くけど、あまり汚い商売はすんなよ? 弱い者いじめってのは、やってる側に自覚はねえもんだからよ。……肝に銘じときな」
「心得ましょう。……力あるものとして」
そういうと、男は面倒くさそうに頭を振ってその場を立ち去った。
私はその様子を見て、物売りの女性に声をかけた。
「……大丈夫かしら?」
「ええ……。あなたが助けてくれたのですね、ありがとうございます」
そういうと彼女は、豪奢なアクセサリーをまとったローブをサッと整えた。
見ると、この店の商品は全て高品質で低価格だ。
(これは確かに、素人じゃ太刀打ちできないわね……)
これでは素人……つまり貧困層の子ども達が作るようなハンドメイド品では太刀打ちは出来ないし、客の入りも明らかにこの店に偏っている。
……確かに、これでは街の人たちの商売はあがったりだから、あの男が危機感を持つのも分かる。だが、私は異世界ものに出る『いい子ちゃんヒロイン』じゃない。
そういういさかいの仲裁などしない。面倒な縄張り争いはそっちで勝手にやってくれ。
「ところで、あなたは何の用ですか? お買い物なら、どうぞごゆっくり」
幸いなことに、彼女は私の『怠惰の手』についての詮索はしてこなかった。
まあ隠すつもりもないが、説明するのは面倒なので助かる。
「ええ、実は私、もうすぐお店を開こうと思っているの。……それで、何かいいインテリアがあるか探していたのよ」
「そうだったんですね。……では、こちらのシェードなどはいかがでしょう?」
そういわれて、彼女からシェードを渡された。
……うん、やはりここの製品はどれも高品質だ。私がこれから作ろうと思っているお店にぴったりだろう。
「なるほど……。いいわね。……よし、じゃあ一ついただくわね?」
「ありがとうございます」
そういうと私は、シェードを一つ購入した。
他にも欲しい品はいくつもあるが、まずはこれだけでいいだろう。
そう思いながら私は店から去ろうとすると、商店街の向こう側から凄まじい悲鳴が聞こえてきた。
「ん、なにかしら……?」
「おい、逃げろ!」
「え?」
そういうと、先ほど女性につっかかっていた男が猛スピードでこっちに戻ってきた。
ただ事ではないと感じたのだろう、露店の女性も少し驚いた表情でこちらを見やる。
「え? 何ですか……?」
「見世物小屋のベヒーモスが逃げ出した! さっさと逃げるんだ!」
「え……!」
商店街の端の方から巨大な化け物が猛スピードで迫ってきていた。
それを見て、先ほどまで冷静だった女性も目を丸くして驚いた表情をしていた。
「な……あんな化け物、初めて見ました……!」
「だろうな! ほら、俺も商品を持ってってやる! だから急ぐんだ!」
「え?」
すると今度は、その男の方を見て驚いた表情を見せた。
男は並んでいる商品を一瞥した後、一番高く、そして重量があるであろう絨毯を選ぶとひょいと担いだ。……なんて怪力だ。
「こいつだろ、一番大事な商品は? ……あんたは貴金属だけ持ってくんだ!」
「で、ですが……それを持ったらあなたが……!」
絨毯は基本的にかなりの重量がある。
男も顔を歪ませながらも、ニヤリと笑いながら虚勢を張る。
「心配すんな、こんくらいの絨毯なんざ屁でもねえ! そら、さっさと走るぞ!」
「え、ええ……」
そして、男は私の方にも声をかけてきた。
「嬢ちゃん、あんたも速く逃げろ! あいつに勝てる奴なんて、英雄くらいだ!」
「あ、え……?」
確かベヒーモスは『恩讐の姫君』にも出てくるモンスターだ。
私の記憶だと、奴は最終盤の雑魚敵だ。ここにいる私たちでは……いや、仮にラミントン王子がいたとしても、勝てるとは思えない。
あの化け物に『怠惰の手』を発動すれば止められるだろうが、あんなヒグマの3倍はあるような怪物相手に触れる前に、私の首はそこに落ちるだろう。
「あ、わ、わ……。ど、どうしよう、速く、逃げなきゃ……」
そう思って私はその場を去ろうと走ったが、その化け物はものすごい勢いでこちらに迫ってくる。
「なにやってんだ! 走れ、嬢ちゃん!」
……ダメだ、だらけまくってきた私の脚力では逃げ切れるわけがない。
というか、恐怖で身体がすくんで動かない。
『ガアアアア!』
「嬢ちゃん! くそ!」
凄まじい咆哮とともにベヒーモスは私の前で直立した。
……あ、ダメだ。死んだ。
そう思って私は目を閉じた。
「……あれ?」
だが、目を開けるとそこにはベヒーモスが音もたてずに崩れ落ちていた。
流石に死んではいないようだが、完全に昏倒している。
「ど、どうして……?」
「お怪我はありませんか?」
そういうと、倒れたベヒーモスの後ろから良く見知った顔が現れた。
「た、タルト……それに、トウファ?」
「……ゼフィーラ様がここにいるなんて驚きでしたよ?」
先ほどまで、市場で買い物をしていたタルトとトウファだった。
タルトは剣を納めながら、そしてトウファは魔道の杖を下ろしながら安心したような表情でこちらに微笑みかけてきた。
「タルト、トウファ……。あなたたちが、この化け物を倒したの?」
「勿論です。ゼフィーラ様からいただいた恩、少しはお返しできましたか?」
「弟に……タルトに訓練を付けてくれた上に、私にまで魔道を学ぶ機会をいただいたのですから……。これくらいは、させていただかないと!」
そういって、二人は私に対して崇拝するような目を向けてきた。
……そうか、私が丸投げした訓練と勉強で、二人はここまで実力を発揮できたのか。そしてタルトとトウファは姉弟だったんだな。
「ええ……ありがとう、二人とも」
「へえ……嬢ちゃん、まさか……あのゼフィーラ姫だったのか?」
「あ……!」
そういえば私はお忍びでこの街に来ていたんだ。
そう思っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「ゼフィーラ! 無事か!?」
「ラミントン王子?」
こちらの騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、ラミントン王子が私のもとに息をきらせてやってきた。




