2-5 普通「腰のもの」といって、たばこは連想しないだろう
「ゼフィーラ、暑くはないか?」
「ええ……。こういう服のほうが、私は慣れていますので」
ラミントン王子はデートといったが、無論このデートにも理由がある。
私たちは身分を隠して、半ばお忍びのような形で街の視察を行うことも目的の一つだということは分かっている。
「王子、今日はどこに向かいますか?」
「実は知り合いの教会に向かおうと思っていてね。悪いけどついてきてくれるか?」
「ええ」
その教会は、確かスラム街にある。
なるほど、治安の悪いスラム街を視察して、その様子を探りたいのだろう。……流石は勤勉な王子様だ。私のようなクソニートと違って民のことを考えている。
(けど……なんか、いい感じのお店の候補もありそうね……)
スラム街は治安が悪い代わりに、肉体労働者が多いことが想定される。
それは即ち、カロリーの高いお菓子類の需要が見込まれるということであり、立地としては悪くない。
治安が悪いことが難点だが、私は他国の姫君という立場だ。
きっとラミントン王子は護衛を雇ってくれるだろうからその点も問題ないだろう。私は別に商売で利益率などは考えなくていい気楽な立場なのだから。
「ええ、ご一緒させていただきますね?」
そう思いながら私は頷き、街に歩いていくことにした。
そして、それからしばらくして。
「それでな、ゼフィーラ? 昨日起きた話なんだがな……」
「へえ、そうなんですね」
「他にも、昔は妹と旅をしていたことがあってな。その時に食べたのが……」
「ええ、なるほど」
ラミントン王子は、街で見たお店や商品などを見るたびに何らかの話題を探して、私を楽しませようと頑張ってくれている。
……だが、私は上の空だった。
理由の一つは、店舗の候補地を探すのに、周囲の空き物件を鵜の目鷹の目で周囲を見ていたからだ。
「む……ゼフィーラ、退屈なのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……。すみません、王子。私にぺちゃくちゃ話しかけないでください」
「……あ、ああ……」
そして二つ目の理由として、私はこういう『意味のない雑談』が苦手なタイプだからだ。相手の話につい、断定的に返してしまう癖があり、どうしても会話が続かない。
そのせいもあって女友達は出来なかったため、高校の時は独りで過ごしていた。
(なんでみんな、当たり前に『雑談』が出来るし話題が続くんだろ……。私には理解できないわね……)
……正直、誰かと話をするのは苦痛でたまらない。
そう思いながら、私は思わずぽつりと呟く。
「あの……王子? すみませんが、いちいち私を喜ばせようとしなくていいです」
「え?」
「私は正直、こうやって雑談するのが苦手なので。それより、今はあちこち見て回りたいんです」
「そ、そうか……」
……おっと、少し言い過ぎたか。
だが、少しはフォローをするべきだろうと思い私は答える。
「私のご機嫌を取らずとも、私は浮気しませんし、夜伽も拒みません。ちゃんと王子のお世継ぎを産みます。なので、ご安心を」
「わかった……」
そういって王子は腰に手をやった。
見ると、そこにはシガレットケースがあった。愛用と思しきサーベルの隣に吊ってあり、かなり使い込まれていることが分かる。
(うげ、タバコ……? まさか王子って、タバコ吸うの? あ、いや……この時代の男性ならそれが普通よね……けど……)
私はタバコの匂いが大嫌いだ。
弟が高校の時にいきがって買おうとしていた時には、思いっきりぶん殴って、辞めさせたこともある。
それを見て、私は腰のシガレットケースを指さして嫌悪感を露わにする。
「……あの、王子、その『腰のもの』は……貰いものですか?」
「ああ。この『腰のもの』は、私の父上からいただいたものだ。私も、いつも身に着けるように言われているんだ」
「私はそれが大嫌いです。それを抜いたら、離婚しますので、そのつもりでいてください」
「……なに?」
そういうとラミントン王子は信じられないという顔をした。
まったく、この世界の男性はタバコをよほど大事にしているのだろうか。
だが、お菓子作りをするうえでは、タバコのにおいは害でしかない。
「それは……君の身に危険が迫ったときにも、か?」
何言ってるのだ。
王子が煙草を吸わないことで、なぜ私が危険になるというのだ、バカらしい。
「勿論です。それを持つ言い訳に私を使わないでください。……どうしても王子がそれを使うことだけは、受け入れられないのです……」
「そうか……ふーむ……」
そういうとラミントン王子は少し考えるような様子を見せた後、急に何かを理解したように、顔を輝かせた。
「なるほど、そういうことか。……分かった……君のその非暴力の信念に従おう」
……ん? なんか誤解していないか?
まあいいか、考えるのも面倒くさいし。
そう考えながら、私はチラリと横を見ると、良く見知った少年がそこにいた。
(あ……まずい! タルト君じゃん、あそこにいるの! しかもトウファまで!)
彼は、私が普段訓練を押し付けている少年だ。名はタルト。
ご丁寧に絵、私が勉強を丸投げしているメイド『トウファ』とも一緒にいる。あの二人は知り合いだったのか。
(あの二人と会ったら、私が訓練と勉強をサボってたことがバレちゃう……! そしたら、下手すれば婚約破棄なんてことになりかねないわよね……!)
だが、このあたりの物件探しはまだ終わっていない。
そのため、私は思わず王子に呟く。
「す、すみません、ラミントン王子……ちょっと私はこの辺で用事があるので……。先におひとりで教会に向かっていただいていいですか?」
「なに? だが君に何かあったら……」
確かに、このあたりは治安が良くない。
だが、私には『怠惰の手』がある。これは知らない相手だったら、たとえ伝説の英雄だろうと一撃必殺で撃退できる。だから問題ないはずだ。
「私のことはお気になさらず。……王子は、先にするべきことをお済ませください」
「あ、ああ……わかった。気を付けてな」
そういうと、私は王子と別れて街の中を歩くことにした。
それから少しの後。
(ふむ……結構いい空き家ね……ここにお店を構えるのもいいか……)
私はスラム街を歩きながら、それなりに清潔で使いやすそうな店舗を見つけた。
物件探しを配下にやらせてもよかったかもしれない。だが私は、こういう買い物は自分がやらないといけないことをよく知っている。
(哀灯をコミケに行かせたことを思い出すわね……あれは酷かったからなあ……)
私は昔、弟にコミケに行かせたことを思い出した。
元々出不精の私は、コミケそのものに興味があったが出かけることが出来なかったので、弟に金を渡して、指定したカップリングの本を買わせたことがある。
勿論買わせたのは、当時人気だったキャラ『カヌレ王子』と『騎士ティラミス』のBL本だ。弟は渋ったが、姉に逆らうことなど許さなかった。
(……けどやっぱ、非ヲタには受けと攻めの概念が分からないのよね……)
だが私は確かにカヌレ王子×騎士ティラミスのものを頼んだはずなのに、あろうことか騎士ティラミス×カヌレ王子を買ってきた。
……私にこれを買ってくるということは、挑戦状をたたきつけるにも等しい行為だ。
私は弟を怒鳴りつけた後『あんたがこれを使いな!』と、代金は渡さずに同人誌を押し付けたことを思い出した。
(今にして思うと……さすがに哀灯には可哀そうなことしたわね……センスが問われる買い物を人任せにした私も、ほんの少しは悪いもの……)
……あの時の反省を踏まえ、店舗探しは自分でやるべきだと知った。
そう思いながら露店を見ていると、異国風の服装をした若い女性が家具を販売しており、そこに人だかりができていた。
(へえ……あれ、ちょっといいかも……)
よく考えたら、お店を開くのであればインテリアにもこだわらないとだめだ。
見ると、私好みの照明や家具がかなりの安値で売られている。
……だが、そこでは大柄な男が、女性に対して何やら怒鳴っていた。
「おいこら、てめえ! 誰に許可取って商売してんだ?」
その女性は毅然とした態度で答える。
「ここは自由市ですよね? 許可は必要ないはずですが」
「ふざけんなよな? ここは俺たち『トゥンカロン組』が仕切ってんだ! 自由市だろうが、俺たちに許可なく店を出すんじゃねえ!」
「そんなことをあなたたちが勝手に決める法律はありません。なぜあなた方が勝手に取り仕切るのです?」
冷静に女性は答えるが、男の方も声を荒げる。
「決まってんだろ? 自由市だからって、好きな奴が好き勝手に店を開いて、なんでも安値で売りさばいたら、小さい店が困るんだよ!」
「それは仕方ないことでは? 質の悪い商品を高く売るほうが悪いじゃないですか」
「理屈じゃそうだろうな! ……けどな、スラム街の女子どもにそれを言うか? あいつらが、お前らみたいな商人と同じものを同じ値段で出せると思ってんのかよ!」
「そんなことは私ではなく、国に陳情するべきです。女性や子どもを楯にすれば、自分の意見を通せるとでも思っているのなら、思い違いです」
「なるほどな。……理屈じゃてめえが正しい。けどな、理屈でねじ伏せて相手が納得すんなら、とっくに戦争も離婚も無くなってんだよ!」
はあ、まったく面倒くさいやりとりだ。
発言を聞く限り、女は正しく法を守っており、筋が通っている。しかし、自由競争=強者総どりとなる現状であれば、男側の言い分も一理ある。
(私が昔読んだ『異世界転生もの』のヒロインなら、ここでかっこよく場を取りなすんだろうけど……私にはどうでもいいわね)
そう、私にとっての関心は、さっさと店の商品を買うということだけだ。
どっちが正義か悪かなんてのは、ラミントン王子あたりが決めればいい。
そう思いながら私は『怠惰の手』を発動しながら後ろから近づいた。




