第23話 Side アリエル②
真っ赤なバイク(後でトライクだと知りました)に跨った1人の男性。
その時は混乱していたせいで、私よりも年上に見えました。
車の魔物に襲われて絶体絶命に陥っていた私たちの前に颯爽と現れ、自分にまかせて私たちに逃げるように言って、そのままダムド・チェイサーと戦い始めたんです。
状況も忘れて呆気に取られてしまいました。
だって、知らない人だったんです。彼は私たちとはなんの関係もない、赤の他人だったんです。彼に私たちを助ける義理や理由なんて無かったはずなんです。
彼らが見えなくなった後、我に返った私はラティナに戻るように頼みました。このままじゃ、私たちの為になんの関係もない人が死んでしまう――そう思ったんです。
でもラティナからは――
「お嬢様の命が最優先です!」
――と、逆に怒られてしまいました。
もちろん、彼女の言うことが正しいのは判っています。私たちが戻ったところでなにも出来ないことも。けど、私には彼がダムド・チェイサーに勝てるとは思えませんでした。無関係の人が私たちの為に亡くなってしまうのを見過ごすのは、とても悲しいことだと思えたんです。
だからこそ、後から彼が追いついて来たときは驚きました。しかも危険な魔物と戦っていたはずなのに、何事もなかったみたいに無傷だったんです。もしかして、うまく巻いて逃げて来たのかな、とか思ったんですけど、ちゃんと倒したと言ってました。本当にビックリです。
シン・スカイウォーカーさんという名の彼は、なんと私と同い年で、しかも冒険者をしているそうです。
冒険者とは、未知を求めて遺跡や迷宮を探検し、時には弱き人々に代わって魔物や盗賊と戦う人々の総称。
この国の女王陛下も元々は凄腕の冒険者で、10年ほど前までは実際に活動なさっていたんです。当時の武勇伝なんかも国民の間で広まっていて、男女問わず女王陛下に憧れる人は多いんです。ちなみに私もその1人です。
先も述べた通り、エスタール領にはオルティア文明時代の遺跡が多く眠っており、遺跡目当ての冒険者も多くいます。領都で何度か見かけたことはあったのですが、実際に会って話をするのは初めてで、最初にシンさんに話しかけた時は少し興奮してしまいました。いま思い出してみると恥ずかしいです。
それに、シンさんと一緒にいた可愛らしい子犬――実際は幻獣シエルカニスの子供だったんですけど――の存在も私の琴線に触れました。
だっただって、すっっっっごく可愛いんです!! 小っちゃくて、お目目がおっきくて、尻尾がふさふさしてて、全身がモコモコで、鳴き声も愛らしくて……抱っこして、モフモフスリスリナデナデしてみたいって思うのは仕方ないことだと思うんです! 人間ですからっ!!
は!? すみません、興奮してして話が逸れてしまいましたね……
冒険者で、そしてダムド・チェイサーを無傷で倒してしまうほどお強い。それを知った私は、厚かましくもシンさんに私たちの護衛をお願いしました。もちろん、冒険者として正式に依頼する形で。私自身、魔物に襲われて、命を失うかもしれない経験をしたのは生まれて初めてで……正直、凄く怖くて、心細かったんです。
シンさんは冒険者としてはまだ新人だったそうで、最初は悩んでいましたが、ラティナも一緒にお願いしたら、すぐに了承してくださいました。
それに――それにです! 領都に付くまでの間、モコちゃんと一緒にいても構わない、って言ってくれたんです!
なのでフィジーを発った後の道中は至福の時間でした。小っちゃいのにとても良い子で、私が頭やお腹を撫でると気持ち良さそうにして、触り心地もサラサラで……ああ、思い出しただけで鼻血が出そうです。
ちなみにその間、何度か魔物に襲われたみたいなんですが、全然気付きませんでした……
けど、そんな時間も長くは続きませんでした。
今度は魔物ではなく、盗賊に襲撃されたんです。領内に兵士崩れの盗賊団がいるという話は私も聞いていましたが、まさかあんな山中で襲われるなんて。
けど、それもシンさんがあっというまに倒してくださいました。やっぱり冒険者ってお強いんですね!
ですが、問題はその後でした。信じられないことに、盗賊だけじゃなく、遠くから銃で私を狙っていた人がいたんです。そう、スナイパーです!
あの時、シンさんが咄嗟に魔法障壁で守ってくださらなかったら、私の命はありませんでした。
私でも判ります。スナイパーは、魔物や盗賊のような無差別に人を襲うような輩とは違うということ。
スナイパーはいわば「殺し屋」です。しかも明確に私を狙っていた。つまり、誰かが私を殺す為に差し向けた刺客ということ。
それを認識した時、これまでとは違う、身体の芯が凍り付くような冷たい恐怖を覚えました。
誰かに命を狙われている。その恐ろしさに、頭の中がぐちゃぐちゃになって、恥も外聞もなく叫びそうになった時――
「オレの後ろに伏せてください!」
シンさんの声がしたんです。
見上げると、私たちを庇って殺し屋に立ちはだかる彼の背中が見えました。私と同じ年のはずなのに、その背中がすごく大きく、頼もしく見えて、頬が、心が熱くなるのをはっきりと自覚ししました。
けど次の瞬間、彼の身体がなにかに弾き飛ばされ、私たちの頭上を飛び越えて彼のトライクに叩き付けられるのを見たときは、今度こそ本当に叫んでしまいました。
シンさんが撃たれた。私たちの身代わりになって――
そんな私のショックをよそに、彼は何事もなかったかのように立ち上がった時は、別の意味でビックリしましたけど。確かに撃たれたはずなんですけど……
冒険者をされているだけあって、丈夫だったんですね!
幸い、シンさんのおかげでスナイパーをやっつけることが出来たんですが、その時に車を壊された上、領都へ戻る為にどうしても通らなければならない橋を落とされてしまいました。
それを見たとき、今度こそ私は泣いてしまいました。前日、家と連絡を取った際に言われていたんです。お父様の容態は芳しくなく、今夜が峠だと。間に合わせる為にはこの危険な近道を通るしかなく、迂回していたら到着までにはどう頑張っても数日は掛かってしまう。それでは絶対に間に合わない。
お父様の命を救うことはできない……
それが判ってしまった時、どうしようもなく悔しくて、悲しくて、涙が止まりませんでした。家族も救うことが出来ないなんて、それじゃあ私はなんの為に<浄化の祈り>を授かったのか。お母さまをお救いすることが出来ず、この上、お父様もなんて……それじゃあ、私のスキルにはなんの価値が、意味があったのか。そう思うと悔しくて、悔しくて……
けれどそんな私たちに救いの手を差し伸べてくれたのも、シンさんでした。
信じられないことに、シンさんが乗っていたトライクは空が飛べるそうなんです! 最近のトライクって凄いんですね! 空まで飛べるなんて!
けど、シンさん自身はそのことを広めてほしくないみたいで、トライクのことは私たちに秘密にしてくれるようお願いされました。もちろん、私もラティナも了承しました。
だって空を飛べるんだったら、本来の予定よりもずっと早くお父様の元へ戻ることが出来るんですから。
その後、彼のトライクに同乗させてもらっての空の旅は短いものでしたが、いろんな意味でドキドキしました。そもそも空を飛ぶなんて経験、数えるほどしかありません。お父様たちに連れられて王都へ行ったときや、リシティアに留学した時くらいです。その時だって飛空艇に乗っていただけで、空飛ぶトライクに乗って、こんなふうに直に風を感じながら飛ぶなんて生まれて初めてです。
それよりなにより、男性にこんなに密着するなんて……
いえ、仕方がないことだと言うことは判ってます。だってトライクだし、3人しか乗れないのでやむを得ないのは理解してます。でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです!
私を庇って銃弾に立ち向かってくれた時のシンさんの背中が忘れられないんです。私と同じ年なのに、お父様と同じくらい大きくて、頼もしくて……その背中にくっついていると思うと、胸がすごくドキドキして……ラティナに、変な気を起こすなって釘を刺された、シンさんが「起こしません!」と即答した時は、何故か少しがっかりしちゃいました。
ショックだったのは、私たちのせいでシンさんの手を穢してしまったことです。
あの時、シンさんは私たちを守る為に、私を狙ったスナイパーを殺めてしまった。シンさんは、それまで一度も人を手に掛けたことはなかったのに、私たちのせいで人殺しにさせてしまった。彼は私たちの事情とはなんの関係もないのに……
けどシンさんは、気にすることはない、と言ってくれました。それよりも、私たちが怪我をすることの方が嫌だった、って……
胸の奥に熱いものが沸き上がってくるのがハッキリと判りました。さっきまでとは違う意味で心臓がドキドキして、頬がすごく熱くなって。
私だって馬鹿じゃありません。この感情がなんなのかくらい理解しているつもりです。けどだからこそ、彼の手を血で染めてしまったという事実が私に重くのしかかりました。
彼だけじゃありません。ラティナもです。
シンさんたちが捕縛した盗賊たち。私たちは先を急がなければならず、かといって放置も出来ない。結果、気を失っていた20人近い盗賊を、ラティナがその場で全員射殺しました。ラティナ自身、人を殺めるのが初めてだったことは、幼いころから一緒にいた私が誰よりも知っています。
それに、ダムド・チェイサーから私たちを守る為に犠牲になった護衛の人たちも……
どうしてこんなことになったんでしょうか。
私はただ、お父様を助けたいだけでした。
けど、その為に大勢の人たちが命を落とし、ラティナとシンさんは手を血で汚してしまいました。
私のやろうとしていたことは、そんなに間違っていたのでしょうか?
答えの出ない疑問に頭の中がごちゃごちゃになってしまいそうになっている間に、森林地帯の切れ目に近づいてきました。人目に付くかもしれないということで、空の旅はここでおしまいです。ちょっと残念ですけど。
それにしても、いまさらですけどシンさんはいったい何者なのでしょう?
空飛ぶトライクに乗っていて、銃に変形する不思議な剣を持ち、魔物や盗賊をいとも簡単に倒してしまうくらいにお強い。いくら私でも、普通じゃないことくらい判ります。
困っていた私たちを助けてくれたり、モコちゃんに懐かれているのをみると、悪い人じゃないということは判りますが、なんていうか、とても不思議な人です。
この人のことをもっと知りたい――そう思った私は、色々と彼に話しかけてみることにしました。けど、お恥ずかしながら自分と同い年の男の人としゃべった経験がほとんどなくて。留学先で出来た友達もみんな女の子でしたし……どう話しかけて良いのか判らず、結局は私自身やエスタール領のことばっかりしゃべってしまいました。
エスタール領の過去とか。自分の夢とか……
それなのに、シンさんは嫌な顔ひとつせず、むしろ私の夢を素晴らしいことだと言ってくれました。
えへへ~。家族や親しい人以外に褒められて、こんなに嬉しい気持ちになったのは初めてです。
浮かれてシンさんのことを聞くのをすっかり忘れていたのに気づいたのは、帰宅して彼と別れた後でした……うう~、私の馬鹿!
でも、シンさんはしばらく街に滞在するつもりだとおっしゃってました。きっとまだ機会はあります。いま優先しなければならないのは、お父様の命です。
市内にある総合病院の特別棟――その隔離された一室に、お父様は移送されていました。無論、厳重な警備のもと、一部の人間以外は知らされていないそうです。私が駆け付けた時、父の意識はなく、ベッドに横たわるお身体は最後に見た時に比べてビックリするくらい窶れていて、人工呼吸器でかろうじて息をしている姿は、見ているのが辛くなるくらいでした。
けど、父は生きています。間に合ったんです!
ラティナ。シンさん。犠牲になった護衛の方々――多くの人たちの尽力のお陰です。必ずお父様を助けて見せます。
そして、目覚めたお父様に聞いてもらうんです。私の経験した出来事のすべてを。私を助けてくれた、不思議な人の話を。
だから、早く目を覚ましてくださいね、お父様。




