第22話 Side アリエル①
長くなってしまったので2つに分けました。
私はエスタール領主、レオナール・フォン・エスタールの娘として生を受けました。母は私を生んだ後、間もなくして病気で亡くなったと聞いています。当時私はまだ赤ちゃんだったので、母のことは覚えておらず、顔も写真でしか見たことがありません。
私には5つ年上の姉がいます。エスタール伯爵家の跡継ぎです。
あ、ちなみにエフタル女王国では女性が領主になることが普通に認められています。なにしろ国のトップである王様からして女王ですから。他の国とは違って、女性の社会的地位が高いんです。だからと言って男性が蔑ろにされている訳ではありません。父だって普通に領主ですし。
伯爵家の跡取りとして厳格に育てられた姉様ですが、妹の私の前ではいつも笑顔でいてくれる優しい姉でした。母を知らない私にとっては母親代わりともいえる存在です。夜に絵本を読み聞かせてくれたり、悪いことをした時は叱ってもくれました。5歳の誕生日にプレゼントしてくれたヌイグルミはいまでも宝物です。
ですが姉は時々、私を見てとても複雑そうな顔をすることがありました。最初のうちはどうしてなのか判かりませんでした。姉に尋ねたこともあったのですが「気のせいよ」の一言ではぐらかされました。
理由に気づいたのは、私が10歳くらいの時だったと思います。
それは、私のスキル<浄化の祈り>。
<浄化の祈り>の効果は、1日に1回限り、対象者のあらゆる状態異常を回復させる、というものです。自分でも。他人でも。病気でも。呪いでも。
このスキルは特殊系。特殊系のスキルは基本的に覚えようとして覚えられるものではなく、生まれつき持っていたり、なんらかの条件を満たすことで習得することが出来るのです。私の場合は前者でした。偶然か運命か、私は生まれた時から<浄化の祈り>を持っていたのです。
そして、私たちの母は私が生まれて間もなく病で亡くなった。
つまり私の<浄化の祈り>を使えば、母を救うことが出来たんです。けど、私は当時、生まれたばかりの赤ん坊でスキルを使うことが出来ませんでした。一方で、姉様は既に5歳で、スキルを使うことが可能だった。
つまり、<浄化の祈り>を持って生まれたのが私ではなく姉様だったなら、母は亡くならずにすんだんです。
宗教関係の方たちは、スキルは神様からの授かりものだとおっしゃっていましたが、だとすれば神様はとても残酷だと思います。
姉様も、そのことで色々と思うところがいろいろとあったんだと思います。けど、だから言って私に当たったりすることはありませんでした。母を知らない私に姉として、母親代わりとしていつも優しく、そして厳しく接してくれました。その気持ちが嘘でないことは、私が誰よりも理解しているつもりです。
そんな姉は父の名代として数年前から王都に滞在していて、滅多に実家には帰ってきません。もちろん、連絡なんかはしょっちゅう来ているのですが、やっぱり直接会えないのは寂しいです。そんな寂しさを埋めてくれたのが、私の専属護衛官――ラティナです。
彼女の家は代々、エスタール伯爵家に仕えてくれた家系で、彼女のお父様も私が生まれる前から警護団長を務められていました。
ラティナは年も近いこともあって、私の専属の護衛官としてずっと側にいてくれました。伯爵の娘だった私にとっては初めての、そして唯一の友達でした。いつでも私の側にいて、私のことを守ってくれたり、一緒に買い物したり、遊んだりもしました。姉がいなくなった後、寂しい思いをせずに済んだことはとても感謝しています。
エスタール家の跡継ぎは長女の姉様に決まっていたとはいえ、次女の私もそのままという訳にはいきません。父に将来のことを聞かれたとき、私は薬草学の研究の道を歩みたいと伝えました。
理由は2つあります。ひとつは、辺境であるこのエスタール領の為です。
元々、ミスリルの鉱山として栄えていたエスタール領は、それが取れなくなった途端、衰退の一途を辿ったことは知っていました。オルティア文明時代の遺跡が多くあり、考古学として注目度が高いと言っても、それだけでは発展は望めません。ですが、自然豊かなこの地域には希少な薬草が数多く自生しています。中には人工栽培が不可能なものも。
薬草学はまだまだ発展途上で、研究の余地が多分にあります。もしこの地域に生えている薬草で実用的な薬が作れるようになったら、エスタール領の価値が高まって人を集めることも出来るんじゃないかと思ったんです。
もうひとつの理由は、亡くなった母です。
ある時、父上たちが話しているのをこっそり聞いてしまったことがあったんです。その中で、父は言ってました。母の病は決して治らないものではなかった、と。希少な薬草の成分を含んだ薬があれば助かっていた、と。
それを聞いた時から、私は母のように助かるはずの命を助けたいと、強く思うようになったんです。
ちなみに、このことを知っているのはラティナだけです。私が薬草学の道に進みたいと打ち明け、理由も話した時、彼女は自分も応援すると言ってくれました。
父の許しも得て、成人した私は隣国リシティア共和国に留学することになりました。リシティアには学術都市シエナがあり、そこでは世界中から多くの学者が集まって、薬草学を含めた様々な分野の研究が行われていて、それに携わる未来の学者を育成する為の学園もあります。
もちろん、他国であることに加え、学生という身分に置かれる以上、伯爵令嬢といえど特別扱いはされません。伯爵家から同行が許されたのはラティナだけです。不安がないと言えば嘘になりますが、そんなことで躊躇ってはいられません。
夢を叶えるために、頑張ってみせます!
そんな私の決意と覚悟とは裏腹に、学園での生活は思っていたのと違っていました。
私と同世代の人たちが大勢集まって、みんなで一緒に勉学に励んだり、楽しくおしゃべりしたり、買い物したり、エスタール領では決して出来ない経験ばかりでとても楽しかったです。ラティナ以外の友達もたくさん出来ました。
正直、とても楽しかったです。出発前の覚悟はなんだったのか、と思ったくらいです。
さあこれから――という時でした。その報せが届いたのは。
お父様が何者かに毒を盛られ、意識不明の重体に陥った。
それを聞いたときは、本当に頭の中が真っ白になって、雷に打たれたかのような衝撃を受けたのを覚えています。
どうしてお父様が……
けど、ショックを受けている場合ではありません。危篤状態ではあるものの、まだ亡くなった訳ではなく、その原因は毒物。
つまり、私の<浄化の祈り>を使えばお父様を救うことが出来る!
思い至った私はすぐに学園に許可をもらって帰国することを決めました。リシティアからエフタルまでは飛空艇で片道2時間ほど。ですがその後、エスタール領内では車で陸路を進むしかありません。ワイバーンなどの危険生物が多く生息している領内は、原則として航空機の使用は禁止されているんです!
もどかしいですが、文句を言っても仕方ないと逸る自分に言い聞かせ、迎えに来てくださった護衛の方々と合流して領都へと急ぎました。
大丈夫、きっと間に合う。そんな私の祈りを打ち砕くかのように、ソレは現れました。
異形としか言いようのない形状をした、奇妙な車。いえ、車の姿をした魔物。
ラティナがダムド・チェイサーと呼んでいた機械の魔物が、突然、私たちの車列を襲撃してきたのです。とっさに他の護衛の方々が囮になって魔物を足止めしている間に、私たちの乗る車は速度を上げて引き離そうとしたのですが、魔物は幾ばくもしないうちに追いついて来ました。
囮になった護衛の人たちがどうなったのか――それを想像すると、心臓が凍り付くような恐怖を覚えました。
そして、ダムド・チェイサーが私たちの乗る車を襲おうとしたまさにその時――
彼が現れたのです。




