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第21話 感謝されること

 領都エスタールはフーリエ湖という湖の畔に築かれた街だ。

 湖といっても日本の琵琶湖よりも何倍も大きい。ちょっとした海と言ってもよい面積がある。ちなみに最初に立ち寄った街であるエンディムにあった運河も、このフーリエ湖に流れ込んでいるらしい。


 エスタール市は湖の畔――というより、湖に突き出した半島に築かれていた。

 東西南北のうち、陸に接しているのは北側だけで、あとの三方は湖に面している。遠目に見た感じだと、エンディムよりもずっと大きく、立ち並ぶ建造物も立派なものが多い。まあ、領都なんだから当たり前だよな。

 けど街への入り口は陸に面した北側の一か所だけだ。反対の南側は港になっており、複数の船舶が行き来しているのが見える。港のある南側以外は全面が市壁に囲まれていた。エンディムのそれよりもずっと高く、上には銃を携えた歩哨が何人も立っているのが見える。他にも市壁の節目部分に尖塔のような構造物が築かれており、そのてっぺんには金属の柱のような物が聳え立っている。目算だと太さは電信柱ほどで、高さは10メートルくらいか。避雷針とは違うみたいだ。なんだろう? まあ、いいか。


 オレたちが走っている幹線道路は街の北側を東西に横切るように通っている。オレたちは東側から街へ向かっていて、もう少し走った先を左折すればエスタール市へ。直進すればエフタル女王国の西部へと通じるルートだ。


 街に近づくに連れ、オレたち以外の車の往来が増えてきた。ここへ来るまでは大型のトラックやバスなんかとたまにすれ違うくらいだったが、普通の車やバイクなんかも増えてきた。そのどれもが日本では見たこともない形状をしているので、正直、見ているだけで楽しくなってくる。

 って、いかんいかん! いまはそんなことより、一刻も早くアリエルを実家に送り届けないと。なんせ父親である領主の命が掛かってんだからな。


 幹線道路を左折して市内へ向かう道へ入ると、街の入り口で検問が行われているのが見えた。エンディムにいたのと同じ制服を纏った警備兵たちが、市内に出入りする車や通行人たちを厳しくチェックしている。お陰で出入り口には渋滞が出来ていた。


「随分と厳重なんですね。やっぱり領都だからですか?」

「それもあるが、公表されていないとはいえ、領主様の暗殺未遂が起きたばかりだからな」


 そう言えばそうだった。

 領主であり、伯爵である貴族が暗殺されそうになったんだから、警戒厳重になるのは当然と言えば当然の反応だろう。


「しかし参ったな。こりゃ入るのに時間が掛かりそうだ」


 その領主の為に一刻も早くアリエルを送り届けなければならないってのに、街の出入り口は順番待ちの車が30台以上も列を成している。下手したら一時間以上は待たされるかもしれない。領主命を救う為に急がなきゃいけないのに、その為の警備のせいで時間を割かれるとは……


「心配ない。あそこは一般用。脇に関係者用の出入り口があるから、そこへ回ってくれ」


 ラティナに言われて目をやると、確かに渋滞している検問の左脇にもう1つ検問所があり、そこには1台も車がない。なるほど。領主の娘とその護衛官なんだから、普通に関係者だわな。

 言われるがまま渋滞を避けて関係者用の検問に向かうと、近くにいた警備兵たちが険しい表情で制止してきた。


「止まれ! ここは一般人は立ち入り禁止だ!」


 停車するや否や、怖い顔の警備兵が寄ってきて怒鳴られた。


「どうも、私です!」


 オレの背後からアリエルがにこやかに顔を出す。

 いや、その挨拶はどうなんだ、領主の娘……


「アリエル様!?」


 さすがにアリエルのことは知っていたらしく、途端に怖い顔の警備兵がびっくりして声を上げた。見れば、他の兵士たちも一様に驚いて、「え? アリエル様?」「なんでお嬢様が?」などと困惑の声を漏らしていた。


「アリエル様の専属護衛官、ラティナ・レルムートだ」


 そんな警備兵にラティナが身分証を見せる。

 いま初めて知ったけど、ラティナってレルムートって苗字だったんだな。


「彼は護衛の為に雇った冒険者だ。お嬢様をここまで送り届けてくれた。怪しい者ではない。取り急ぎ館へ戻らなければならないので、通して欲しい」

「ご、護衛官……わ、判りました。どうぞ、お通りください!」


 どうやら怖い顔の警備兵はここの責任者だったらしく、混乱しながらも周囲の兵士たちに指示して道を開けてくれたので、オレは再度、ドライグを進めて市門をくぐり、エスタール市内へと入った。


「メインストリートをまっすぐ進んでくれ。突き当りにある一番大きなお屋敷が領主邸だ」

「判りました」


 市内に入ると、規模の割に大勢の人が道を行き駆っていた。別にそれ自体は不思議じゃないんだが、やたらと武装した人間を多く見かけるのが少し気になった。堂々と武器を持って大通り闊歩する人間と言えば冒険者くらいなはずだけど、ちょっと多くないか?


「随分と冒険者が多いんですね」

「さっきも言ったように、エスタール領には遺跡が多く見つかっているからね。遺跡調査の為に訪れる探索者や、お宝狙いの冒険者が多いんだよ」

「なるほど」


 ラティナの説明に納得した。

 そういえば、エンディムも結構冒険者がいたし、昇格試験参加者だけでも100人以上いたしな。加えて魔物も多い地域でもあるなら当然か。


「あ、見えてきました! あそこです!」


 そんなことを考えている内に、目的地である領主の館が見えてきた。

 アリエルが指さした先にあるのは、高い塀に囲まれた邸宅。両脇に衛兵が佇む入口は格子状の門扉に閉ざされているが、隙間から見えるその向こう側には緑の芝生を湛えた庭が広がっており、中心部には白亜に塗装された豪邸が建っていた。

 ここまで見てきた建築物は、どれもファンタジーとはかけ離れた、現代風のデザインのものばかりだったが、眼前に見える領主の館は、どちらかと言えば中世の城を思わせる見た目をしていた。


 入り口が閉ざされているので、その前でいったん停車。見張りに立っていた衛兵たちにアリエルが挨拶して驚かせ、ラティナが事情を説明して開門させるまでのやり取りは、街の入り口で行われたのとほぼ同じだったので割愛する。


 中庭を進んで邸宅の前に乗り付けると、既に連絡が行っていたのか、中からメイドやら使用人らしき人たちが慌てた様子でわらわらと出てくる所だった。


「ただいま戻りました!」


 彼らの困惑を意に介せず、ドライグから降り立ったアリエルが元気良く右手を上げ、笑顔で挨拶する。彼女の様子を見て、使用人たちは口々に「お嬢様!」「アリエル様! よくぞご無事で」と無事を喜んでいた。中には涙を流している者もいた。それはそうだろう。帰路の途中、ダムド・チェイサーに襲われたことや、ラティナ以外の護衛が全滅したという報せは届いていたはずだ。一時は命の危機にあった愛おしい令嬢が、怪我もなく無事に帰ってきたんだから。

 しかも彼女は危篤状態にある父親である領主――彼らの主の命を救うことの出来る唯一の人間だ。彼女が来たということは、伯爵の命が助かることと同義。嬉しさも倍増だろう。


「アリエル様! ラティナ!」


 ひと際大きな声と共に、屋敷の扉が叩き割らんばかりの勢いで開かれた。

 飛び出してきたのは2メートル近い並外れた巨漢だった。年齢は50歳前後かな? 白い髭を蓄えた精悍な顔立ちに、プロレスラーかと錯覚するほどの見事な体躯。山で出会ったなら10人が10とも山賊だと勘違いするだろう容貌のおっさんが、上等な礼服に押し包んでいる姿は、なんともちぐはぐに見える。


 ってか誰だ、このおっさん?


 気になって<竜眼>でステータスを見てみると――



 ディエス・レルムート LV37



 返ってきた答えに思わず吹き出しそうになった。

 レルムート? レルムートって確か、ラティナの苗字だったはず。ってことは……


「心配をかけて申し訳ありません、父上」


 ラティナ本人の口から衝撃の返答。

 この山賊っぽいおっさんがラティナの父親!? マジか!? エリーさん親子も似てなかったけど、こっちはそれ以上に似てないぞ!? 

 凛とした美女護衛官なラティナの父親がこの山賊オヤジとか、この世界の遺伝子はどうなってんだ!?


「ただいま戻りました、レルムート団長」

「アリエル様、ご無事の帰還、心より喜び申し上げます」


 団長? なんの団長か知らないけど、見た目とは裏腹に、アリエルに頭を下げた時の口調や所作は流れるように丁寧で、違和感が微塵も感じられなかった。


「ラティナも、よくお嬢様を守り抜いたな」


 父親に褒められて嬉しかったのか、いつもはクールなラティナの表情がかすかに緩んだ。しかし、すぐに真顔になって――


「私ではありません。無事に戻れたのは、彼のおかげです」


 ここでオレに話が飛んできた。正直、貴族やその関係者となんてどう接していいか判んないし、礼儀作法とかさっぱりだったが、ここまで来たら腹をくくるしかない。


「話はラティナから聞いている。シン・スカイウォーカー君だね」


 オレが口を開く前に、山賊オヤジ――いや、レルムートさんから話しかけてきてくれた。


「は、はい」


 緊張のせいで思わず声が上ずってしまった。ってか、ラティナは事前にオレのことを伝えていたのか?


「よく2人をここまで守り通してくれた。君はエスタール伯爵家の恩人だ。家臣として、そして娘の父親として、心から礼を言う。本当に――ありがとう!」


 言うや、レルムートさんはその場で90度直角に頭を下げて来た。しかも本人だけでなく、その場にいたアリエルやラティナを含めた全員が、だ。

 えええなにこれ!? どういう状況!? 貴族に、伯爵家に仕えている家臣なんだから偉い人たちだよね!? それが一介の平民、しかも年端もいかない子供に頭を下げるとか、さすがに予想外すぎてどうしていいか判んねぇーよ!?


「あ、頭を上げてください! オレはただ、冒険者として護衛依頼を遂行しただけです!」


 思いもよらない展開にワタワタしてしまったオレは悪くないと思う。


「それでも、だよ。君のおかげでお嬢様も、娘も、領主様も救われた。本当に、良くやってくれた!」


 オレの手を握って再度礼を言ってくる団長さんの手は、微かに震えていた。見れば目には涙まで浮かべていた。


 なんていうか、ここまで他人に感謝されたのは、生まれて初めてのような気がする。

 前世ではずっと両親に脅え、人を避けて暮らしてきたせいで、まともに他者と関わってこなかった。だから、こんな風に泣くほど人から感謝されたのは、本当に初めてだ。


 そうか、他者に喜んでもらえる、感謝されることって、こんなにも素晴らしいことだったんだな。


 そんなことも知らなかった前世のオレは、随分と損な人生を送っていたようだ。


「シンさん!」


 感慨にふけっていたら、突如としてアリエルに声をかけられて意識が現実に引き戻された。


「シンさんはこの後、どういう予定をされていますか?」


 何故か真剣な表情でそんなことを聞いてくる。

 予定? 護衛任務が終わった後ってことか?


「ええっと……特に決めてないんですが、少しの間この街に滞在して、いろいろ見て回ろうかと思ってます」

「じゃあ、しばらくはこの街にいるんですね!」


 キラキラとした目で嬉しそうに話すアリエルに、団長さんたちは何故かざわっとして、ラティナは額に手を当てて「やれやれ」とばかりに頭を振った。


「お嬢様、領主様のこともありますから、お急ぎを」

「あ、そ、そうでした! では、シンさん。今回は本当にありがとうございました。また後日!」


 ラティナに急かされてはっとしたアリエルは、改めてオレに頭を下げてお礼を言った後、団長さんたちと共に屋敷の中へと消えていった。


 こうしてオレの令嬢護衛ミッションは幕を閉じた。

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