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第24話 Sideとある主従

一人称、作者。

 エスタール伯爵領はエフタル女王国の極東部に位置する、大陸から真東に突き出したメルン半島と呼ばれる広大な半島の全域に及ぶ。その総面積は地球の日本列島を上回るほどの広さを誇る。とはいえ、半島の大半は険しい山脈と大森林に覆われており、半島であるにも関わらず海に面した港は、ミズラと言う名の人口3000人ほど港町しかない。そこを出発点として「ミズラ・ロード」と呼ばれる幹線道路が西へと延び、運河の畔や山脈の間を縫うようにして領内を縦断し、領都エスタールを抜けて隣接する地域へと繋がっており、領内における交通の大動脈ともいえる。


 そのミズラ・ロードを通ってエスタール領を抜けた先にあるのが、リグル・フォン・アドモス男爵領だ。

 エスタール領に隣接しているだけあって内情は似たり寄ったりなのだが、この地を収めているアドモス男爵は元々は『アクシズ商会』という会社の元社長だった、という変わった経歴があった。


 未開の辺境であり、ワイバーンなどの魔物が多く生息する東部地域は飛空艇などの航空機の飛行が制限されている場所が多く、必然的に人や物資の輸送に難を抱えている。そんな東部全域の輸送を担っているのが、リグルが立ち上げたアクシズ商会だった。


 食料品を中心に様々な物資を扱っており、交通に難のある東部全域に点在する街や集落に物資を輸送するだけの流通網や資金を有しており、東部全体の輸送を担っている。

 アクシズ商会のお陰でエフタル東部の経済は成り立っている、と言っても過言ではない。


 創業者であったリグルは先々代の女王にその功績を認められて、男爵の地位を与えられ、現在のアドモス領主に任命された過去があった。その後、表向きは社長の座を息子に譲って領主としての政務に専念しているが、実際には現在も社内での権力は保持していて、実質的にアクシズ商会社長とアドモス領主、双方のトップの座を有している。


 そういった事情もあって、新参の貴族であり、爵位も男爵でありながら、実質的、経済的な力は隣のレオナール伯爵よりも上だった。


 そんなリグルは自らの邸宅にある執務室の机に腰掛け、不機嫌を隠そうともせず、苛立ちを露わにしていた。でっぷりとした体格の初老の男で、白髪をワックスでオールバックに固め、派手な装飾を施した衣服で身を包んでいた。


「もう一度、言え」


 声をかけられたのは、彼の秘書であるアロスト・イーサンだ。30代くらいの眼鏡を掛けた、いかにもエリートサラリーマンと言った感じの青年だったが、いまは主の発する怒気に当てられて若干、顔色を悪くしながらも口を開いた。


「エスタール伯爵の娘、アリエルの暗殺の件ですが……失敗したようです」


 秘書から淡々と告げられた内容に、リグルの怒りのボルテージがさらに増す。


「先ほど、アリエル嬢が無事に帰還したと、伯爵家に潜ませた密偵から連絡がありました。そのまま伯爵の治療に向かったとのこと」

「シルワはなにをしていたのだ!?」


 机を激しく叩いて怒鳴りつけるリグルの怒声に、アロストは一瞬びくっと身体を震わせる。ズレた眼鏡を戻してから再度答えた。


「す、数時間前から連絡が取れなくなっています」

「連絡が取れないだと!? おのれ、暗殺にしくじって逃げ出しおったな!」


 リグルのその判断はある意味では当然と言えた。暗殺を依頼したにもかかわらず、ターゲットは無事な上に音信不通。暗殺に失敗し、こちらの怒りを買うのを恐れて連絡を絶ち、逃亡した――そう考えてしまうのも無理からぬことだった。


「なにが《女王殺し》だ! なにが《幻影(ファントム)》だっ!! 小娘一人殺せない三流風情が、ふざけおって!」


 怒りのあまり机に何度も拳を打ち下ろす主に、アロストは意を決して諫言を試みた。


「恐れながら、シルワ・ルサールカは裏社会でも名の知れた殺し屋、そのようなことは――」

「では何故、小娘は死んでいない? 何故、本人と連絡が取れんのだ!?」

「そ、それは……」


 が、結局はリグルの怒声を浴びせられて返答に窮して縮こまる。

 

 2人とも件の殺し屋が、よもや護衛の冒険者に返り討ちに遭い、既に死んでいるとは夢にも思っていなかった。


「そもそも、今回雇ったのは奴だけではないはずだ! 他の者たちはなにをしていた!」


 いち運送業者から貴族に成り上がっただけあって、リグルは短気な性格ながらも度を越した用心深さを併せ持っており、今回も万が一にも失敗が無いよう、シルワ以外にも複数の刺客を雇い入れ、アリエルに差し向けていた。


「それが……」

「なんだ!? はっきり言え!」


 言い淀むアロストに苛立ち、リグルの声量がさらに増す。


「他の刺客たちは口をそろえて、待ち伏せ場所にターゲットは現れなかった、と申しておりまして……」


 その報告を聞いて、とうとうリグルの額に青筋が浮かんだ。


「現れなかっただと!? そもそもあの辺りに他に人の通れる道は無いのだぞ! そこに現れなかったとはだどう言うことだ!? 連中は空を飛んだとでも言うつもりか!?」

「い、いえ、しかし……」


 リグルの言葉は実際に正鵠を射ていたのだが、そのことには言った本人すら気付いていなかった。


「おのれ……これでレオナールの回復は確実……」


 一通り怒鳴り散らして若干、頭が冷えて来たのか、荒い息を繰り返しながらもリグルは過ぎたことではなく、今後のことに思考を巡らせる。


 リグルが仮にも領主であり、伯爵でもあるレオナールの暗殺などと言う大胆な犯罪に手を染めたのは理由があった。


「体調が戻れば奴は必ず、従来の予定通り北部地域の地質調査を執り行うはず……」


 レオナールが進めようとしていた、領都エスタールの北部地域の地質調査の阻止。


 かつてはミスリルの産地として栄えて、その後は衰退の一途を辿っていたエスタール領だったが、最近の地質調査等で採り尽くされたと思われていたミスリルの鉱脈が、エスタール市の北部にまだ存在している可能性が高いことが判ったのだ。

 これを受けた領主レオナールは、直ちに北部地域の地質調査を行う手はずを進めようとしていた。


 本来であれば、それはエスタール領内の出来事であり、他所であるリグルには関係の無いことであった。


「そうなれば、我らの盗掘が知れるのは時間の問題」


 そう、エスタール市の北部地域にミスリルの鉱脈が存在する、という話は真実だった。なにしろリグルはとっくの昔にそれを見つけていたのだから。


 一運送会社の社長から、一代でエフタル東部地域の流通網を構築し、地方領主にまで成りあがったリグルの躍進には、当人の手腕によるものだけでは当然なかった。実際は、裏社会と太いパイプを持っていたことによる所が大きい。特に世界最大にして最古の犯罪シンジゲート『グレイ・ドーン』との繋がりは、リグルの躍進になくてはならないものだった。組織からもたらされた多くの情報や支援があったからこそ、リグルは現在の地位までのし上がってこれたと言っても良い。

 彼自身は『グレイ・ドーン』に属している訳ではなく、当然ながら忠誠を誓っている訳でもない。むしろ胡散臭いと思ってすらいたが、自分がいまの地位にあるのは彼らのお陰であるという事実も理解していた。なので、一応、取引相手として割り切ってこれまで付き合いを続けていた。


 そしてリグルは1年ほど前から、『グレイ・ドーン』の情報で、エスタール領内の北部にある未開地域に未採掘のミスリル鉱脈の存在を知らされ、彼らの要請に従って密かにその採掘を行い、掘り出したミスリルを『グレイ・ドーン』に横流ししていた。


 アクシズ商会は東部地域の流通を掌握している。航空機が使えない東部地域では、陸路よりも運河を用いた水運が重要視されている。この辺りにある大きな街は、エスタール市を始め、ほとんどが運河や湖の畔にあるからだ。よってアクシズ商会は相当数の貨物船を保有しているだけでなく、東部地域に置ける運河の流域を詳細に把握していた。それこそ地元の領主たちよりも詳細に。彼らの監視の行き届かない場所で採掘を行い、貨物船に紛れてそれを運び出すことは容易であった。


 もちろん、いくら未開地域とはいえ、他の領主の土地で、しかも無断で採掘を行うのはれっきとした犯罪であり、万が一バレれば相当な重罰が課せられるのは目に見えている。所領没収。爵位剥奪で済めば御の字。最悪の場合、物理的に首が飛ぶ可能性もあった。しかし、得られる利益もまた莫大だ。

 盗掘自体は『グレイ・ドーン』の要請によるものだが、採掘されたミスリルによって得られた利益の内、半分はリグルがもらい受けるという契約。リスクとリターンを天秤にかけた結果、リグルはこの仕事を引き受けることにした。


 無論、万が一にもレオナールに悟られないよう、幾重にも予防策を張り巡らせていたのだが、ここにきて彼がミスリル鉱脈の存在に気づき、調査を行おうとしているという情報を入手。そんなことをされては盗掘がバレることは目に見えていた為、彼は『グレイ・ドーン』と謀ってレオナールの暗殺を決行した。


 計画自体は半ば成功し、レオナールは毒に倒れ、実行役の調理師の口も封じ、後は彼が死ぬのを待つばかりだったが、そんな中で計画を破綻させる可能性を持っていたのがレオナールの娘であるアリエルだった。


 彼女が<浄化の祈り>という、あらゆる状態異常を回復させるスキルを持っていることはリグルも掴んでいた。エスタール家では彼女のスキルの存在を厳重に秘匿していたのだが、『グレイ・ドーン』の情報網の前では無意味だった。


 レオナールは毒を盛られて危篤状態に陥ったものの、即死は免れた。アリエルは当時、海外留学中だったが、父親の危機を知れば彼を救う為に駆け付けるだろうことは判り切っていた。万が一、レオナールが死ぬ前にアリエルが戻れば助かってしまう。そうなっては元も子もない為、リグルは予てより『グレイ・ドーン』から購入していたダムド・チェイサーをアリエルに対する送り狼として放つと同時に、裏社会でも屈指の狙撃手として知られるシルワ・ルサールカを始めとした複数の刺客を金に糸目を付けずに雇い、刺客として差し向けていた。情報ではアリエルの帰国は急なことであった為、護衛は僅か。万が一にも失敗はありえない……はずだった。


 それが失敗した。

 情報では、ダムド・チェイサーはアリエルが護衛として雇った冒険者に倒され、シルワとは連絡がつかない。加えてどういう訳か、他の刺客たちの待ち伏せをすり抜けて無事にエスタール家に辿り着いてしまったという。

 こうなってはもはや打つ手はない。


「……盗掘を中止させろ。すぐに現場から撤収させるのだ」

「しかし、それでは……」


 リグルの決定に、秘書であるアロストは思わず口を挟もうとする。そもそも今回の盗掘は『グレイ・ドーン』の依頼で行っていたものであり、無断で盗掘を中断しては彼らの不興を買う恐れがある、という判断によるものだったが、その程度のことはリグルも理解している。


「レオナールの娘の抹殺が失敗した時点で中止以外の選択肢はない! グズグズしていてレオナールが回復すれば元も子もなくなる! そうなれば裁かれるのは奴らではなく儂なのだぞ!? だいたい、暗殺に失敗したのも奴らが寄こした不良品のダムド・チェイサーのせいなのだ! くそ、この借りは高くつくぞ!」


 どれだけ取り繕おうと、レオナールが回復して地質調査が実行されれば盗掘はバレる。それはもう避けられない。事が明るみに出れば処断されるのは自分自身。そうなる前に盗掘を中断して事実を隠蔽する以外に選択の余地はない。


「……判りました」


 若干黙考したあと、アロストも同じ結論に達し、神妙な顔で頷いた。

 幸い、重体だったレオナールが体調を取り戻すまでは相応の時間が掛かる。証拠を隠滅する猶予は充分にあるはずだ。


「すぐに現場の人員と機材を引き上げ作業を開始させろ! 坑道は爆破して埋めてしまえ! 一切の証拠を残すな!」

「では、“鉱夫”たちは……?」

「全員始末しろ。死体は適当な場所に捨てておけ。後は勝手に魔物どもが始末してくれる」


 未開の森林に覆われ、多くの魔物が生息するこの地域では、森の中で遭難した人間の遺体が発見されることはまずない。数日と経たないうちに腐臭を嗅ぎつけた魔物たちが集まってきて、骨も残さずその胃袋に消えてしまうからだ。


「お前はすぐに現場へ向え。撤収作業を最後まで見届けてこい!」

「……判りました」


 薄暗い穴倉へ行かなければならないのは本意ではないものの、こうなったリグルには何を言っても無駄だと理解していたアロストは、内心の不満を押し殺して一礼すると、執務室を出て行った。

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