第6章 クロノス殿
私は、いま海神の庭にいる。
アカデミーの高度課程の研究の一環で、アリエッタは、海洋生物研究所で、海水温度の上昇の課題を持っている。
今のところは、海水温度を従来の水温にキープするためには、シーシェルでは、ヒーリングで対応している。
これに必要なパワー量は、私とアリエッタでしか満たせないので、アリエッタを引っ張り出しているが、さすがに、ヒーリング後は、アリエッタにも休養が必要になる。
先日来、巨大なヒーリングをした後、数時間ほど眠り、一回目覚めると、私の婚約者である事を思い出している。その後、数日間、眠り続けてから目覚めると、また忘れている、と言うパターンが日常的になってきた。
クロノス殿から最後に話があった時は、4年間は思い出せないようにすると、言われていたのに、ヒーリングする度に、そうなるので、気になって、ポセイドン殿に相談にきている。
「4年間は、私との繋がりを完全に閉じ込めると、言われたのです。」
「確かにな。あの後、ヴァシリスが激怒して、ミカエラードの神殿内を海に変えてしまい、更に、三日三晩、海に嵐を起こしていたから、覚えているが、我が天界の父上からは、それ以外、聞いてないのだ。」
「思い出す事自体が、危ないのであれば、まずいかと。」
その時、海の中が、まばゆく光り輝いた。
「ポセイドン、ヴァシリス、久しぶりだ。」
噂をすれば、クロノス殿だった。
「クロノス殿。先日は、失礼を、お詫びいたします。」
「よい、ヴァシリス、気にするな。ポセイドンもポセイダルゴも、好いた女の話になると、嵐など日常茶飯事だった。其方が切れたのは、意外だったが。ははっはっ。神殿まで水浸しにするから、降臨できなくなったのは、困ったがな。」
笑われてしまった。
「父上のやり方が悪いのです。あれが私なら、島が幾つも沈むところでしたよ。ヴァシリスは、嵐だけで我慢したのですから。」
「みんなして、私を責めるのか。ミカエラードの神殿は、我が元に戻すから、許せ。で、アリエッタの事だが。」
「ご相談したかったのです。」
「単刀直入に言うと、私の力では、アリエッタの気持ちを抑え切れん。」
「えっ?」
「はっきり言って、私の力は、天界最大、ゼウスの炎など、吹き消せるくらいの力はあるのだが、アリエッタにブラインドをかけて、感情を閉じ込めても、押し返されるのだ。ヴァシリスを思う気持ちでな。」
「はあ?」
私は、さすがに、変な返事をしてしまった。
「つまり、父上の押さえつける力より、アリエッタがヴァシリスを思い出す力の方が強い、と言う事ですか?」
代わりにポセイドン殿が、聞いてくれた。
「そうだ。ヒーリングでアリエッタのパワーが落ちると、あの者の素直な感情だけが残り、浮き出るようにヴァシリスを思い出す。しかも、パワーを充電した後、また思いが閉じ込められて、絆が無いようにしてある2人なのに、アリエッタが、ヴァシリスを慕いはじめている。ヴァシリス、それは感じているだろう?」
「確かに、妃の部屋を気にしたり、他の男には、すぐに気持ち悪いと言うのに、私自身を全く拒絶しないので、まさかと気にはなっていました。」
「全く、他人と言う形にしたとしても、アリエッタはヴァシリスを愛してしまうだろう。絆が深すぎて、私には手に負えない。」
「クロノス殿、今更、そんな事を言われても。」
「今の状態を、なんとか、あと3年弱、うまく切り抜けて欲しい。」
「アリエッタが、完全に思い出すのは、まずいと言う事ですか?」
「そうだ。婚姻までは、できる限り、監督者と教え子、後見人と巫女、の関係でいてほしい。それがアリエッタ自身を守ることになる。」
私はため息をついた。
「海の問題もあるので、ヒーリングが必要で、アリエッタを以前のように、閉じ込めるわけにはいかないのです。」
「それは、わかっている。離宮の巫女部屋が一番安全だが、離宮にいると、ヴァシリスへの思慕が募るだろうが。」
「クロノス殿に、良い案はないのですか?」
「そうだな、其方が、アリエッタに嫌われればよい。偽の婚約者はどうだ?」
「なんと、それは絶対に無理です。アリエッタを騙すなんて、神が言うことですか?」
「すまぬ。」
クロノス殿が、謝っている。
みんな、ため息をついてしまう。
アリエッタが私を、深く思ってくれる事は、文句なしに嬉しいし、ホッとする。こっちだって、17年も思い続け、昨年、成人して、早く妻にしたいと思うし、色んな意味で、平気なわけではない。
「やっぱり、偽の婚約者を作るなど、だめです。アリエッタを苦しめる事になる。あと3年。」
「ヴァシリス、我も、できる限り、アリエッタの心を閉じ込める故、気持ちを周りに知られぬように、気を配ってくれ。万が一の時は、やはり神殿に閉じ込めるしかない。その時は、我が責任を持って閉じ込めるから、許せ、よいな。」
「わかりました。」
クロノス殿が消え、ポセイドン殿にも、アリエッタが海でフラフラしている時の保護を頼んで、離宮に戻ろうとしたら、アリエッタが海神の庭に遊びに来た。
「アリエッタ、何してる?」
「殿下こそ、お珍しい。ご用事ですか?」
最近、研究所では、先生と呼んでくれるが、プライベートになると、殿下呼びになってきた。
「ポセイドン殿と、打ち合わせがあってな。まさか、警護なしで、1人で来たのか?」
「だって、殿下がいらっしゃるような気がしたので、パーシー様とお兄様には、そう言って来ました。」
「なぜ、私が、ここにいるとわかったのだ。」
「何となく、その、ヒーリングパワーの流れで。」
「えっ?なんだ、それ?」
「私、なぜか、殿下がいらっしゃる場所がわかるんです。きっと、、、」
「わかった、それ以上、言わなくてもわかった。不用意に口にするのはやめなさい。」
また、私の巫女だから、と、言うつもりだろう。
誰も何も言ってないのに、自分で私の巫女だと確信を持ち始めている、困ったな。悩ましい事ばかりだ。
「申し訳ありません。」
「アリエッタ、ここに私がいても、離宮からここに来るまでに、誰かに襲われたらどうするのだ。海に入るのは構わないが、必ず、警護を付けなくてはダメだ。万が一の場合、どうする?」
「大丈夫と思ってました。もし、途中で何があっても、必ず殿下が気づいてくださるでしょう?間に合わないことってあるのでしょうか?」
「アリエッタの近距離で襲撃されたら、トライデントでも、間に合わない場合があるから、警護が必要だ。とにかく、万全でなくてはならぬ。何があっても其方を傷つけたくないのだ。頼むから、気をつけてほしい。」
「はい。では、いつも、側で守ってくださいませ。」
アリエッタは、にっこり微笑んだ。
「其方、王子に向かって、その物言いか?」
「えへっ、ちょっと言って見たかったのです。ごめんなさい。気をつけますし、殿下がいらっしゃらない時は、より気をつけます。」
「それで良い。とにかく、パーシーやダニエル、アーサーから離れるな。いいな。」
「はい。」
「で、今日は、庭に、何を、しに来たのだ。」
「石を探しに。。」
「そうか、では、しばし、待っているから、探して来なさい。」
「ありがとうございます。」
アリエッタが、石を探す?誰かに渡す為か?
聞くわけにもいかず、黙っていよう。
私が、焦っていては、だめだ。とにかく、誰の巫女かは、知らぬ存ぜぬで、通すしかない。
しばらくして、アリエッタが戻ってきた。
「殿下、ありがとうございました。見つかりました。お待たせいたしました。」
「では、帰るぞ。」
トライデントを出し、離宮の中にある、海水を引き込んである海水プールの出入り口に戻った。
できるだけ、2人でいる姿を見られないように、気をつけるしかない。
離宮に戻って、ダニエルと相談した。
「ダニエル、アリエッタが1人で海底に来たが、次からは警護を頼みたいのだが。」
「済まない、ヴァシリス。アリエッタがヴァシリスがいるからと、さっさと海に入ってしまって。」
「私からも、言い聞かせるから、ダニエルからも、言い聞かせてくれるか。どうも、呑気なことを言っている。」
「とにかく、気をつける。パーシーとアーサーにも伝える。」
アリエッタの思い、やはり深い愛情があるのですね。
読んでいただき、ありがとうございます。




