第5章 襲撃
お触れ係の声が響く。
「ご婚約のダンスを、王子様方からどうぞ。
2曲目からは、皆さまどうぞ。」
ラングドン兄上が、セレスティーナにダンスを申し込んで踊りはじめる。
周りから、すごいため息が出ている。
王太子の妃になる女性だ。ラングドン兄上のリードが綺麗だ。もうすでに、王と王妃の風格を感じさせる二人は、こうやってみると、とてもお似合いだ。
兄上が一周したところで、パトリック兄上が、ソニア嬢にダンスを申し込み、踊り出した。
パトリック兄上は、キレのある踊り方だった。仲が良いのが、すぐわかる。息がピッタリあっていて、すごい信頼があって、安心できる2人にみえる。
この二人の間に入るのは「無理!」と思わせるようなダンスで、見ていて嬉しくなった。
そして、パトリック兄上が一周回ったところで、
僕はアリエッタに跪いた。
「僕のアリエッタ、あなたと踊る名誉を僕にください。」と手を差し出した。
アリエッタは、まだ目をうるうるさせている。
アリエッタが柔らかく手を差し出して、僕の手に重ねた。僕は母上の言葉を思い出していた。
最愛の女性と踊るダンス。今日のダンスは、生涯に一度だけだ。アリエッタと婚約した大切な日のダンスだ、
僕は、アリエッタを抱きしめる様に、立ち上がり、腰を支え、ステップを踏み出した。
アリエッタは、僕を見つめ続けてくれている。
昨日まで、この一週間、大変だった。
今からだって、また死ぬんだ。アリエッタと踊れる時間は少ない。おとぎ話が好きなアリエッタの一生の思い出にしてあげたい。
僕は、アリエッタの耳に囁いた。
「僕の巫女、王子とのダンスは、楽しいか。」
アリエッタが柔らかく笑っている。
「私の王子様、とても幸せです。」
僕たちが、くるっと回るたびに、周りからため息が聞こえるような気がする。
滑る様に足を進める、アリエッタがターンをしても、見つめ続け、手をみずに、手を優しくとる。いつも一緒なんだ。アリエッタの動きは、全部知っている。見つめ合ったまま、踊り続ける。
曲が変わった。兄上たちは、パートナーを変えた。
僕は、父上の計画で、また溺愛王子の役をやらされている。2曲目もアリエッタを離さなかった。
アリエッタも慣れてきたのか、僕が見ていても綺麗で、目が釘付けになる。昨日の巫女の誓いで、僕たちの絆が、少し、いや、かなり変わった気がする。
周りは、僕達に釘付けになるはず、という父上の考えは、イライザが苛ついて突っ込んでくるのを誘い出したいのだ。実際、すごい視線を感じているから、多分、見られている。
僕は、アリエッタに顔をつけて、耳元で囁いた。
「アリエッタ、そろそろ殺されると思う、頼んだぞ。」
「ヴァシリスさま、必ず助けます。」
母上が、「少し暑いわ、空気にあたってまいりますわ。」と父上に囁いている。
父上が母上の頬をそっと撫でた。父上は母上を行かせたくないのだろう。母上とオランが、ゆっくりと大広間からバルコニーに出ていく。薔薇園に行くはずだ。
アランとマース殿が、さりげなく話しながら広間の廊下に出たのがわかる。
今日は、貴族の子弟として出席している私服の親衛隊が、大広間の周りに散っていく。
みんなが配置についた。
僕は、アリエッタを強めに引き寄せた。
周りの御令嬢から、更にため息が聞こえてくる。
黄色のドレス、イライザが、僕に近寄ってくる。
「ヴァシリス王子、私と踊ってくださらないかしら。」
僕は、わざと冷たい視線を投げて、言った。
「イライザ嬢、今日は、未来の妻とだけ踊りたいので、ご遠慮ねがえるかな。」
うっとりしている女性たちは、僕の言葉に、上乗せしたため息をついている。
なるべく控え室に近い場所で、刺されたい。
イライザの顔が怒りで歪んだ。
「第三王子のくせに生意気な。私はパニエール大公家の令嬢よ。たかがこんな女、5歳の子供のくせに。」
父上の狙いは、僕が直接刺されるより、アリエッタが狙われて、僕が庇う形で刺されてほしいらしい。だから、イライザと僕の間にアリエッタを挟んで話をしていた。
「すまないが、アリエッタは僕の全てだ。イライザ嬢にとやかく言われる事はないはずだ。ミカエラード公爵家を馬鹿にしてもらっては困る。失礼、アリエッタ行こう。」
僕は、冷ややかな目でイライザを一瞥し、煽った。
周りが、僕達の小競り合いに気がつき始めた。
イライザに、背を向けた時だった。父上が、ひな壇から僕に目配せした。
イライザは、隠し持っていた短剣を出し、叫んだ。
「よくも私を侮辱したわね。ヴァシリスっ!こんな女っ!」と突っ込んできた。
「アリエッタ、危ないっ。」
僕は、アリエッタを庇うように、周りに見せて、イライザに刺された。
第三騎士団がこちらに走ってくる。コバルトブルーの騎士服で。
「うっ。アリエッタ、大丈夫か。 」
「ヴァシリスさまっ、ヴァシリスさまが、刺されました。」
アリエッタが、気を失う《ふり》をして倒れた。
僕は、アリエッタを支えながら、背中に刺さった短剣を抜いて、イライザを睨み、叫んだ。
「イライザっ、お前は何をした。僕のアリエッタを狙ったのかっ。」
僕の怒鳴り声に、周りが騒然とする。
イライザが震えている。
僕は、片膝をついた。やっぱり毒だ。
「殿下、ヴァシリス王子っ!」
ユリシーズと第三騎士団が僕とアリエッタを囲む。
「殿下、、しっかり、、、」
「ユリシーズ、これを、」
引き抜いた短剣をユリシーズに渡すと、ユリシーズの顔色が変わった。
「毒だ。殿下が毒に、まわりが早い毒だ。医師を呼べっ!」
騎士団副団長の黒い騎士服のユリシーズが、いつもの倍の声で怒鳴っている。
ラングドン兄上が走ってくる。
「その女を捕えよっ、大広間から一人も出すなっ!」
第一騎士団が動く。
パトリック兄上が、叫んだ。
「広間の扉を閉めよ、誰一人、ここから出すな。」
第二騎士団が走る。
バルコニーから、親衛隊が駆け込んできた。
「陛下、陛下、王妃様と侍女が、拐われましたっ。」
父上が怒鳴った。
「何だと?もう一度言ってみよ。」
「王妃様と侍女が、賊に拐われましたっ。」
「親衛隊は何をしておる。すぐに追えっ、王妃を取り戻せ。私が行く、アラン、馬を出せっ。
ラングドン、パトリック、ここは任せる。ヴァシリスとアリエッタを死なせるな。」
父上が親衛隊を率いて大広間を走り出た。
「ユリシーズ、アリエッタの意識がない、刺されてないか。」
僕は自分から出た血を、アリエッタのドレスに少しだけつけていた。
「殿下、動いてはなりません。毒がまわります。アリエッタ様はかすり傷ですが、意識が、、」
「くっ、ユリシーズ、アリエッタを庇いきれなかった。
おのれっ、イライザ・パニエールっ。」
僕は剣に寄りかかりながら、立ち上がって、歩いた。純白の正装だ。背中から血が流れ落ちているのが、嫌でもわかるはずだ。
ラングドン兄上の前で、第一騎士団に取り押さえられている、イライザに鞘のまま剣を突きつけた。
「イライザ・パニエール。大公の差し金かっ。
よくも私の妃を、生涯一人と決めた妃を、その首、切り落とすっ。」
「ヴァシリス待て、ヴァシリス、落ち着け。」
ラングドン兄上が、僕を宥める。
「兄上、許せませぬ。」
「ヴァシリス、先に解毒しなくては、医師はまだかっ。」
「ユリシーズ団長、医師が控え室に」
「アリエッタ様はかすり傷だが、意識がない。はやくお運びしろ。」
貴族達が見ている前で、最後までアリエッタを庇う言葉を出していく。
「アリエッタを頼む、アリエッタを死なせるな。」
僕は広間に崩れ落ちた。
「殿下っ、殿下っ、殿下も毒が回っている。」
ユリシーズが気を失った《ふりをした》僕を抱えて、広間を出て、控え室に入った。控え室から、まだ先に隠し通路があり、広間からかなり離れた部屋まできた。
ユリシーズは、第三騎師団の護衛たちに、大広間まで、僕達が危篤だと告げに行かせた。
控え室には、ユリシーズと数人の親衛隊、アリエッタと僕だけになった。
寝台に横になると、アリエッタが駆け寄ってくる。
「ヴァシリスさま、ヴァシリスさま、傷口を早く出してください。」
「アリエッタ、これは本当に毒だな。ちとキツイ。」
僕は、剣を掴んで、控え室に海を呼んだ。
意識が薄れていく。
あとは、頼む。
部屋の海の中で、アリエッタは、グリーン光を出し続けて、ヴァシリスの身体に注ぎ込んでいく。
「早く、早く、早く、解毒を、ポセイダルゴ様、助けてっ、ヴァシリスさまっ、」
部屋中が、濃いグリーン光に包まれてから、ヴァシリスの傷口から、真っ黒なドロドロの液体が出てきた。
ドロドロは、アリエッタの手に入っていく。
「うっ、体が痺れる。」
ヴァシリスの身体から、黒いドロドロが出なくなり、全てアリエッタの手に吸収されると、アリエッタが苦しみ出した。
ヴァシリスが目を覚まして、何とか起き上がった。
「アリエッタ、大丈夫か、僕はもう大丈夫だ。」
苦しむアリエッタを抱きしめて、僕は剣を掴んで、アリエッタの背中に当てた。
「毒よ抜けよ」と呟くと、オレンジ光が部屋中に溢れて、アリエッタの息遣いが、落ち着いてきた。
剣を握りしめて「パワーを与えよ」と呟くと、コバルトブルーと銀白色の光が部屋で渦巻き、僕とアリエッタを包んでいく。渦巻きが天井に達して、強く光って全てが消えた。
アリエッタの息が戻った。
「アリエッタ、大丈夫か。 」
「はい、もう大丈夫です。 」
「ユリシーズ、みんな、心配をかけた、もう大丈夫だ。ユリシーズ、次の指示を。」
僕達は、正装から、目立たない服に着替えた。
アリエッタも普段着で動きやすいものを準備してあった。
ラングドン兄上とパトリック兄上が、大広間で、貴族全員を拘束している。
王宮から誰も出られないようにして、僕らは、王宮を抜け出した。
チャンシアの艦隊がくる海岸線まで、騎馬で駆けた。
僕とアリエッタは、アレックスに同乗していた。
「アリエッタ、気分は、体調は、どうた。変な感じはないか。」
「ちょっと怠さがあるような感じですが、大丈夫です。」
「僕もだ、全身が怠いが、本当なら死んでいたわけだから、帰ってから、またヒーリングをすればいいだろう。」
僕たちは、チャンシアの攻撃型潜水艦がくる海岸線を目指していた。
途中、数カ所で、海洋軍から、状況報告を受けた。
最後の分岐点で、海洋軍と合流して、父上たちは、別の浜辺に向かったと報告を受けた。母上とオランを乗せた馬車を追っているはずだ。
僕はユリシーズに言った。
「ユリシーズ、父上に合流を。頼む。行ってくれ。」
ユリシーズは、黙って頷き、父上達が向かっている海岸線に向かった。
オランは、ユリシーズが助けなくては。
僕とアリエッタは、浜辺に走った。
クールとクーポが来ている。
僕は、海洋軍の指揮官に伝えた。
「ここからは、僕とアリエッタに任せてください。」
「殿下、ザドキエル大将から命は受けております。」
「万が一、僕が仕損じたら、僕の生死は無視して、侵略者を総攻撃してください。何としても、この海岸線を守ってください。」
「ヴァシリス殿下、アリエッタ嬢、ご武運を!」
どうなっていくのでしょうか。ご神託が現実になっていきそうです。




