第4章 報告
ぐっすり眠って目覚めた感じだった。
天井を見ると、貝殻のモビールが、ゆっくり揺れている。
そうだ、ここは、僕が3歳までいた、王子の部屋だ。
扉を出ると、勉強部屋と、クロゼット。
その先の扉は、母上の私室。
アリエッタに出会う前は、毎日、この部屋で、母上に本を読んでもらったり、海に遊びに行ってたのを、少しずつ思い出している。
母上の部屋への扉を開けると、すぐ隣に、もう一つ扉があって、そこはオランの部屋だったらしい。
オランは、僕が、小さい頃から、面倒を見ていてくれたんだ。
その部屋は、昨日から、すでに、アリエッタとオランの部屋になっている。母上が、アリエッタを側に置くつもりで、準備万端だった。
「う〜ん、、、さくらんぼ、、」
アリエッタが僕のお腹を枕にして、寝ぼけている。アリエッタと、一緒に過ごせるのも、あと一週間足らず。
次は、結婚するまで、もう同じ部屋にはいてはいけない。それは、15年後。
そう言えば、昨日、巫女の剣が、海神の剣になる時に、アリエッタの花嫁姿を見た。アリエッタの手を取っていたのは、間違いなく僕だった。
あの光景、たぶん、アリエッタも見たんだろうな。覚えていてほしいけど。
今日はアリエッタの5歳の誕生日。
一緒に海に行くつもりだったけれど、昨日の海での話は、父上と母上には、報告しなくてはならない。
毎日毎日、驚く事ばかりが起きる。
こめかみを抑えていると、
「ヴァシリスさま、頭痛いの?」
アリエッタが僕の顔を覗き込んでいた。
アリエッタの目が、僕の目のすぐ前にあった。口づけしそうな距離で、さすがに焦った。
「おうわっ、アリエッタっ、びっくりするじゃないか。」 急いで顔を離す。
「びっくり?びっくり、びっくり。」
僕が驚いたのが可笑しいのか、寝台の上で、飛び跳ねて、びっくり踊りをしている。
「あらまあ、姫さま、相変わらずお行儀が悪うございますね。坊ちゃま、姫さまを止めてくださいまし。」
「オラン、おはよう。昨日は色々ありがとう。
無事にポセイダルゴ様と話ができた。」
「びっくり、びっくり、、びびっく、、」
「それは、ようございました。アンジェラ様も、落ち着かれましたから、陛下が、坊っちゃまとお話したいと。」
「びっくり、びっくり」
アリエッタは、まだ寝台を飛び跳ねている。
オランの眉が少しあがる。
「アリエッタ、ほら、朝のご挨拶は。」
僕が手を伸ばすと、胸に飛び込んでくる。
「ヴァシリスにいさま、おはようございます。大好きです。」
「あっ、それは、ありがとう。
アリエッタ、5歳のお誕生日だね。おめでとう。」
アリエッタの首に、昨日、僕がプレゼントした真珠の首飾りがある。揺れると、一瞬、コバルトブルーに光る。守護があるのがわかる。
「んっふう。5歳ですう。」
「さっ、オランと着替えておいで。」
アリエッタを寝台から下ろして、オランに渡した。僕は自分で着替える。
母上が用意してくれていた、王子らしい普段着だ。
オランの話しぶりで、父上と母上も仲直りしたみたいだ。ほっとした。
父上たちへの報告を済ませて、今日から3日間、アリエッタと、ゆっくりしたい。
15年先まで、こんな時間は来ないらしいから。
兄上の祝賀の儀で、アリエッタとダンスするから、一緒に練習もしなくては。
それよりアリエッタは、ワルツ、踊れるのか?
寝着を脱いで、あれっと思った。確か昨夜、海の父上が、守護の腕輪を二の腕につけてくれたはず。ない?
右の二の腕だ。良く見てみると、親指くらいの大きさのトライデントの紋章が、タトゥーのように、腕にあった。色は、僕の瞳の色だ。それも、そこに海があるように、煌めいている。
これも父上に話さなくては。
簡単に全身を整えて、巫女の剣を持ち、母上の部屋まで出ると、アリエッタも、妖精のような海色のワンピースを着ていた。
母上が準備してくれたものだ。
月の宮のダイニングは、こじんまりとしている。
基本の主は母上だ。父上が訪ねてきても、夫婦2人だけ。僕が3歳までいたけれど、プライベートな場所だ。僕が騎士団に入った後は、アリエッタが、この月の宮にいる事になるのかなあ。それも聞いておきたい。
「父上、母上、おはようございます。」
「お義父さま、おかあさま、おはようございます。」
「うむ、おはよう。」
「ヴァシリス、アリエルちゃん、おはよう。」
父上と母上の笑顔が、極上だ。良かった。
「母上、オランは?」
「あなたが東宮に準備していたものがあったでしょう?ユリシーズと一緒に、それを取りに行ってくれたのよ。ついでに侍女もつれてくるわ。
近衛騎士団の騎士服も、出来上がったらしくて、それも、持ってきてくれる。」
「東宮は、来週から、建て替えになるから、早めに出しておく方がいいだろう。ブランドンもパトリックも、引越し準備でバタバタしている。」
そうだった。あの失神騒ぎの騎士服を忘れていた。
朝食は、全て運ばせて、人払いをしてから、
色々と話しながら、ゆっくり食事をした。
父上が、母上に、巫女の件も全て話したので、
アリエッタの事は、母上が全面的に見ることになったらしい。
母上とセレステとオランが、アリエッタを見てくれるのだから、僕が出る幕はないそうだ。
気にしていたアリエッタの生活場所も、月の宮、ミカエラード家、ガブリエル家で、警護しやすいように動くと聞かされた。
この3人が揃うと、美女最強軍だ。父上の方が大変かもしれない。
セレステとオランは姉妹、母上とオランは親友、セレステは巫女で父上の隠された片腕だ。
母上は、言わずと知れた、この国の王妃だ。
凄すぎる。
母上が、海洋生物研究所に隣接する海洋生物保護院の名誉院長になるらしい。オランも、研究活動を兼ねて、アリエッタに付き添って、指導もしてくれるらしい。
これにはびっくりしたが、母上もオランも海洋生物特級ヒーラーだ。アリエッタの教育にはもったいないくらいの素晴らしい先輩だ。一人で保護院に行かせていいものか、父上に相談しようと思っていたから、すごく安心した。
僕からは、昨日、海であった事を、きちんと説明した。
父上は、納得してくれたが、
母上が、
「私って、そこまで、ポセイダルゴ様に愛されていたのねー。」と夢見るような顔で言った時には、父上は、さすがに苦い顔をしていた、
「父上、ポセイダルゴ様は、父上と母上の間は割いてはならぬと、せめとその思いを、僕とアリエッタを守る事に向けたい、と、言ってくださったのです。」
「それは理解した。ありがたい事だと思っている。
で、ヴァシリス、巫女の剣は、どうなったのだ。」
「これです。」
「触って大丈夫か?」
「だって、アリエッタも触ってますよ。」
僕が父上に渡そうとしたら、パチパチと火花なのようなものが出た。
「えっ?何で?」
「やはりな。巫女の剣は天界の神の剣。
その上に、海神の庇護が加わると、すでに神々の剣だ。人には持てない、
アリエッタは巫女だ。ヴァシリス、お前、本当に海の王子になったのだな。」
「ええっ。僕、人間のままですよ。」
「わかっておるが、神の力を持ってしまったからな。剣を見せてくれないか。」
僕は剣を鞘から抜いた。刀身がコバルトブルーにゆらめいている。
「ほほう、まるで海そのものだな。」
「本当に、ヴァシリスの瞳が、そのまま剣になったみたい。」母上はうっとりしていた。
「ヴァシリスさま、腕が。」
アリエッタが、僕の袖を引っ張った。
「ヴァシリス、服の下が、光っているぞ。」
「実は、これも、、アリエッタ、ちょっと鞘を持っててくれるか。」
アリエッタに鞘を渡して、右袖を捲り上げた。
二の腕に、トライデントの紋章が、光って浮き出ている。
「これが、ポセイダルゴ様のパワーか。」
「海のパワーそのもの、という感じがしています。」
「剣のパワーはどうなっている。」
「陸では剣、海ではトライデントになるそうです。基本は、海や巫女を守る防御ですが、ほとんどが一撃らしいです。傷つけるためではなくて、守るための、一撃で、僕が意図したら、そのような結果になる一撃になると。」
「要するに、一撃で撃破するから、戦いにならん、という事だな。無敵か。」
「そう言われました。」
「あなた、だから、言ったでしょう。ヴァシリスとアリエルちゃんは、守られてるから安心だと。」
母上が、僕達にウインクしている。
「おかあさま。私も、ヴァシリス様が、たくさん守ってくださっているのです。昨日、これを、、」
アリエッタが、守護をかけた首飾りを見せようと思ったのだろう。真珠に触れた瞬間、アリエッタが持っていた剣の鞘が、「リン」と澄んだ音がして、盾になった。
「ひぇっ、お兄さま、これ何〜〜。」
何で鞘が、盾になるんだ。
真珠の母貝のように、不思議な色に光っている。
「アリエッタ、大丈夫か、痛くないか、重くないか?」
「大丈夫です。扇より軽い気がする。」
「そんなはずないだろう、、へっ?」
アリエッタから、盾を取り上げてみたが、本当に扇より軽かった。
それより、どうしたら、鞘に戻るんだ。
次から次へと、どうなってるんだ。
さっき、アリエッタが、首飾りの真珠を触って、盾になった。ということは、
僕は、アリエッタの首の真珠に手を触れた。
「リン」と言って、鞘に戻った。
「あっ、戻った、お兄さま。」
「お前たちっ。知らずにしているのか。」
僕とアリエッタが、次々とマジックショーみたいな事をしているので、
父上はこめかみを抑えている。
「ヴァシリス、とにかく、その剣は神の剣だ。
普段に使うわけにはいかないだろう。」
「父上、騎士団に入るまでに、普通の剣として使えるかどうか、試してみます。」
「無茶はするな。そうでないと、騎士団を全滅させてしまいかねない。
それから、4日後の王太子の祝賀の儀は、その剣を帯刀してくれ。アンジェラの父君にもお願いして、海洋軍の私服警護を召集した。アランとユリシーズも準備万端だ。
打ち合わせ通り、捉えるか斬るかせよ。」
「父上、承知いたしました。」
「ヴァシリス、今日はアリエルちゃんのお誕生日でしょう。2人でデートしないの?」
「先にダンスの練習をしようかと。」
「そうだわ。ブランドンの祝賀の儀の続きで、お妃候補を発表して、お披露目であなたたち、ダンスしなきゃなならなかったのね。
ヴァシリスとアリエルちゃんは、一緒に練習してたの?」
「それが、一度もなくて。僕は家庭教師に習ってましたが、アリエッタは、まだ幼いから、プレップスクールのレッスンだけです。」
「じゃあ、朝食後に、みんなで練習いたしましょう。エドワード、少しくらい、お時間いただけます?」
「少しなら、大丈夫だ。」
「えっ?父上と母上が一緒に踊られるのですか?」
父上と母上がダンスだと?
「何だ、その変な顔は。夜会の始まりは、必ず私とアンジェラのダンスで始まる。」
「そうだったんですか。」
ここにきてから、僕の知らない大人の世界を垣間見る事が増えて、刺激が強い。
「ヴァシリスは、まだ夜会に出られないから、知らないのよね。エドワードは、ダンスの達人だから、御令嬢やご婦人方が失神なさるのよ。
ヴァシリスが、御令嬢を失神させるところも見たいわぁ。」
「アンジェラ、そういう話しはやめなさいっ。」
父上の顔が赤い?
「おかあさま、しっしんって、何でしょうか。」
アリエッタがつまらない話に食いついている。
「あら、アリエルちゃん、陛下は素敵な殿方だから、陛下に憧れる御令嬢やご婦人がたくさんいらっしゃるのよ。それで、陛下がダンスをなさると、感動しすぎて、女性たちが、気を失ってしまうの。ヴァシリスも、素敵な王子だから、きっと若い御令嬢が気を失ってしまうかもよ。アリエルちゃんは大丈夫かしら?」
母上、そういう話はやめてほしい。
「おかあさま。私は大丈夫です。
いつも素敵でカッコいいヴァシリス様のお側にいて見ているので、しっしんは、しないと思います。」
「アリエルちゃん、えらいわ。乙女は失神してはいけないのよ。人前で倒れると恥ずかしいでしょう?」
アリエッタは、うんうんと頷いている。
父上が、こほん、と咳払いした。
「わかったから、ダンスの練習を始めるぞ。
私は忙しい。」
読んでいただき、ありがとうございます。




