第二章 追憶 シャチ事件1 ヴァシリス7歳
シャチ事件です。運命が動きだします。
喧嘩するほど仲がいいのか
僕は7歳も終わろうとしていた夏だった。
アリエッタ4歳だ、もうすぐ5歳になる。
王宮の家族や、アリエッタの両親も、側近も、
僕とアリエッタが、犬猿の仲みたいに見えるけど、幼いうちは、甘い雰囲気にならないことは、みんな知っている。
犬の子供たちが、じゃれあいながら成長するのに似ていると言われた事があるが、
アリエッタが3歳の誕生日、あの昆布ドレス事件を境に、ヒーラーと淑女の両立に向けて、少しずつ成長し始めていた。
それでも、波打ち際でよく喧嘩した。
喧嘩の理由は些細なことしかない。見つけたヤドカリの、どっちの貝が機能的かとか、
流れ着いた海藻が、どっちが美味かとか、
オレンジの小魚を先に100尾、捕獲した方が勝ち、だとか。
押し寄せる波の高さは、どの波が大きくなるかとか、いわゆる幼児の小競り合いだった。
最後には護衛官がずぶ濡れになって、二人は引きはがされていた。
喧嘩がきっかけで、
王様を巻き込み、海洋軍の出動までした時は、
さすがに海への立ち入り禁止令が発動されるくらいだった。
生まれながらに、超特級ヒーラーのパワーがある僕と、特級ヒーラーのアリエッタ。
何かやらかすと、私たちよりパワーが少ない側近達が、2人を抑えるのは大変なのは頷ける。
そんな中、僕たちの存在を浮き彫りにしたのが、シャチ事件だった。
《シャチ事件》
僕が7歳を半分くらい過ぎたころ、アリエッタが4歳のとき、
王宮のプライベートビーチで、2人で貝柄の仕分けをして遊んでいた時、
貝の生息エリアの深さについて、また小競り合いになり、喧嘩になった。喧嘩というより、アリエッタが僕に突っかかるのだ。たぶん承認欲求だとは思うが、僕にしても、アリエッタを蔑ろにしたことは、未だかつて『ない』と断言できる。
この時は、教科書に載っている範囲をこえている内容で、側近たちも答えを出せなかった。
どっちが正しいか調べるために、海に入った。
海の中に行くときは、アリエッタは、クジラのクーポが付き添うし、僕にはシャチのクールがいる。彼らは、ポセイダルゴ様の直属配下で、僕たちの海の護衛だ。
基本的に、この国の海域で、私たちは、どこを泳ごうと潜ろうと、海洋生物に危害をうけた事はなかった。
海神ポセイダルゴ様の庇護と信頼があったし、
私たちが海洋ヒーラーである事を海は知っているからだ。陸より海の方がずっと安全というわけだ。
だから、余程のことがない限り、護衛官は海に入らず浜辺にいた。
海底の貝をたどりながら、沖に向かっていた時、
クーポが
「アリエッタ、何かおかしいので、浜に戻りましょう」と言いながら、返事を待たずに、方向転換した。
シャチのクールが方向を変えたのも同時だ。
クールの言うには、
「シャチの大群がこちらに向かってる。ここのシャチじゃない、ヴァシリス、気をつけて」と、浜へ向かってスピードをあげた。
その時だった。クーポに知らないシャチが体当たりして、アリエッタが叫び声をあげながら、海に投げ出された。
クーポが「ヴァシリス、アリエッタを守って!
クール行きなさいっ」と言って、襲ってきたシャチに向かって行く。
僕をのせたクールは、振り落とされたアリエッタの下に回って受け止め、僕は「全速で戻れ」と声を張り上げた。
シャチに襲われたのが見えたのだろう。浜辺から護衛官の1人が王宮へ報告に走っていく姿が遠目にわかる。
間をおかず、護衛艦が警笛を鳴らし、こちらに向かうのが見えた。
「クーポを置いていくのはダメ」半べそで訴えているが、
「アリエッタ帰るんだ、クーポは君を守るためにいる、君の安全を確保するのが優先だ。」
僕は、アリエッタがすり抜けて海に飛び込まないように、クールの上でしっかりと抱きとめた。
「クーポ、クーポ、」とアリエッタが僕の腕の中で暴れているが、絶対に離さない。
その間にも、シャチの群れが、後ろから追ってくる。
数頭ならわかる、100歩譲って数十頭もわかる。
だが、その時の数は数百を超えるありえない大群、津波のような押し寄せ方だった。
「アリエッタ帰るんだ、君か僕が狙われているかもしれない」
「私たち、シャチに追われたことなんてないじゃない。」
クールが全速で進みながら言った。
「僕たちの仲間ではない、知らないシャチなんだ!」
護衛官の優先度は、僕とアリエッタ。
僕の優先度はアリエッタ。
アリエッタの優先度はクジラのクーポだった。
アリエッタの意見は却下されて当たり前だった。
最初のシャチの体当たりでクーポは怪我を負っているはず。クーポの血がアリエッタについている。
「クーポを助けないと、クーポを助けて」
どんなに言っても、助けたくても、今、僕とクールは聞く気はない。
「ヴァシリス様、離して、クーポのところに行くの!」
「ダメだ、アリエッタ」
「見殺しにするの?クーポを見殺しにするの?ヴァシリス様なんて大嫌い!」
アリエッタが叫び続けたけれど、僕は、口を固く結んで、浜辺を目指した。僕だって、クーポを助けてやりたい。
でもクーポは、命をかけてシャチと戦って時間稼ぎをしてくれている。とにかくアリエッタを護衛に引き渡さなくてはならないのだ。
アリエッタが怒り泣き叫んでいるうちに、こちらに向かった護衛艦に保護された。
僕たちが、護衛艦に乗船し、アリエッタが護衛に
抱き上げられたのを見て、僕はクールに頷いた。
クールが「クーポを助けにいくよ」沖にとって返した。
護衛艦は方向転換し、岸に全速でもどる。
後ろを振り向くと、たくさんのシャチが津波になって迫っていた。
護衛官の腕の中で、クーポの名を叫び続けるアリエッタを、僕は唇をかみ、黙って拳を握りしめていた。何故だ、何故、自領の海域で襲われるのだ。
軍港に到着し、アリエッタは護衛官にしっかり抱きかかえられたまま、僕は走って、シャチの津波がこない高台まで避難した。
浜辺から、100メートルほどの切り立った崖の上に、すでに海洋軍の臨時本部ができていた。
早い対応に驚いた。
シャチの大群の駆除に、シーシェル王国屈指の海洋軍の兵が大砲と魚雷の準備を始めている。
王の命令があったのだろう。
軍港には、潜水艦と駆逐艦が、出撃準備が終わっている。
早すぎると思った。
「撃たないで、クーポとクールが海にいるから」と指をさそうとしている、アリエッタから、聞いたことがないような絶叫に、僕は沖をみた。
クーポとクールが、シャチに弄ばれ、海の上に投げ出されては、体当たりされ、を繰り返しされている。
アリエッタの全てが固まった。涙も出ていない。
さすがの僕も、目を背けられず固まっていた。
海の殺し屋の名を持つシャチの習性だ。獲物が死ぬまであれが続く。
海の食物連鎖に人は介入できない。でもクーポとクールは、僕たちを助けるために、シャチに立ち向かった。ましてクールはシャチだ。
クーポとクールが、シャチに引き裂かれるのを見せまいと、護衛官が言った。
「ヴァシリス王子、アリエッタ様、攻撃が始まります。危ないので王宮にお戻りくださいませ」
「嫌です!離しなさい!」
アリエッタは、冷ややかな声を出した。
同時に僕も口を開いた。
「魚雷攻撃でシャチは殺せるが、他の生物も、広範囲で死ぬことになるのだ。父上が命を出したのか?」
護衛官の後ろに、海洋軍の上級指揮官が来ていた。
「ヴァシリス王子、おそらく、あのシャチは、
アリエッタ嬢を狙い、そのあと、王国の海洋軍施設を狙うように誘導されています。
軍港を攻められるわけにはいかないのです。」
「あのシャチは、アリエッタを狙ったのか?
今日でなくても、我々が海に出たら、遅かれ早かれ、狙われていたと言う事か?」
「ヴァシリス王子、その通りです。」
「なぜ王子の私を狙わずにアリエッタを狙ったのだ?」
「諜報部より、周辺国の一つに、第三王子との政略結婚と国力増強を狙っている国があると、数日前に情報が入りました。
王子殿下のお妃候補のアリエッタ様を亡き者に、と言う動きが報告されており、また同時にこの国の軍事力を削ぐために、海洋生物を兵器に」
聞いていて吐き気がするほど、怒りが込み上げてきた。
「アリエッタはまだ4歳だぞ」
「ヴァシリス王子、外交とは、そういうものなのです。」
「外交ではなくて、侵略戦争ではないのか?」
この会話はアリエッタにも聞こえているだろう。
驚愕の光景に固まっているアリエッタは、
画策されていた事、
遅かれ早かれクーポやクールが危害を受けること、罪もない海洋生物を兵器に仕立て、戦争を仕掛ける馬鹿がいる事に、気がついている。
アリエッタが「許さない!、許さない!」と震えている。
シャチの大群は、クーポとクールを、まだ弄びながら、岸に向かってくる。
「クーポ、クール、ごめんね、ごめんね」
アリエッタの体がグリーンの光を帯びている。
かなり感情を揺らしている。
僕がアリエッタの手を取ろうとした時に、護衛官の力が一瞬緩んだ。
アリエッタは、護衛官の腕をすり抜けて、信じられない速さで崖まで走り抜け、100メートル下の海に飛び込んだ。
「アリエッタ、待て!待つんだ!」
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