第二章 ヴァシリスの追憶 6歳その10
「さあ戻ろう。
ユリシーズたちが、心配して待っている。
クーポは、今日は、ついてきてくれ。
アリエッタ、クーポは、明るい時に乗せてもらえばよいからね。」
「クーボ、よろしくね。」
「アリエッタ様、こちらこそ。」
僕は、アリエッタをしっかりと抱きしめて、全速力で浜に戻った。クールの横で、クーポが、ダイナミックなジャンプをしている。
「クーボすごい。」
アリエッタがまた泣きだした。
「アリエッタ、どうしたのだ?」
「おにいさまあ〜〜、わたしは幸せです。」
夕陽に当たって感動しすぎたのか、感情が収まらないらしい。
岸に戻ると、ユリシーズがほっとした顔をした。
アリエッタは、クーボに抱きついて、お休みのキスをしている。
「そのクジラは?」
ユリシーズがクジラをみて驚いた。
僕が返事をする前に、アリエッタが答えた。
「ヴァシリス兄さまからのお誕生日プレゼントです。ポセイダルゴ様が、連れてきてくだしゃったの。」
またアリエッタの目がウルウルし始めた。
「ユリシーズ、早く帰ろう。」
「そうしましょう。
さ、姫さま。私の馬にどうぞ」
「お兄様の馬では、ダメですか?」
「アリエッタ、護衛騎士に乗せてもらいなさい。」
「嫌です。だって、さっきはクールに乗せて下さったのに。」
アリエッタは、何をクネクネしているのだ。
ユリシーズが僕だけに聞こえるように囁いた。
「ヴァシリス王子、先程のシャチの同乗を拝見する限り、問題ありませんので、お誕生日デートは最後まで、責任を持って送り届けましょう。
併走しますので、ご安心を。」
ふう、そういうことか。
女は面倒くさい。
「アリエッタ、帰るぞ。僕の前に乗りなさい。
昆布は、」
「脱ぎませんっ!」
ユリシーズが、アリエッタを僕の馬に乗せてくれた。
アリエッタは、横座りで、僕の胸にもたれて、
うっとりと、大人しく、王宮に戻った。
オランたちが出迎えてくれた時には、アリエッタ以外はぐったりしていた。馬の鞍まで昆布でヌルヌルだった。愛馬に、済まないと謝って、すぐに鞍を外して休ませた。
そのあとが、また大変だった。
アリエッタは、昆布ドレスを脱ぐのを拒否し、
侍女たちに、昆布を剥がされかけると、
僕の名前を呼び続けていたらしい。
僕とユリシーズは、オランにすぐに呼び出された。
「坊っちゃま、ユリシーズ、今日は何があったのですか?」
「僕が思うに、おとぎ話症候群だ。ユリシーズ、オランへの説明を頼めないだろうか。この昆布のヌルヌルを洗い流したい。」
「私からオランに話します。」
奥の部屋で、アリエッタが泣いているが、今日のデートは刺激がきつすぎたか。クジラをプレゼントになど、ポセイダルゴ様が甘やかしたからだ。
僕が湯浴みを終えても、まだアリエッタの泣き声が聞こえている。
オランが
「ユリシーズから、話を聞きましたが、今日に限っては、坊っちゃまでないと、収まりがつきません。」
「オラン、ユリシーズ、僕はまだ子供だ、今のアリエッタは、3歳か20歳か、どっちかわかるか?」
2人が口を揃えて言い切った。
「20歳の乙女です。」
「わかった。」
アリエッタの部屋に取り継ぎを頼む。
侍女が
「ヴァシリス様がお越しですが、、」と告げると、ドアの向こうで泣き止んだ。
「入るぞ、
アリエッタどうしたのだ?」
どうにも、僕の顔が見れないらしい。
俯いて、昆布の切れ端を弄んでいる。
「アリエッタ、今日は、共に誕生日を祝えて、私は幸せだ。
アリエッタのドレスは、可愛かった。
生涯忘れぬほど美しい夕暮れを共に眺め、ポセイダルゴ様からも、クーポを賜った。
私は、クールに君を乗せる事もできたし、
何が嫌なのだ。」
「ドレスを脱いだら、忘れてしまいます。」
「誰が何を忘れるのだ。私は忘れぬ自信がある。
其方が忘れてしまうのか?
明日になったら、おとぎ話のように消えてしまうような、そんな1日だったのか?」
「そんな、私は忘れません。でも、ヴァシリス様に忘れられたら、、」
「其方、私が忘れるような馬鹿だと言うのか?
人魚の王子は、今日、祝ってくれたか?」
「いいえ、私の願いを全て叶えてくれたのは、ヴァシリス兄さまです。」
「ならば、他に何か問題があるのか?」
「ヴァシリスさまのお側にいたいのです。」
「アリエッタ、私は、帰ってから、馬を休め、湯浴みをして、身なりを整え、おやすみの挨拶に来たのだ。これでも急いだのだ。其方も疲れただろうから、今日は心地よい眠りについてほしかった。其方の誕生日だったのだぞ。みなが、其方の為に心を込めてくれたのに。
なのに、其方は何をしていた。」
「ヴァ、ヴァシリスさま。花嫁衣装を脱ぎたくなかったのです。側にいたかったのです。」
「帰ってすぐに湯浴みをし、着替えていれば、今一度、お茶が飲めたのに、私がおやすみの挨拶に来ても、そんなヌルヌルの格好で、茶すら、飲めぬではないか。」
「ヴァ、ヴァシリスさま、、わたし、、」
「衣装部屋に置ける花嫁衣装ならば、贈ってやる。
だが、昆布は衣装部屋に置けぬではないか。
それに、昆布のドレスは、私が贈ったものではないのが、わかってないのか?
王宮に着くまでの今日の其方は、愛らしいレディであった。
なのに、台無しにしたのは、其方であろう。
もう一度、忘れぬように、言う。
花嫁衣装など、其方が成人したらいつでも贈ってやる。
それに相応しいレディにならねばどうするのだ。
それから、わかっておらぬようだから言うが、
人魚の王子か、私か、どちらかにきめなさい。
うわついた気持ちで、花嫁衣装を着るな。
僕が花嫁衣装を贈るのは、生涯に一度きりだ。
その衣装を着た者を、生涯手放さぬ。
その見苦しい昆布を脱ぎなさい。」
バタンと扉を閉めて部屋を出た。
アリエッタの目から、ポロポロ涙が落ちていた。
まるで、人魚姫の真珠の涙のようだった。
なんで、恋敵が絵本の人魚の王子なのだ。
呆れて物も言えない。
本当に、生涯忘れぬ誕生日になってしまった。
僕の毎日毎日繰り返される努力は何なのだ!
黙って自室に戻ろうとしたけれど、、
僕はなんなんだ、と嫌になってきた。
ユリシーズが、「坊っちゃま、少し夜空を散歩しませんか?」と誘ってくれた。
アリエッタが恋しそうです




