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第二章 ヴァシリスの追憶 6歳その9

僕は6歳になった。

アリエッタは、やっと3歳だ。


剣や馬や格闘の稽古は、ユリシーズの厳しさが増してきた。

ユリシーズは、アリエッタが僕の巫女だと知っている。

父上の王位を継がない僕は、将来、王宮ではない場所での暮らしを考えなくてはならない。

アリエッタを護るために、強すぎて困る事はない。


つい最近のことらしい。父上から聞いたのだが、

たまたま、ラングドン兄上が、僕の剣の稽古を目にして、あまりにも厳しすぎると、父上に直訴したらしい。

父上が言うには、兄上から、非道呼ばわりされたそうだ。剣の稽古と称して、僕を葬る気かと。

優しい兄上は、民のために良い王になって行かれるだろう。


アリエッタは、好奇心旺盛で、僕が勉強する時に、一緒に勉強している。

僕はアカデミー4年生分まで、予備学習を終えている。

アリエッタも、巫女家系のせいか、勘が良く、覚えも早い。すでにアカデミー1年生の予習を始めている。

特に海の生き物については、王宮の図書室の関連本を読み漁っている。僕よりも神童ぶりを発揮している。

僕は、アリエッタと言う理由があって励んでいるが、アリエッタは無意識に、したい事をしてパワーを炸裂しているので、天然の神童はアリエッタの方だろう。


人魚の王子様を、まだ諦めきれないらしく、海にいくと、「人魚の王子様のお嫁さんになりたい」とポセイダルゴ様に祈っている。

僕は、その隣で、「人魚の王子の紹介は遠慮したい」と祈っている。


今日は、アリエッタの3歳の誕生日だ。

王宮の身近なものばかりで、誕生パーティーを開いて、楽しんでいたが、結局、アリエッタは「海に行きたい」と言いだした。


ユリシーズが警護してくれるので、いつものように、海にきた。


海に向かって「人魚の王子さま〜〜」と叫んでいる。この熱はいつになったら、冷めてくれるのか。


アリエッタは、浜辺で、貝殻を並べて分類している。そこまでは良かった。


流れ着いたヌルヌルする長い昆布を身体に巻きつけて、昆布ウェディングドレスにするんだと、頑張っている。

今日は、昆布がたくさん浜に打ち上げられてくるので、使い放題だ。

数メートルある昆布をずるずると、引き上げながら、身体に巻きつけている。

海には侍女を連れてきてないので、

アリエッタの独壇場だ。

「ヴァシリス兄さま、綺麗でしょう。」

公爵家の姫なのだから、お姫様ごっこをする意味がわからない。


「アリエッタ、昆布はヌルヌルするから、またオランに叱られるぞ。」


アリエッタを眺めながら、ちょっと気を抜いた瞬間だった。昆布のヌルヌルが飛び散るのを避けて、アリエッタから1メートルほど離れて、浜に座っていた。

昆布に違和感を感じて凝視した時には遅かった。毒海へびが、昆布に紛れてアリエッタに鎌首をあげ迫っていた。

無理だ、間に合わない、と焦った。


その時だった。波が寄せるのと同時に海亀が浜に上がって、昆布ごと蛇の尾をくわえて、引く波に乗って海に沈んでいく。

その瞬間、海亀と目があった。優しい目をしていた。いつもの海亀のようだった。助かった。

僕は胸を撫で下ろした。

こんなに近くにいても、護りきれないのか、と、情けなくなった。


誰にも言えずに、落ち込んでる僕に、アリエッタは、

「ヴァシリス兄さま、お誕生日のプレゼントをください。」と言う。


「東宮に帰ったら、用意してあるよ。」

海の満潮干潮と月の満ち欠けの図鑑を準備していた。


「ううん、兄さまだけが、出来ることなの。」


「何がして欲しい?」


「太陽が海に沈んで行くところを、海の中で見たいの。」

透明感のある、深いグリーンの瞳がキラキラしている。これに見つめられると、僕は参ってしまう。決して幼女趣味じゃない。僕もまだ幼児だけど。


ユリシーズに、太陽が沈んだら、必ず、すぐに戻ってくる、と頼み約束した。


「日没後、10分以内に戻らなければ護衛艦と哨戒艇を出しますよ。王子殿下はアリエッタ様をお護りしてくださいますが、王子殿下も護衛対処ですからね。」


ユリシーズが、くっくっと笑っている。

ユリシーズは、僕の気持ちを知っている。

小さな恋人の小さなの夕暮れデートだと。

僕のせいで、軍隊を出すわけにはいかない。


「わかった。迷惑をかけないように必ず戻る。」


口笛を吹いて、クールを呼ぶと、太陽を背に大ジャンプをしながら、すぐに浜に来た。


「アリエッタ、日没まであまり時間がない。行くぞ。」


「ヴァシリス兄さま、嬉しい。」と昆布ドレスのまま抱きつかれた。


「なあ、アリエッタ、その昆布は、、」


「いやっ、脱ぎません。ウェディングドレスだから、」


クールが、半分海に頭をつけて、ブクブクと泡を出した。クールにまで、笑われたではないか。


僕は、アリエッタを横抱きにして、クールに乗り、太陽が落ちる水平線に向かって、飛び出した。


アリエッタは、横座りをして、僕の首に両手を回して掴まっている、僕の手は、アリエッタのお腹まわりを支えているのが、気に入ったのか、

「お兄様、騎士様みたい」と目をパチパチしている。

「鍛錬しているからな。」


「いつも傷だらけですもの。」


「アリエッタが癒してくれるから平気だ。」


「ずっと私が治してあげます。他の人には治せません。」


沖に向かって、太陽の光が海に反射するギリギリのところで止まった。

太陽が水平線に沈み始めた。


「ヴァシリス兄さま、きれい、ほんとにきれい。」


アリエッタが深呼吸して、海の香りを吸い込んだ。

太陽が沈んでいく真ん中から、こちらに何かが向かってくる。海の中から、トライデントの先が見えてくる。


『ヴァシリスよ、其方の願いを叶えよう。』

ポセイダルゴ様の声だ。どの願いだろう。

アリエッタには聞こえないらしい。


ざざっと海面が開く。

僕たちの前に、トライデントを持ったポセイダルゴ様が現れた。

隣に、可愛らしいクジラがいる。


アリエッタが目を丸くしている。


「アリエッタよ。我はポセイダルゴなり。

ヴァシリス王子より、頼まれていた、其方への誕生日プレゼントを届けにまいった。

受け取るがよい。其方の助けになろう。

クジラのクーポを授ける」


「クジラのクーポです。アリエッタ様にお仕えします。」


「ポセイダルゴ様は、海の大神さま。」

アリエッタが、つぶやき、僕の顔をみた。


「ポセイダルゴ様だよ。アリエッタ。ちゃんとご挨拶をして、謹んでお受けして。」


「ポセイダルゴ様、ありがとうございます。

クーポを大事にいたします。」


「其方たちは、いつも海の命を守ってくれているからな、ヴァシリス王子から頼まれていた。

では、健やかなる成長を願っておるぞ。」


海がざざっと開き、ポセイダルゴ様は海面に隠れて見えなくなった。


一瞬、時間が止まっていた。

海面に波が出ると、太陽も沈み始めた。


アリエッタがポロポロと泣いている。

「お兄様、お兄様、ありがとうございます。

今日は、私の願いを全て叶えてくださいました。」


「アリエッタ、泣いていては、日没を見逃してしまうよ、ほら、太陽が水平線に吸い込まれていく。」


紺碧とコバルトブルーの海の道の間に、オレンジ色のグラデーションで、太陽が海に吸い込まれていく。光が届かない場所から、濃緑色に変化していく。

僕たちをすっぽり包んであまりある大きな夕陽だった。


「ヴァシリス兄さま、わたくちは、今日のお誕生日、一生わすれません。ありがとう兄さま。」


太陽が、ほぼ沈むと、海はアリエッタの瞳の色になった。


アリエッタのお誕生日、まだ続きます。

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