第二章 ヴァシリスの追憶 3歳その6
「近衛隊長と近衛副隊長とオランを呼べ。」
父上とセレステとのやり取りを聞きながら、巫女の存在が父上にとって、どれだけ重要な存在か、よくわかった。
父上には信頼できる臣下はたくさんいる。
でも、心の整理、と言うか、心の隙間を、セレステが全て埋めているような、2人のコンビネーションを直感で感じ取っていた。
かと言って、恋愛感情という男女の機微は感じられなかった。
だから、父上は母上を愛し、ミカエラード公爵はセレステを愛しているのだろう。
でも、僕とアリエッタは、その全てを共にできるのだ。3歳にして、僕は、巫女にプロポーズし、守り抜き、海を護るために、ふさわしい大人になる、という壮大な目標を持った。
オランと近衛隊長、近衛副隊長が呼ばれ、
今日起きた、とんでもない事実が告げられた。
オランは僕の乳母に加えて、アリエッタを育てることになり、僕とアリエッタの警護が手薄にならないように、近衛副隊長が、僕の警護責任者になった。
父上がオランと近衛副隊長に
「くれぐれも頼む。どちらが欠けても、いずれ国が傾く。負担をかけるが、他の者には頼めない。」と、頭を下げた。
父上が頭を下げたのを、僕は初めて見た。
アリエッタの存在が、どれほどのものなのかと驚いた。
父上は、近衛隊長にも、頭を下げた。
「王宮の警備を固め人選をやり直してくれ。同時にラングドンとパトリックも守らねばならぬ。
海洋軍と軍港を、一年以内にヴァシリスが統括できるように検討してくれ。
3人の王子が揃ってこその未来である。
優先は、私より、セレステより、子供たちだ。次代巫女を守れ。」
父上は、ご自身より子供達を優先だと、とんでもない命を出した。
驚いたのは、僕だけだった。
「陛下、誰一人、失いません。命にかけて。」
父上は、もう一つ、付け加えた。
「近衛隊長、副隊長、オラン、よく聞け。
これは王命である。
もし、巫女を守りきれない場合、巫女の存在をなかった事にせよ。」
一瞬の間があった。
父上がもう一度言った。
「王命である。巫女をヴァシリス以外の手に取られることは、許されぬ。わかったか。」
「はっ」
「ははっ」
「かしこまりました」
次に、父上は次に、僕が見たことのない厳しい顔で、告げた。
「ヴァシリス、其方もだ。己の巫女を守りきれぬときは、巫女のために、その手で巫女の存在を消すのだ。中途半端な恋心など、なんの役にもたたぬ。巫女を蹂躙させるな。
2人で国を守る根幹のヒーラーとなり、命をかけて守り抜け。父から其方への最初で最後の王命である。これから、其方に追加の王命がくだることもあるだろうが、最優先は、この王命である。」
足が震えて、立っているのが精一杯だったけれど、声を絞り出して誓った。
「はっ!王命を謹んでお受けいたしましゅ。」
「近衛隊長、守護の剣を持て」
近衛隊長は、何の装飾もされていない銅色の練習用のような剣を手にしていた。
父上がそれを受け取ると、剣は金色に光だし、握りの部分に父上の紋章である獅子が、朱色に浮かびでてきた。
「ヴァシリス、この剣を授ける。
王家に伝わる巫女を守り、巫女の存在を消せる剣だ。強くなれ。其方の宿命だ。」
父から息子へ剣が引き継がれる。
僕は、跪いて、剣を賜りながら、涙が出そうだ。
生涯の伴侶を見つけた日に、こんな剣を賜るなんて。
それでも僕は、口を一文字に引き結び、
父上の前に跪き、うやうやしく両手で受け取る。
獅子の紋章が光る握りに触れると、父上が手を離した。
同時に、獅子の紋章が消え、剣は銅色に戻った、かと思えたが、剣全体が紺碧に輝きはじめた。
そして握りに浮かびあがったのは、獅子ではなく、銀色に輝く三叉の矛の紋章だった。
「ほう、、」感嘆の声がもれた。
近衛隊長と、副隊長が、
「海の王に栄光あれ」と僕に跪いた。
セレステは、オランに言っていた。
「次代巫女が立ったのです。必要であれば、私の命を使うのですよ。オラン、頼みます。
そして、これを、アリエッタが巫女のご神託を得た時に、渡してください。」
「セレステお姉さま。これは、」
「わかっているわね。」
セレステは、オランに美しく光る小さな短剣を渡した。オランは頷いていた。
そして、セレステは、アリエッタを抱きしめてから、僕に手渡した。
「ヴァシリス王子、アリエッタの運命と命を、あなたに託します。どうか守り抜いてください。」
「セレステ様。命をかけて守ります。」
僕は、おくるみに包まれたアリエッタを、そっと抱きしめてみた。
アリエッタは、すやすや眠っている。
オランと近衛副隊長が、僕を促した。
「さっ、ぼっちゃま、お部屋に戻りましょう。」
僕は、扉が開く前に、振り向いてセレステに聞いた。
「セレステ様、一つお聞きしたいのでしゅが」
「なんでしょうか。」
「父上は、セレステ様を守り抜いてこられたのですか?」
「はい。全てにおいて、どんな苦労も厭わず、私をお守り下さっています。きっとこれからも。
13歳のあの日から、私の命は陛下と共にあります。」
僕は、父上を見上げた。
父上は、無言で頷いた。
僕は、オランにアリエッタを預け、父上から賜った重い剣を手に、近衛副隊長に守られ、東の宮に戻った。
ヴァシリス王子に覚悟ができました。




