第8章 ミカエラードの神殿から海の神殿へ
次の新月の夜だった。
王宮にいて起きていた者は、真っ暗な王都に眩い光がミカエラード公爵邸を包むのを見た。
「あなた、今の光。」
「神殿かっ。」
ミカエラード公爵邸で隠居しているマースとセレステは神殿に駆けつけた。
王宮からの仕事帰りで遅くなった公爵を継いだダニエルも、屋敷の前でその光を見て、急いで神殿に向かった。
神殿の入り口は、すでに海と化し、扉が金色に輝き、コバルトブルーのヴァシリス王子の紋章が浮き上がっていた。
「ダニエル、帰ってきていたのか。」
「たった今。屋敷の前で光を見ました。父上、神殿前に海が出ているので、私が先に入ります。」
ダニエルが扉に触れると神殿の扉は音もなく開いた。そして神殿の祭壇前には、銀髪にコバルトブルーの瞳の海神、濃い海藻色の長い髪に夜の海を思わせる濃いグリーンの瞳の女神が浮かんでいた。
「ポセイドン殿、シェル姫様っ、、、、、い、いや、まさか、ヴァシリスっ、アリエッタっ!生きていたのかっ!」
ダニエルが祭壇に駆け寄る。
ダニエルから離れて後ろにいたマースとセレステは同時に叫んだ。
「婿殿っ!」
「アリエッタっ!」
「ダニエルっ、父君。」
「お兄様、お母様っ。」
しっかりと家族の抱擁を交わした後、質問ぜめにあいつつも、6海洋の浄化ヒーリングで力が尽きて死んだ事、その後天界に保護されたこと。
来世に人間として生まれ変わるまで待ち、新たな人生を選ぶか、神々に名を連ねるか、という結論を出すのに3ヶ月もかかってしまったと説明し続けて、やっと納得してもらえた。
「という事は、お前たちは、すでに海神と海の女神になったという事か。」
「その通りです。」
「一番嬉しいのは、子も産めるし、家族で過ごせるの。でも、知っている人が寿命を迎えて見送らなくてはならない事が一番悲しいかも。」
「でもアリエッタ、婿様がずっと一緒なのよ。誰よりも失いたくない方でしょう。」
「お母様のおっしゃる通りだけど。」
「それに1000年以上生きるのならば、私達の生まれ変わりと再会できる場合もあるだろう。」
「それは父君のおっしゃる通りです。」
「さっきのヴァシリスの説明だと、母上や叔母上、アリエッタのような巫女はもう出ない、という事か。」
「隠し巫女と王の役目は、アリエッタと俺がしますから、神託を伝えるだけの巫女がたくさん生まれるそうです。」
「それにしても、、ヴァシリス、アリエッタ、よく戻ってくれた。みな、お前たちが生きていると信じてずっと待ち続けていたんだ。皆に早馬を出したから、そろそろ集まってくるだろう。」
しばらく話していたら、神殿の廊下を走ってくる足音が聞こえてくる。
「ヴァシリスっ、アリエッタっ!」
アズラエルだ、その後ろにアーサーがいる。
パーシーとハニエルが転がり込んでくる。
「ヴァシリス、ヴァシリス、、ヴァシリス!」
「アリエッタ、アリエッタなのね。」
みんなで抱擁し合う。
「ヴァシリス、連絡ぐらいしてくれよ。どんなに探したと思っている。全艦隊で2ヶ月間捜索し続けてたのに。」
「あの時、死んで、天界に拉致、いや保護されていた。」
みんな顔をクシャクシャにして泣いていた。
また足音が聞こえてくる。
「ヴァシリスっ。」
「アリエルちゃんっ!」
父上と母上だ。何と母上が走ってくる。その後ろにアランやユリシーズとオランも走っている。
みんなに抱きつかれる。みんな泣いている。
母上とオランがボロボロに泣いている。オランの泣き顔って初めて見たかも。
父上もユリシーズも目頭を押さえている。
落ち着いてきたダニエルが、後から駆けつけた皆に、この3ヶ月の顛末を説明してくれていた。
そしてラングドン兄上とパトリック兄上が形相を変えて神殿に駆け込んできた。
「ヴァシリスとアリエッタが生きていたと連絡を受けたが本当かっ。」
兄上達に手をあげてみた。
「ヴァシリス、馬鹿者、どれだけ心配したか、馬鹿野郎っ!」
「兄上っ!兄上っ!」
パトリック兄上にがっしりと抱きつかれる。
ラングドン兄上が崩れ落ちる。
「ラングドン兄上。」
「ヴァシリス、どれだけ心配したか。連絡くらいして来い。お前たちだけが犠牲になるなんて、行かせなければよかったとどれだけ後悔した事か。」
「ラングドン兄上、俺たちの使命ですから、覚悟していました。」
みんなの興奮が少し収まってきて、神殿で座ってお茶を飲みながら話をした。
「やはりあの日、命を落としていたのか。」
「はい。」
その後の話をする。
「神籍に入った?」
「はい、神界で新たな命を授かりました。」
「そうか、世界の海を、おまえたちが守ってくれるのか。」
「そうです。海の神殿で、ポセイドン殿と女神のシェル姫様と一緒に暮らします。」
「本当に神になったんだな。もう弟ではなくなるのか。」
「兄上は兄上ですよ。用があれば会えますし、陸に長くはいられませんが、神殿ならば陸でも来れます。」
「ヴァシリス、アリエルちゃん、ポセイダルゴ様が、目の前で亡くなって、私、あなた達も同じように消えてしまったかと。」
「母上、ポセイダルゴ様は、母上が父上に嫁ぐ時から、あの日を覚悟しておられた。だから、ポセイダルゴ様が持つ海神の貴石を母上に渡し、俺の海神の剣になったのですから。ポセイダルゴ様の死を悲しんではなりません。」
「わかってはいるの。でもあまりにもショックで。」
「今は黄泉の国で、生まれ変わる準備をしておられます。幸せを願ってあげてください。」
「そうね、毎日祈るわ。アリエルちゃん、赤ちゃんはどうなるの。」
「海神の息子として生まれます。王子ですよ。死ぬ前に、父上、母上と呼ばれましたから。姫ならお父様とお母様というでしょう。」
「そうなのね。きっとヴァシリスに似た王子が生まれるのね。良かった。あなた達の赤ちゃんが、生まれずに終わるなんて、どうしても辛かったの。嬉しいわ。」
「アンジェラおかあさま、ご心配をおかけしました。」
「いいのよ、どんな形でもいいから、生きていて欲しかったの。」
ひととおり皆と話して、周りが落ち着いてきたところで、海に戻らなくてはならない事を伝える。
「では、そろそろ海の神殿に戻らなくては。」
「ヴァシリスに会いたい時は、ここで呼べば良いのか。」
ラングドン兄上が、何回も確認してくる。
「この神殿には来やすいので大丈夫です。あとは浜辺で呼んでもらえれば、トライデントがあるので、すぐ移動できます。」
「海に行くわ。ねえ、オラン。」
「そうですね。アリエッタに子が生まれたら手伝いに行きましょう。神殿には入れるのでしょう。」
「ええ、浜辺で呼んでくだされば、クーポを迎えにやりますから。」
母上達はアリエッタともう約束していた。
「ヴァシリス、まさか、我が息子が神になるとは思わなかったが、父として誇らしい。世界を救える立派な息子だ。よく頑張った、感謝している。」
「父上、まだ途中の事業や整備すべき事がたくさんありますが、兄上達や海神の騎士達に任せます。その分、海の守りは任せてください。必ずシーシェルと世界を守ります。」
父上にガシッと抱擁された。
「ヴァシリス、また会おう。そうだ、お前はヴァシリス神と言うのか。」
「あ、忘れてました。俺は、シェルドンと言う名を。アリエッタは、海神の巫女アリエルと。ポセイドン殿が引退されたら、ポセイドンを襲名するそうです。」
「では海神シェルドン。」
父上は俺に跪く。父上に続き皆が礼をとる。
「父上、そんな。」
「神になったのだ。海神シェルドンよ、巫女アリエルよ。シーシェルを守り給え。」
「はいっ。約束します。さあ、アリエル、行こうか。」
「はい、ヴァル。」
俺たちは祭壇前に戻って、黄金のトライデントを出す。
ザブンザブンと祭壇の周りに波が立ち始める。
「どうかお元気で。」
これから何千年と、海を見守って行くのだろう。
大好きな愛する家族と、愛する友たち。この者達の子孫も、未来に向かって長い長い年月、我が妻と共に守っていくのだ。
ずっと21年間そうしてきた。これからの1000年も2000年も、ずっと同じだ。
トライデントを一振りすると、目の前の景色が波にさらわれて、新しい景色が目に入ってくる。
ポセイドン殿とシェル姫が迎えてくれる。
「おかえり、我が息子達よ。シェルドンとアリエル。」
「おかえりなさい。シェルドンとアリエルちゃん。」
「父神、母神、ただいま戻りました。」
海神の神殿にいるポセイドン殿と女神シェル姫が、新しい家族だ。
「上の話を聞かせてくれ。お茶でも飲もう。」
「アリエルちゃん、海の果実園からさくらんぼが届いてるわ。」
「まあ。嬉しいです。シェルおかあさま。」
人魚の侍女が、泳ぎながらティーセットを持ってくる。
海神の王子と海神の巫女の新たな日々が始まり、
そして、
俺たちは神話になった。
ヴァシリスとアリエッタの命は神として蘇りました。最終回は、本日18時に投稿します。
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