第二章 ヴァシリスの追憶 3歳その2
ヴァシリスの幼い頃に戻ります。巫女の秘密がわかります。
「ヴァシリス、ミカエラード公爵夫妻は知っておるな。挨拶せよ。」
ミカエラード公爵は、父上の遠縁にあたる王家筋の公爵で、特級ヒーラーとして国の式典や神殿を統治し、神殿警護隊の指揮官でもある。
神殿警護隊は、近衛団の次に強いと聞いている。
ミカエラード公爵の妻のセレステ夫人は、ガブリエル侯爵家出身の特級ヒーラーで、王立アカデミー時代の父上の同級生で、その頃から私室側近となり、父上の紹介でミカエラード家に嫁いでいる。
僕の乳母オランは、セレステ夫人の妹だ。 ガブリエル侯爵家は、代々能力の高い特級ヒーラーが多く、王家の側近を多く輩出していると、歴史の先生から聞いた事がある。
「ヴァシリス殿下、ご機嫌麗しく、お健やかにご成長のご様子、嬉しく存じます。」
「ミカエラード公爵、セレステ夫人、其方らも、元気で何よりでありゅ。」
父上がニコニコ顔で教えてくれた。
「ヴァシリス、今日は、ミカエラード公爵に姫が生まれて、報告に来てくれたのだ。」
セレステ夫人が、見遣った部屋の奥にある、
父上の仮眠用の長椅子に、誰かが眠っているようだ。
僕は不思議に思った。父上の私室で、他の貴族の子女を紹介されたことはないし、そんな時は、王妃である母上も同席されている。
それに、あの長椅子は、王である父上が休まれるところなのに、いくら位の高い公爵家の姫といえど、休ませるなど、ありえない。
こう言う事って、礼儀マナーで、徹底して家庭教師に叩き込まれるのだ。これがわからないせいで、不敬罪で投獄されるくらい大事なことなのに。
僕や兄様が、父上の長椅子で遊んだ時、青ざめた側近達から引きずり下ろされた記憶がある。
なにか不思議な気がした。
「ヴァシリス、可愛い姫だ、挨拶してくるが良い、アリエッタ嬢だ。」
先程、兄上たちが来ていたのも、この姫に会う為だったのだろうか?
首を傾げながら、長椅子に向かった。
まだ生まれて間もないのか、赤ちゃんの匂いがした。
薄いグリーンの産着に包まれて、ほんとに小さい。3歳の僕から見ても、僕が持っているシャチのぬいぐるみの方が、ずっと大きい。
振り返って父上を見ると、頷いている。
ぼくは、長椅子の赤ちゃんを覗き込んだ。
よく眠っているから、小さな声で挨拶をした。
「ごきげんよう、アリエッタ、
はじめまして、ぼくはヴァシリスだ。」
寝ていたはずなのに、アリエッタは目をパチリと開いた。
透明感のある深いグリーンの瞳に、ぼくは何故か、ドキッとした。海の深いところを思わせる色。
僕が好きな夕暮れの海の色。
「あぉぅ〜」と可愛い声を出して、小さな小さな手を伸ばしてきた。
僕も、可愛くて、何気なしに、アリエッタの手を持つと、アリエッタは僕の親指を小さな指全てで握った。
その瞬間、グリーンの光とオレンジの光が僕たちの周りを包み込み、僕は幻想をみた。
僕は、コバルトブルーの海が見える部屋にいた。その部屋で、深いグリーンの瞳に、深海を思わせるような濃紺と濃深緑を合わせたような髪を緩く結い上げた美しい少女が、僕に微笑み、僕はその少女に、彼女の瞳より大きな真珠のペンダントをつけてあげていた。この美少女は、間違いなくアリエッタだ、と確信した。
そして、この美少女の瞳を熱く見つめているコバルトブルーの瞳も、銀色のサラサラした髪の毛も、僕のものだ。そして僕の唇が「あ い し て い る」と動いている。
彼女の返事が聞きたいと思った瞬間、ぼくたちを包んでいたオレンジと緑の光が混ざり合って、銀白色に光って、一瞬で消えた。
僕は、長椅子のそばに、ヘナヘナと座り込んでしまった。僕は恋に落ちてしまった。
あの幻想で、僕は3歳ではなかった。
多分成人しているのか、背が高くなり、ペンダントの留め具をとめる僕の手はがっしりとしていた。
現実に引き戻されても、
生まれたばかりのアリエッタは、泣きもせず、《あの瞳で》僕を見つめている。
後ろで、父上とミカエラード公爵夫妻が、息を呑んだのがわかった。
父上が「ヴァシリス、其方が」と目を見開いて呟いた。
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