馴れ初め
聖花は、私にとって恩人だ。
昔から、暴力でしか人と付き合えなかった私は、殴って人を従わせてきた。
私が受けるのは恐怖の感情。それこそが繋がりだと勘違いしていた。
◆
高校二年生の頃、私は孤立していた。
そんな私に唯一声を掛けてくれたのが聖花だった。
「おはよう響香ちゃん! 今日もかわいいです!」
「あ?」
「かわいいは嫌でしたか......なら、最高にクールです!」
「.......お前、毎日毎日そんなこと真顔でよく言えるな......」
「顔赤いですよ響香ちゃん、保健室行きます?」
「行くか! ほんと、お前といると調子が狂う......」
「ええ、そうですか? なら私ずっと近くにいたいですね」
「ぶっ飛ばすぞ」
「本気に聞こえます.......」
「どうして、いつも私に話しかけてくるんだよ.......私は、すぐに暴力を振るう最低な人間だぞ」
「.......違いますよ、響香ちゃんは最低な人間なんかじゃないです。ただ、人と対等に接するのが怖いだけですよ」
私は、とっさに胸ぐらを掴んでいた。
「怖くなんてねえ!」
聖花は私の腕を触る。
「......ほら、手が震えてるでしょ」
たしかに、腕が震えていた。
聖花を突き放し、距離を取る。
「近づくんじゃねえ」
「......響香ちゃん、私は──」
駆け寄って来る聖花を反射的にぶっていた。
『きゃっ』という短い声を発し、聖花は床に尻もちをついた。
頬は赤くなっていて、こちらを見つめる目が少し怯えている。
頭が真っ白になった。
「ごめん、だい、じょうぶ......か?」
しかし、こちらを怯える目を見て、どこか安心してしまう自分がいた。
それが気味悪くて思わずその場から逃げ出した。
「待って......!」
その声を振り切って、走り出す。
とにかく、遠くへ走った。目的地があったわけではなく、ただその場から少しでも離れたかった。
そして、気づけば私は校舎の裏側にいた。
しゃがみ込み、空を見上げる。
視界に映る雲や鳥たちが流れていき、何も考えられなかった。
「やっと、追いついた」
その声は、聖花だった。
慌てて立ち上がり、逃げようとする。
しかし、腕を力強く掴まれてしまった。
「触るな......!」
思わず拳が飛び出す。
聖花は鼻血を流していた。
しかし、今度は怯えた目をせず、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「響香ちゃん、私は、怖くないですよ」
どうして、逃げ出さない。
どうして、怯えた表情をしない。
どうして、私を恐れない。
私の体は震えていた。
「私は、貴方のこと、怖くないです。だって........................好きだから......!」
一瞬、頭が真っ白になる。
「............はあああ?」
「だからお願いです、貴方と、恐怖による縛りなんかではなく、対等な関係としてお付き合いさせてください!」
生まれて初めて向けられた真っ直ぐな好意だった。
「........................いい、けど」
「そ、それはオッケーということですか!」
「......そうだよ」
「やりましたーーーー!」
「うるせえ!」
それが、聖花との馴れ初めだった。
◆
部屋が静かだ。
余計な思考が逡巡する。
沈黙が恐怖を駆り立てる。
自分が孤独に陥っているのだという恐怖に。
「仇は殺したのに、まだ、まだ足りないのか?」
体が震えている。
怖い。怖い。怖い。
一人が怖い。
棚から睡眠薬を取り出し、摂取する。
最近ではこれでも眠れなくなってきた。
そんな時、スマホが鳴った。
画面を見ると、非通知からの着信だった。
「............」
もうどうなってもいい。
スマホを手に取り、応答した。
「響香ちゃん」




