ある日、彼女が消えた
思い出すのは、彼女の優しい笑顔。
ふとした瞬間に優しく微笑みかけるあの笑顔に、私は弱かった。
玉を転がすような優しくて気品のある声も、デージーのような匂いも、一つ一つの仕草の可愛らしさも、どれもこれも、遠い記憶として思い出される。
それなのに、いなくなってしまった。
彼女の写真を眺め、回帰される思い出に浸る。
ザーザーと降り注ぐ雨音が逡巡する記憶をかき消してくれる。
いつまで経っても、聖花は見つからない。
しかし、私には一つだけ心当たりがあった。
聖花は、以前からストーカー被害にあっていると教えてくれた。
きっと、そのストーカーが何か絡んでいるに違いない。
「誰......誰が、聖花を殺したの?」
◆
数日後、私は聖花のストーカーを探していた。
しかし、なかなか見つからない。
聖花の行きそうな場所、住んでいた場所の近くでストーカーについて聞きこみをしてみたりしたが、そんな情報は無かった。
行き詰まっていたある日、私の家に聖花の友人だという女性が訊ねてきた。
「貴方が、響香さんですよね?」
「そうですけど......貴方は誰ですか?」
「私は、橘 永花と言います」
「永花.......ああ、そう言えば聖花から聞いたことがあったな。最近友達になったって」
「はい。そうなんです。私、少し前まで病気のせいで醜い容姿をしていたんですけど、聖花さんはそんな私を笑うことは無く、一緒にいてくれました。今は治ってきたんですけどね」
確か、聖花は永花と三ヶ月前に出会ったんだったな。
話している内容も大体聖花が教えてくれた内容と一致する。
「......とりあえず、中に入って」
「今日はどうしてこんな場所まで来たの?」
永花は、真剣な顔つきで、三枚の写真を取り出す。
その写真は、聖花とある男が写っている写真と、その男が赤黒い染みのあるスーツケースを運んでいる写真だった。
「......聖花さんは、殺されたんです。この、写真の男に」
「......どういうこと?」
「......見て、しまったんです。あの男が、聖花さんの死体を運んでいる瞬間を......」
「それなら、私では無く、警察に行くべきじゃないの?」
「相手は大企業の息子で、入念な隠蔽がされていますし、警察も失踪事件としてしか捜査してくれません......それに、私はこの手で復讐を遂げたいんです。相手の犯行が立証できないなら、こちらの犯行だって立証出来なくすることも可能ですから」
「............」
共感はおおいにできる。
もしこの男が聖花を殺したのなら、私自身の手で殺したい。
だが、ここは、鵜呑みにせずに自分で調べてみたほうが良さそうだ。
「あの男は、聖花さんの優しさにつけ込んで、自分が聖花さんの彼氏だと周りに言いふらし、被害妄想をつのらせた末に殺人までした最悪のストーカーです! お願いです、一緒にあの男に復讐しませんか?」
「少し、考えさせて欲しい」
その日は永花には帰ってもらった。
まずは、永花の言っていることの信憑性を確かめなければならない。
永花に聞いた大学へ向かい、あの男を探した。
詳しい情報を聞いていたため、案外すぐに男は見つかった。
男は写真で見たときよりもかなりげっそりとしており、どこか顔色が悪そうだった。
私は変装してここの大学生のフリをしてさりげなくあの男について聞き回った。
セキュリティが甘く、部外者でも大学内に侵入できたのは運が良かったと言えるだろう。
聞き込みの結果、あの男は本当に大企業の跡取り息子で、聖花があの男の彼氏だというのは曖昧だった。
この大学には写真サークルがあり、外大学との交流もあるため、そのつながりで聖花はあの男と接点が出来たとわかった。
他に聞き込みで聞けた情報としては、男は三ヶ月ほど前からあまり聖花と会っていなかったらしい。
電話で話すくらいで、直接話すことはほとんど無かったそうな。
ただ、気になるのは、どうして聖花があの男の彼女のフリをし続けたかだが、騙されやすい聖花の性格からして、あの男に彼女のフリをするよう頼まれて断れなかったという可能性もあるか。
聖花の様子については違う大学というだけあってあまり詳しいことは聞けなかった。
聖花がストーカー被害に遭い始めたのが八ヶ月前。
男と付き合い始めたのはだいたい半年前。
この時系列のズレは気になるが、今はどうでもいい。
あの写真の男が確実に犯人かどうか確かめたうえで、殺す。
後日、私は永花を呼び出した。
「復讐するという件、一緒にやろう」
「本当に、いいんですか......?」
「聖花の仇は、この手で殺す」
私たちは、男を殺害する手法を話し合った。
まず、永花が男に電話をかける。
永花は聖花のように成りきり、男を死者からの電話であるかのように騙す。
男は聖花に対してそこまで親密な関係では無いため、表面的な部分さえ騙せれば、殺人を犯して不安定な精神性を揺さぶるには十分だ。
そして、こう言う。
『秘密をばらされたく無かったら、殺した場所まで来い』と。
そうすれば、男を誘い込むこともできるだろう。
もし、殺した場所に来いという言葉で来たのなら、それは殺した場所を知っている人物ということになる。
あとは、私が男を殺害し、永花がアリバイの証人となる。
その後、聖花が埋められた山へ死体を遺棄する。
こうすれば、男の死体も完全犯罪として処理できる。
三日後、私たちは犯行を行う。
「トモくん」
トモくんという言葉は、男が酔っている時に聞き出したようだ。
「私を殺した場所に来て」
男の様子は明らかに動揺しすぎている。
それに、『俺が─』と言いかけたあのタイミング、あれは俺が殺したと言っているようにも聞こえる。
永花は、男を上手いこと誘い出すことに成功した。
殺した場所を知っているということは、犯人で間違いないだろう。
かくして、私たちの復讐は成功した。
◆
数日後、男は行方不明として処理された。
聖花のいない日常は、とても退屈だ。
まるで、心にポッカリと穴が空いたように、日常の些細な楽しささえも、心から抜け落ちてしまう。
ピンポンと玄関のインターホンが鳴る。
玄関を開けると、そこには永花がいた。
「響香さん、こんにちは」
「最近、ほぼ毎日来ているよな」
「響香さんが心配なんですよ。聖花さんが死んでから、ずっと塞ぎ込んでいると言うか......」
「この手で、聖花の仇を討ったはずなのに、どうしても心が晴れない......もう、聖花と、二度と、会えないなんて......」
永花は眉尻を下げる。
「......私が付いてます」
「......いなくならないよな」
「いなくなりませんよ。だって、私たちは.......共犯者ですから」
永花の頬が少し紅潮しているように見えた。




