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レクサス逆転生――異世界育ちの俺、父さんの世界で科学文明を学ぶ  作者: しばたろう


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18/19

18初詣と妹との仕合

 ミオが話し終えたとき、部屋は水を打ったように静まり返っていた。


 誰も、すぐには言葉を発することができない。


「いやあ……不思議なことがあるもんだ」

 おじいちゃんが、ぽつりと息を吐いた。


「ミオちゃんの話が本当なら、世間を揺るがす大スクープだな」

 ケンジおじさんが、興奮を隠しきれない様子で言う。


「ミオ……なんだか、とてもドラマチックね」

 サクラは、どこか現実感の薄い声でそう呟いた。


 部屋はざわめきと興奮に包まれていく。


 その中で、俺は、ミオの話を、頭の中で反芻した。


「つまり、俺がこれからやるべきことは……」


 口に出しかけた言葉を、


 ミオが、すっと引き取った。


「そう。ハヤトノートを完成させること」


 その声には、迷いがなかった。



 その夜から、俺はノート作成に没頭した。


 現代技術を、あの世界へ持ち帰るための記録――

 ハヤトノート。


 残された時間は、一か月。


 間に合わせなければならない。


 ミオが、俺に集中力向上の魔法をかける。


 その効果は、俺のものとは比べものにならないほど強力だった。


 思考が澄み渡り、

 迷いなくペンが走る。


 まるで、頭の中の知識がそのまま紙へ流れ出していくようだった。


 俺がノートに向かい続ける横で、

 ミオは出来上がったページをぱらぱらとめくっている。


 そして――


「兄さん。ここ、何を言っているのか、さっぱりわからない」


 ……おいおい。


 こっちは集中してるんだぞ。

 今それを言うか?


 思わず文句を言いかけて、ミオの方を見る。


 だが――


 その表情は、予想外に真剣だった。


 ふざけている様子は、一切ない。


 そこで、はっとする。


 ――そうか。


 ミオは、本気で言っているのだ。


 王国で、俺と同じ水準の教育を受けているミオが理解できない。


 ということは――


 あの世界の、ほとんどの人間が理解できないということだ。


 どれだけ高度な技術を書いても、

 理解されなければ、意味がない。


 俺は、完全に“自分のためのノート”を書いていた。


 その事実に気づき、胸の奥がひやりと冷える。


 ――これは、違う。


「ミオ。助言ありがとう。どこがわかりにくい?」


 俺はペンを持ち直した。


 ミオの指摘を受けながら、

 補足説明を書き足す。


 言葉を砕き、

 図を描き、

 構造を分解する。


 誰が読んでも理解できるように。


 それが、

 このノートの本当の価値なのだから。



 そして、大晦日。


 高校のみんなで初詣に行くことになり、

 ミオも一緒に連れていくことにした。


 待ち合わせ場所には、

 サクラ、ハルカ、武田、山下がすでに集まっていた。


 俺はミオを紹介する。


「普段、離れて暮らしてる妹だ」


 それだけにとどめておく。


 余計な説明は、いらない。


 武田が、ミオとサクラを交互に見て――


 そのまま固まった。


 目を見開いたまま、完全停止。


 ……まあ、無理もない。


 好きな子に雰囲気が似ている女の子が、もう一人現れたのだから。


 とはいえ、分かりやすすぎるだろう、この反応。


 こいつは本当に……。


 一方で、ミオはというと――


「お話は兄から聞いています。お姉さんって呼んでもいいですか?」


 などと、ハルカに話しかけている。


 ……ミオ、ちょっと黙れ。



 神社は、人で溢れていた。


 初詣の参拝客で、境内はぎゅうぎゅうだ。


 日本の文化に、ミオは興味津々だった。


 特に――露店。


 わたあめ。

 りんごあめ。

 やきそば。


 一つ食べるたびに、目を輝かせて感嘆の声を上げる。


「すごい……こんな食べ物が……!」


 その反応に、みんなが首をかしげる。


「そんなに珍しいか?」


 そりゃそうだ。


 だが、ミオにとっては、すべてが異世界なのだから。



 やがて、参拝の順番が回ってくる。


 俺は手を合わせ、静かに祈った。


 ――どうか。


 俺のノートが、無事に父さんに届きますように。



 帰り際。


 空気が緩んだ、その瞬間だった。


「タカセ・ミオ」


 武田が、突然口を開いた。


 場の空気が、一気に引き締まる。


「ハヤトより強いと聞いている。俺と手合わせしてくれないか!」


 ――は?


 一瞬、全員が固まった。


 ああ、そうだ。


 以前、俺がうっかり「ミオは俺より強い」と口を滑らせたことを思い出す。


「こら、武田! またそんなこと言って!」

 サクラが指をさして、たしなめる。


 だが、武田は一切引かない。


 真剣そのものの表情だ。


「仕合の申し入れですね? 光栄です。お受けしましょう」


 ミオは、即答した。


 しかも、真顔で。


「受けるの!?」

 サクラが絶句する。


 無理もない。


 だが――


 王国では、仕合の申し入れなど日常茶飯事だ。


 ミオにとっては、これが自然な対応なのだろう。


「場所は、どこで?」


 ミオが淡々と続ける。


「そうだな……また教師に見つかるとまずいし……」


 武田がちらりとこちらを見る。


 完全に、助けを求める目だ。


 ……仕方ない。


 俺は少し考えてから口を開いた。


「学校の剣道場はどうだ? 今は冬休みだし、朝なら誰もいない」


 それは名案だ、ということになり――


 明後日の早朝、剣道場で仕合が決まった。


「よろしく頼む!」


「こちらこそ」

 ミオが手を差し出す。


 武田は一瞬、どうしていいかわからないように固まった。

 それでもすぐに気を取り直し、ぎこちなくその手を握り返す。


 そして、まっすぐ見つめ返す。


 その視線は、静かで――

 そして、熱い。


 ……いや待て。


 この男。


 もし勝ったら、そのままミオに告白でもしかねない勢いだな。


 ほんとにこいつは……。


 この、浮気者め。

 


 早朝の剣道場。


 ひんやりとした空気の中、

 道場の中央で、武田とミオが向かい合っていた。


 武田は、なぜか気合十分に空手着姿。

 対するミオは、サクラから借りた体操服。


 あまりにも対照的な二人だった。


 俺は、その間に立ち、審判として二人を見据える。


 ギャラリーは、サクラ、ハルカ、山下。

 初詣のときと同じ顔ぶれだ。


「すげえ……本当にやるのか……」

 山下が小声でつぶやく。


 俺は静かに手を上げた。


 武田が構える。

 鋭い眼光。全身に力がみなぎっている。


 対して、ミオは――


 自然体。


 力みも、気負いもない。


 一見すれば、勝負は明らかだった。


 気迫に満ちた武闘派の男と、

 どこにでもいそうな女子高生。


 だが――


(武田。油断するな。本気で行け)


 俺は、心の中でそう告げる。


「はじめ!」


「セイヤッ!」


 武田が踏み込む。


 速い。


 だが――


 その瞬間。


 ミオは、すでに武田の懐にいた。


 まるで、最初からそこにいたかのように。


 距離が、消えている。


 ミオの手刀が、そっと武田の首筋に触れていた。


「……?」


 武田の目が、理解を拒む。


「一本!」


 俺は、即座に宣言した。


 道場が、凍りつく。


 沈黙。


 ほんの一拍のあと――


「うわっ……!」

「すごっ……!」

「なに今の!?」


 歓声が一気に爆発した。


 だが――


 当の武田は、動かない。


 その場に立ち尽くしたまま、顔色がみるみる青くなる。


 無理もない。


 あの速度。

 あの間合い。


 理屈ではなく、“死”の気配として体で感じたはずだ。


 ミオは静かに離れ、元の位置へ戻る。


 その動きすら、音がしない。


 やがて武田は、膝から崩れ落ちた。


 手をつき、荒く息を吐く。


「……すげえ」


 絞り出すような一言。


 それでも、武田は顔を上げる。


 震える足で立ち上がり、ミオをまっすぐ見る。


「もう一本、お願いします」


 その声には、確かな意思があった。


「はい」


 ミオは、あっさりとうなずく。


 二人は、再び向かい合う。


「はじめ」


 今度は、武田が攻めた。


 踏み込み、突き、連打。


 先ほどよりも速い。鋭い。


 だが――


 ミオは、すべてを受ける。


 軽くいなし、流し、かわす。


 まるで――


 稽古をつけているように。


 そして。


 一瞬の隙。


 カウンター。


 ――ドン。


 鈍い衝撃音。


 武田の体がくの字に折れ、その場に崩れ落ちた。


「一本」


 もはや、誰も声を出せない。


 サクラも、ハルカも、山下も。


 全員、口を開けたまま固まっている。



 結局、三本。


 すべてミオの一本。


 文字通りの完敗だった。


「ありがとうございました」


 ミオが手を差し出す。


 武田は、その手をしっかりと握った。


 今度は、ためらいはない。


「お前……すげえよ」


 その目は、熱く、わずかに潤んでいる。


 尊敬と、興奮と、悔しさ。


 全部が混ざった目だった。


 ……が。


 おい、武田。


 そろそろ、その手は離しなさい。

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