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レクサス逆転生――異世界育ちの俺、父さんの世界で科学文明を学ぶ  作者: しばたろう


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17/19

17すべては、この日のために

 家に帰ると、すでにミオとサクラが帰ってきていた。


「ドーナツ、おいしかった!」


 ミオが目を輝かせて言う。


 その足元には、いくつもの紙袋。


「かわいい服とか、いっぱい買っちゃった」


 どうやら、おじいちゃんからもらった軍資金は、きれいに使い切ったらしい。


 サクラも、どこか満足げに微笑んでいた。



 しばらくして、アケミさんとケンジおじさんがやってきて、ミオと顔を合わせた。


 ふたりとも、ミオに興味津々だった。


「不思議なことがあるものね。」

「いや、たしかに、ハヤトくんに似ているなあ」


 やはり、俺の前例があるためだろう。

 この非現実的な出会いをすんなりと受け入れたようだ。


 皆で夕食となった。

 食卓に並んだのは、すき焼きだった。


 ぐつぐつと煮える鍋。

 甘辛い香りが、部屋いっぱいに広がる。


 牛肉をとき卵にくぐらせ、口に運ぶ。


 ミオが、一口食べて、目を見開いた。


「……すごく、おいしい」


 少し驚いたように、続ける。


「こんな食べ方、思いつかなかった」


 その反応に、サクラが楽しそうに笑った。


 笑い声が、何度も食卓に弾ける。



 食事が終わり、湯のみを手にした頃。


 自然と、話題は俺のこれからのことへと移っていった。


「おじいちゃんとおばあちゃんのことは、気にしなくていいからね」


「ハヤトが、お父さんとお母さんのところに戻るって決めても、私たちは構わないからね」


 やわらかな声。


 だが、その奥にあるものは、痛いほど伝わってくる。


 ――本当は、引き止めたい。


 それでも、俺に選ばせようとしてくれている。


 その優しさが、胸に刺さる。


 昔。


 自分たちの息子が、突然いなくなった。


 そして今――


 孫まで、いなくなろうとしている。


 その現実を思うと、胸が締めつけられる。


 視線が、わずかに揺れる。


 父さん。

 母さん。


 あの世界の家族の顔が、浮かぶ。


 十五年。


 当たり前のように過ごしてきた日々。


 失いたくないものが、そこにも確かにある。


 ――それでも。


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


「ミオ」


 静かな声。


「俺は、決めたよ」


 部屋が、静まり返る。


「俺は――この世界に残る」


 言葉にした瞬間、不思議と迷いは消えていた。


 おじいちゃんとおばあちゃんの肩から、力が抜けるのが見えた。


 おじいちゃんが、小さく息を吐く。


「……ハヤト、いいのかい」


「うん。決めたんだ」


 まっすぐに答える。


 サクラは何も言わず、ただ俺を見つめていた。

 そして、ふっと微笑んだ。

 


 やがて。


 ミオが、ゆっくりと口を開いた。


「兄さんのその覚悟で――」


 一度、言葉を区切る。


「この先、私たちが進む道が、今、確定したわ」


 その言葉の重み。


 この決断が、俺ひとりのものではないことを、突きつけてくる。


「では――約束通り、すべて話すわね」


 まっすぐに、俺を見る。


「私が、この世界に来た理由を」


 静かに。


 だが、確かな意思を込めて。


 ミオは、語り始めた。

 


 ある日、突然。


 兄さんが――レクサスごと、消えた。


 跡形もなく。


 父さんも母さんも、会社のみんなも、必死に探した。


 森も、街も、道という道を。


 それでも――何ひとつ、見つからなかった。


 事故の痕跡すら、なかった。


 やがて、誰かが言った。


 ――神隠しだ、と。


 父さんも母さんも、否定しきれなくなっていった。


 そして、少しずつ――諦めかけていた。


 ふたりとも、ひどく憔悴していた。



 それから、ひと月ほど経ったある日。


 いつものように、家族で夕食を囲んでいたときだった。


 ふいに――


 外から、エンジン音が近づいてくるのが聞こえた。


 その音に、全員が顔を上げた。


 止まる。


 家の前で。


 一瞬の静寂。


 そして、全員が同時に立ち上がった。


 ――兄さんだ。


 誰もが、そう思った。


 玄関を飛び出す。


 夕焼けの中、ヘッドライトが庭を照らしていた。


 そこにあったのは――


 レクサス。


 見間違えるはずもない。


「ハヤト!」


 父さんと母さんが叫び、駆け寄る。


 ドアが開く。


 降りてきたのは――


 兄さんじゃ、なかった。


「……ミオ?」


 そこに立っていたのは、私だった。


 夕焼けに照らされて、輪郭が浮かび上がる。


 けれど。


 違う。


 明らかに――私よりも背が高い。


 顔つきも、大人びている。


 まるで、大人になった私。


 もうひとりの、ミオ。


 そのミオは、すべてを見通しているような静かな目で、


 父さんと母さんに、ゆっくりと言った。


「兄さんは生きている」


 一拍。


「父さんの生まれ故郷――日本で暮らしているよ」



 その場は、大混乱だった。


 当然だと思う。


 一番混乱していたのは、きっと――私だ。


 だって。


 目の前に、“大人の自分”がいるのだから。


 理解なんて、追いつくはずがない。


 そんな私に、


 大きいミオは、静かに歩み寄ってきた。


 そして。


 私の手に、何かを握らせる。


 レクサスのキーだった。


「ミオ」


 まっすぐに見つめてくる。


「次は、あなたの番よ」


 言葉の意味が、わからない。


 声も出ない。


 ただ、立ち尽くす私に向かって――


 大きいミオは、続けた。


「あなたは、十五歳になったら、このレクサスに乗って、兄さんに会いに行くことになる」


「そして――そこから帰ってきたのが、この私」



 ひとまず、全員で家に戻った。


 テーブルにつく。


 父さんは、静かに状況を整理していった。


 そして、ひとつの結論にたどり着く。


「……15歳のミオは、この世界からあちらの世界に転移したときに、時間のずれが生じたんだ」


「世界を越えると同時に、時間も越えた」


「だから――」


 ゆっくりと、言葉を重ねる。


「この世界には今、“二人のミオ”が存在している」


 現在のミオと、


 未来から戻ってきたミオ。



 にわかには、信じられない話だった。


 けれど――


 次の行動で、それが現実だと突きつけられる。


 大きいミオは、カバンを開いた。


 中から取り出したのは、


 一通の分厚い封筒と、十冊ほどの書物。


「これ……兄さんから」


 封筒には、はっきりと書かれていた。


 ――父さん、母さんへ。


 父さんが、震える手で封を切る。


 中の手紙を広げる。


 そして。


 最初の一行を読んだ瞬間、息を止めた。


「……」


 ゆっくりと、声に出す。


「父さん。鋼は、鉄に炭素を混ぜて作るんだ」


 それは。


 あまりにも――兄さんらしい書き出しだった。



 十冊の書物。


 そこには。


 日本で学んだ技術が、びっしりと書き込まれていた。


 車。


 鉄。


 加工。


 仕組み。


 すべて。


 兄さんが、この世界に持ち帰ろうとしたもの。


 ――未来を変えるための知識。

 


 それから、もう一人のミオとの、奇妙な共同生活が始まった。


 最初のうちは、家族にも戸惑いの色があった。


 けれど――


 時間とともに、それはゆっくりと日常へと変わっていった。


「ごはんよー。ちょっとミオ、ミオを呼んできてちょうだい」


 そんな会話が、ごく自然に交わされるようになる。


 “ミオが二人いる”という異常は、

 いつしか、当たり前の風景になっていた。



 父さんは、兄さんの書物を会社の研究室のメンバーに披露した。


 車づくりが百年早まる――


 誰もが、そう断言した。


 その内容に、研究者たちは息を呑んだという。


 兄さんの残したそれは、やがてこう呼ばれるようになる。


 ――ハヤトノート。


 その日を境に、車づくりのための基礎研究は、

 目に見えて――速度を増していった。



 大きいミオは、父さんの会社に入社し、研究室に配属された。


 あちらの世界で兄さんと過ごし、

 ハヤトノートの内容を理解している彼女は、


 “翻訳者”として、なくてはならない存在になった。



 私も――


 大きいミオから、たくさんの話を聞いた。


 あちらの世界のこと。

 兄さんのこと。


 会ったことのない、もう一人のおじいちゃんとおばあちゃん。

 そして、従妹のサクラちゃん。


 そのすべてが、少しずつ現実味を帯びていく。


 いつか会える日が、楽しみになっていた。



 父さんも母さんも、すっかり元気を取り戻していた。


 兄さんが生きていること。

 そして、自分の夢に向かって進んでいること。


 それがわかったから。


 ――そして。


 大きいミオが、まるで兄さんの分の元気まで

 持ってきてくれたかのようだったから。



 やがて、月日は流れ――


 私は十五歳になり、成人した。


 父さんに教わりながら、レクサスの運転席に座る。


 アクセルを踏む。


 エンジンが応える。


 その感覚は、不思議と懐かしかった。


 ――兄さんも、こうして走り出したのだろう。



 そして。


 その日が、やってきた。


 旅立ちの日時は、大きいミオが正確に覚えていた。


 すべては、決まっている。


 変えてはいけない。



 家族が見守る中、私はレクサスに乗り込む。


 この役目は――


 私じゃなければならない。



 父さんと母さんは、もう泣かなかった。


 私が、無事に戻ってくることを知っているから。


「ミオ、これを――おじいちゃんとおばあちゃんに渡してくれ」


 父さんから、分厚い封筒を受け取る。


 何日もかけて書かれた手紙。


 突然いなくなったことへの謝罪。

 両親を想う気持ち。

 会いたいという願い。


 この世界で夢を追いかけていること。


 そして――


 自分の息子を、どうかよろしくと。


「わかった。必ず、渡す」


 私は、まっすぐに答えた。



「じゃあ、行ってきます。

 ミオ。みんなを、よろしく頼んだわよ」


「こっちは任せて」


 大きいミオと、しっかりと手を握る。


 それは、過去と未来を繋ぐ握手だった。



 私は、レクサスを走らせた。


 夕日に照らされた道を、まっすぐに進む。


 風が、頬をなでる。


 エンジン音だけが、世界を満たしていた。



 ――そして。


 その時刻が訪れたとき。


 景色が、ふっと消えた。



 気がつけば。


 私は、暗闇の中でハンドルを握っていた。


 レクサスは、止まっている。


 フロントガラスの向こうに広がるのは、

 見慣れない世界。


 静寂。


 夜空の雲の隙間から月が覗いている。



 ふと、誰かが、こちらへ歩いてくる。


 足音。


 影。


 そして――


 その姿が、はっきりと浮かび上がる。



 兄さんだった。

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