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第91話:崩れゆく前線

最初に崩れたのは、

叫びではなかった。


――沈黙だった。


バルザークが一歩進む。


それだけで、

前線に張り詰めていた均衡が、

糸のように静かに切れた。


誰も命令を出していない。

誰も逃げろと言っていない。


それでも――


王国兵の列が、

わずかに後ろへずれた。


たった半歩。


だが戦場において、

その半歩は致命的だった。


押し返していたはずの槍列が、

形を崩す。


盾の重なりが緩み、

隙間が生まれる。


そこへ――

何かが、通り過ぎた。


斬撃は見えない。

音もない。


ただ、

兵士が一人、消えた。


血も、悲鳴も残らない。

最初から存在しなかったかのように。


「……え……?」


隣に立っていた若い騎士が、

理解できずに目を見開く。


次の瞬間。


その騎士も――

消えた。


遅れて、

空間だけが歪んだ。


それが斬撃だったのだと、

誰もが理解した。


理解した瞬間、

恐怖が臓腑を掴む。


「に、逃げ――」


言い終わる前に、

声の主が消える。


後方で誰かが走り出す。

それが連鎖する。


統率ではない。

本能だけの後退。


敗走の始まりだった。


バルザークは、

歩いているだけだった。


剣を振る必要すらない。


ただ存在するだけで、

前線が削れていく。


兵士の影が、

バルザークへ引きずられるように伸び、

溶けるように沈み込み、同時に本体が欠落していく。


気づいた時には、

身体の半分が消えている。


悲鳴は、続かない。


声帯ごと、

虚無に呑まれるからだ。


盾兵が必死に列を組み直す。


「止まれ! 隊列を――」


号令ごと、

指揮官の上半身が消失した。


残った下半身が、

数歩だけ前に進み――崩れ落ちる。


それを見た瞬間。


多くの兵士の心が、ぽきりと折れた。


崩壊は、

もう止められない速さで広がった。


押しとどめる線なんて、

もうどこにもない。


逃げ遅れた兵が、次々と

見えない断絶に触れて消えていく。


いや、触れたという感覚すらない。

ただ、存在が削除される。


戦場から、

人の密度が、

目に見えて減っていく。


音もなく。

秩序もなく。


ただ、静かに。


遠く後方。


伝令の少年が、震えながらその光景を見ていた。


「……嘘、だろ……」


勝ってた。

確かに、勝っていたはずだった。


それが今、

数分で、全部ひっくり返されている。


これは戦いじゃない。


――ただの、消去だ。


理解した瞬間、

膝がガクガク震えた。


それでも――走る。


伝えなきゃいけない。


このままじゃ、

全部、終わる。


ーーー


中央戦線、左翼の前列。


異変に最初に気づいたのは、

視界の端で前線が崩れ始めた瞬間だった。


「……何が、起きてるんだ」


一真の声が、低く沈む。


彼の炎が、揺れている。

主の動揺をそのまま映すように。


美咲が、息を呑んだ。


「……前が……なくなってる……?」


崩れているんじゃない。

――消えている。


その異常さが、頭を拒絶する。


次の瞬間。


地平の向こうで、

空間そのものが、裂けた。


遅れて。


中央戦線の兵士たちが、

一瞬で、まとめて消滅した。


炎も、水も、

防御陣も、何の意味も持たない。


存在ごと、削除。


静寂。


誰も、言葉を出せない。


そして――


恐怖だけが、

じわじわと、広がっていった。


崩壊は、もう止められる段階を過ぎていた。


中央に立つ、ただ一人の存在が、

戦場そのものを書き換えている。


――バルザーク。


その名前が、

遅れて、恐怖として伝播していく。


でも。


気づいた時には、もう遅い。


誰も――

踏みとどまれなかった。


止まれば消える。

振り返れば遅れる。


理屈じゃない。

本能が、足を無理やり後ろへ引っ張っていた。


統制なんか、もうない。

抗いようのない崩流だった。


風さえも、息を潜めたように止み、

場違いな静けさが広がる。


本来そこに満ちているはずの、


怒号も。

鉄のぶつかり合いも。

魔力の奔流も――


すべて、途切れている。


残っているのは、

削り取られていく戦場の、

深い静寂だけだった。


一真は答えない。

ただ、視線を逸らさなかった。


燃えている。

まだ、炎は消えていない。


でもそれは、

勝利のための火じゃない。


押し潰されそうな絶望に、

飲み込まれないための――

最後の灯りだった。


視線の先。


中央戦線の遥か向こう。


――バルザークは、

変わらず歩いている。


急がない。

誇示もしない。


ただ、当然のように、

こちらへ至る軌道を進んでくる。


その一歩ごとに、

世界の輪郭が、薄れていく。


わかってしまう。


これは戦闘じゃない。


技量でも、

兵力でも、

意志のぶつかり合いでもない。


「抗う」という概念自体が、

もう成立していない。


もしあれがここまで来たら――


終わるのは前線だけではない。


王国も。

街も。

家族の笑顔も。

日常のすべてが、

同じ静けさに沈む。


それでも。


一真は、わずかに前へ踏み出した。


勇気なんかじゃない。

覚悟でもない。


ただ、ここで止めなければ――

本当に何も残らないと知っているから。


――その瞬間。


空間が、歪んだ。


兆しすらない一閃が、

一直線に到達する。


反応できたのは、ただ一人。


「――っ、来るぞ!!」


健吾が吼えた。


鎧が悲鳴を上げ、

加護が限界を超えて唸る。


創造されたのは、

防御の極み。


進化した――

《重絶の盾》。


重力が一点に凝縮し、

衝突の瞬間、逆流する。


弾く。

逸らす。

受け流す。


理論上は、完璧だ。


だが――


ぶつかった瞬間。


すべてが、軋んだ。


重力が悲鳴を上げ、

空間がビキビキと裂け、

盾そのものが沈み込んでいく。


重力反衝も、

重圧崩滅も、

全力で発動しているのに――


それでも。


意味が、ない。


防いだのではない。


死の軌道を、

ほんのわずか数センチだけ捻じ曲げただけ。


それでも――

この一帯が、跡形もなく消滅せずに済んだ奇跡だった。


健吾の膝が、

ガクンと沈む。


装甲が粉々に砕け、

血が噴き出し、

体が前のめりに崩れ落ちる。


加護を持つ者ですら、

立っているのがやっと。


――それだけの、

圧倒的な差。


遠く。


バルザークの足が、

ピタリと止まった。


視線が、合う。


測られた。


ただそれだけが、

はっきりと理解できた。


――次の一歩が、

世界の境界線になる。


静寂が、さらに深く、重く、沈んでいく。


前線は、まだ、

音もなく崩れ続けていた。


そして――

バルザークが、

もう一度、足を上げた。

第91話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)


ちなみに、健吾の使用した装備の詳細をまとめておきます。

過去話で登場済みですが、復習用にどうぞ。



■装備メモ


重絶じゅうぜつの盾》

特性①:重力反衝(攻撃を受けると、衝撃点に重力波を逆流させて敵を弾き飛ばす)

特性②:重圧崩滅じゅうあつほうめつ(一定範囲に極限の重力場を展開し、敵の骨格・装甲・結界などを強制的に押し潰すほどの圧力を発生させる。範囲内の敵は徐々に地面にめり込み、動きを奪われた末に圧壊する)

特性③:反動無効(重力発生による使用者への負荷を軽減し、長時間の展開や複数回の発動にも耐えられる)


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

第92話『世界を奪う影』


つい先日まで、

優勢を保っていたはずの戦場。


だが今、

地平を埋め尽くす軍勢が、

その均衡を踏み潰していた。


増援。

さらに増援。

終わりの見えない物量。


「……まだ来るのかよ……」


隊列が崩れ、

指揮が途切れ、

撤退が連鎖する。


そして――


───────────────

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