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第89話: 常闇の苗床

「ヴァルミラッ!!」


ほとんど同時だった。


床を抉る衝撃と共に、

セレスが飛び込む。


魔力を圧縮した純粋な殺意だけが、

一直線に放たれる。


――ドガァン!


放たれた氷の槍は、起き上がりかけたヴァルミラの横腹を容赦なく貫いた。


遅れて、鋭い風鳴り。


「悠真っ!!」


リィナの矢だ。

迷いも躊躇もない、必殺の一射。

心臓を正確に射抜く軌道で、氷槍とほぼ同時に突き刺さる。


二撃。

完璧に噛み合った連携。

確実に殺すための速度。


なのに――


ヴァルミラは、防がなかった。


回避も、迎撃も、結界も張らない。

ただ、そのすべてを受けた。


衝撃で身体が大きく揺れる。

鮮血が、宙に散った。


それでもなお――


彼女の視線は、微動だにしない。


見ているのは、ただ一つ。

悠真の手の中の剣だけ。


「……遅いわ」


静かな、冷たい断定。


氷槍が肉を抉り、

矢が胸を穿っても、

ヴァルミラは一歩、前へ出た。


「この瞬間に――

私が生き延びる意味なんて、最初から無い」


セレスの奥歯が、砕けそうなほど軋んだ。


分かっていた。

ずっと索敵していた。

それでも――間に合わなかった。


(まさか……狙いが悠真じゃなくて、

進化そのものだったなんて……!)


剣の下で、全てを犠牲にした魔法陣が完成する。


それは床に描かれたものじゃない。

ヴァルミラ自身の血と魔力で、

“空間そのもの”に、命を刻み込んだ陣。


悠真の腕が、完全に縫い止められる。


「……くそ……!」


力を込める。

だが剣はもう、彼の意志に従わない。


悠真は、動けなかった。


腕が、鉛のように重い。

いや――違う。


剣が、離さない。


逃がさない。


この進化は、悠真の意思だけを求めているわけじゃなかった。

彼という「存在」そのものを、工程の一部として固定していた。


「……だめだ……」


掠れた声が漏れる。


ヴァルミラの動きには、苦痛も恐怖も焦りもない。

ただ、“予定通り”という静かな確信だけ。


「……ねえ、ユウマ」


目を閉じ、余韻を味わうように息を吐く。


「あなたは、進化を“力を与えるもの”だと思ってた」


寝台から血を滴らせながら足を下ろす。

なのに歩みは、異様に穏やかだった。


「でも違う」


足元の空間が、音もなく歪む。


「進化は――終わりを完成させる装置よ」


悠真の頭の中で、全てが一瞬で繋がった。


鑑定を拒んだ膜。

段階を踏ませる構造。


触れた瞬間にだけ反応する異常な設計。


(……最初から)


(最初から、この瞬間だけを想定して動いていた……!)


「……ヴァルミラ……!」


名前を叫んだ瞬間。


彼女は目を開き、

澄み切った瞳で微笑んだ。


そこに人の揺らぎは、もうない。


願いを終点まで運びきった者の、

凍てついた充足だけ。


「大丈夫」


やわらかい声。


「これは、自己犠牲なんかじゃない」


彼女は、悠真の剣へ――自分から歩み寄った。


「これは……操作よ」


刃が、胸元に触れる。


血はまだ流れていない。


なのに、剣が待っていた場所に、

彼女の心臓がぴたりと嵌まる。


「進化には、“願い”が必要」


静かに告げる。


「それも……一番強い願いが」


悠真の喉が、ひくりと鳴った。


「……やめろ……!」


腕に力を込める。

離そうとする。


だが剣は動かない。


完成を、拒まない。


「これはね――かつて魔王様が世界を震撼させた最強の剣」


剣に、胸を重ねる。


「――とてつもなく深い闇を宿した剣になるための、苗床」


「生きてる私より」


彼女は、一歩、踏み込んだ。


「――死に向かう私の方が、

 ずっと、綺麗に刻めるでしょう?」


次の瞬間。


自分で、刺した。


剣を振ったわけじゃない。

ただ、身体を預けただけ。


刃が、心臓へ沈む。


音はない。


叫びも、ない。


あるのは――剣が満たされた、確かな感触だけ。


「……っ!!」


悠真の視界が反転する。


剣が、歓喜した。


魔力が、暴流のように溢れ出す。

抑制はない。

停止もない。


進化が、完成工程へ突入する。


セレスが、歯を食いしばる。


「……間に、合わな……ッ!」


リィナが、声にならない悲鳴を上げる。


それでもヴァルミラは、

剣に貫かれたまま――穏やかに悠真を見た。


最後の力を振り絞って、彼女は囁いた。


「あなたが今、完成させてくれる」


命が吸われていく。

魔力じゃない。

存在そのものが、素材へ変換される。


「進化は……願いを叶える力でしょう?」


血を吐きながら、囁く。


「だから私の願いは――」


剣が鳴いた。


金属音じゃない。

世界の裏側が軋むような、深い音。


「この剣を、“絶対悪”に完成させること」


その瞬間。


悠真と剣の繋がりが、完全に遮断された。


封呪。


完成工程以外の干渉を、すべて排除する最終処理。


「やめろォォ!!」


叫びは届かない。


剣は選ばない。

ただ呑み込むだけ。


光が闇へ反転し、漆黒が定着する。


そして、


剣が――完成した。


――悠真には、はっきりと見えなかった。

ただ脳裏に、一瞬だけ、漆黒の文字が浮かんだ。


《常闇》


ヴァルミラは、微笑んだ。


「……さあ」


血に濡れた唇が、かすかに動く。


「これで、世界は――ちゃんと、壊れる」


力が抜ける。

身体が、ぷつりと崩れ落ちた。


悠真の足元に、

現実として、死だけが残った。


そして、

悠真の手の中で、

静かに、深く、すべてを拒絶する闇を宿した刃だけが。


――願いは、刻まれた。


その直後。


世界から、音が消えた。


爆音でも、衝撃でもない。

ただ、あまりにも静かに――戦場という概念だけが、切り取られた。


誰も、動けない。


いや。


動く意味が、消えていた。


床に広がっていた魔法陣が、

遅れて――反転する。


発動でも崩壊でもない。


最初から組み込まれていた、完成後の処理。


回収。


ただそれだけの、

冷酷な工程。


「……ま、て……」


悠真の喉が震える。


自分の声なのに、どこか遠い。


指の感覚が、

一枚ずつ剥がれていく。


握っている。

確かに握っているはずなのに。


剣の重さだけが、

現実から外れていく。


そこにあるのに、

もう触れられない。


まるで――

この場に存在する権利そのものが、

失われていくように。


セレスが何かを叫んでいる。

言葉は届かない。

口が動いているのだけが見える。


リィナの矢が落ちる。

乾いた音すら、しない。


遅れて理解した。


これは静寂じゃない。


世界そのものが、一段、深い場所へ沈んでいる。


だから――届かない。


闇が、刃の輪郭を溶かしていく。

黒じゃない。影でもない。

光の裏側。

意味を持たない深度。


それが、ゆっくりと輪郭を現す。


空間が、沈む。

引きずり込まれるのではない。

還る。

最初から決められていた場所へ。


ヴァルミラが命で開いた、最後の門。


「……やめ……ろ……」


止める方法は、もう無い。


それでも、言葉だけが漏れる。


指に、力が入らない。

距離は、ゼロだ。

それでも――永遠より遠い。


闇が、閉じる。


最後に見えたのは、

底も、境界も、救いもない――完全な深淵の色。


そして。


"常闇の剣"は、消えた。


音は、戻らない。


誰も、すぐには理解できない。


何かを失ったわけじゃない。

破壊されたわけでもない。


取り返しがつかないのは――

完成してしまったからだ。


その事実だけが、胸にずしりと落ちてくる。


悠真の手の中には、もう何もない。


残っているのは、体温を失い始めた自分の指先だけ。


どれだけ握っても、もう二度と――何も掴めない手。


沈黙。


長く、

どこまでも長く続く空白。


その最奥で。


――誰もいないはずの深度から。


かすかに。


笑い声が、響いた。


歓喜でも、嘲笑でもない。

ただ、結果を受け取った者の――無音の肯定。


悠真は、まだ気づいていなかった。


自分が今、世界を負けさせたことに。

第89話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

第90話『戦場に落ちた漆黒』


それが、落ちてきた。


速くはない。

むしろ、ゆったりと。


重力に従ってるのかすら怪しい軌道。


黒い、細長い影。


やがて形がはっきりする。


――剣だ。


ただの一振りの、剣。

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