表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/109

第88話:願いの完成

補給路の向こうで、

誰かが名を呼んでいた。


雑音に紛れて、

はっきりとは聞き取れない。

だが悠真は、振り返らなかった。


今は、剣から意識を離したくなかった。


歩くたび、布越しに伝わる感触が、

さっきよりも“確か”になっている。

鼓動ではない。

だが、ただの錯覚とも思えない。


(……落ち着け)


自分に言い聞かせる。

進化は意思がなければ始まらない。

まだ、何も命じてない......はずだ。


そう思った、次の瞬間だった。


背後で、誰かが駆ける足音。

乱れた呼吸。

切羽詰まった声。


「悠真様……っ!」


振り向くと、

治療兵の一人が立っていた。

顔色が悪い。


「さ、さっきの女兵が……

容体が急変しました……!」


胸が、わずかに強く鳴る。


「急変?」


問い返した声は、

思ったより低かった。


治療兵は一瞬だけ息を詰まらせ、

必死に言葉を整える。


「脈は一度、安定してたんですが……

理由が分からないまま……急に、落ち始めて……

意識も……戻ったり、遠のいたりで……」


「今は、呼びかけても、

ほとんど反応がありません……!」


悠真は、剣を握る手に力を込めた。

さっきよりも明らかに強く、

布の下で何かが脈打っているような――


錯覚だと言い聞かせても、

もう誤魔化せないほどに。


――まるで、

急げと言われているみたいだ。


「......今すぐ行きます」


短くそう告げ、歩き出す。

治療兵は慌てて前を走り出した。


補給路を引き返す間、

剣は再び静まり返っていた。

だがそれは、眠っているというより――

息を潜めて、待っている沈黙だった。


医療テントに入ると、空気が違った。

騒がしさではない。

張りつめた静けさが、

張り付くように漂っている。


簡易寝台の上で、

女兵は横たわっていた。

目は開いている。

だが、焦点が合っていない。


「……来て、くれたんですね」


声は、前よりもかすれていた。

それなのに、不思議と芯があった。


「……無理に喋るな。体を休めないと」


「……だめ……今、言わないと……間に合わない……」


悠真は、ゆっくりと寝台の傍へ寄る。

剣を抱えたまま。


彼女の視線が、剣に落ちた。

一瞬だけ、確かな安堵が浮かぶ。


「……お願い、があります」


逸らさず、悠真を見る。


「……もし、この剣が呪われているのなら……」

「父の魂も……ずっと苦しんだまま……ですよね……?」


唇がわずかに震える。

だが、瞳の奥は妙に澄んでいた。


「それでも……あなたなら」

「終わらせて、くれますか?」


テントの中の空気が、止まった。


それは“武器を強くしてほしい”という願いじゃない。

“誰かの終わりを、引き受けてほしい”という言葉だった。


悠真は剣を見る。

そして、彼女を見る。


偶然じゃない。

この場に呼ばれた理由を、

否定できなかった。


「……終わらせるっていうのが、

救うって意味なら」


ゆっくりと、剣を持ち替える。


「......俺がその救いを引き受ける」


その瞬間だった。


剣の内側で、何かが“はっきりと”目覚めた。

布越しにも伝わるほど、確かな反応。


抑えきれない脈動が膨張を続け、

今にも爆発する寸前のように、

膨れ上がっていた。


女兵の瞳が、ほんの一瞬だけ――

安堵ではない、喜びに近い色を帯びた。


進化は、まだ始まっていない。


だが、

“始めるための言葉”は、すべて揃ってしまった。


――そして今、

剣はもう「待っている」のではなく、

始まる瞬間を、こちらに突きつけていた。


剣が、静かに熱を帯び始めている。

燃えるような熱じゃない。

氷の奥で何かがひび割れ、砕け散る直前に似た――不吉な温度。


悠真は、無意識に息を止めた。


(……来る)


まだ触れてもいない。

進化させると決めたわけでもない。


それなのに剣は、もう勝手に“進化の輪郭”をなぞり始めている。


(……こんな前兆は、今までなかった)


「……本当に、いいんですか」


最後の確認だった。


「進化はやり直せません。

結果が望んだものと違っても……絶対に戻せないんです」


女兵は、かすかに微笑んだ。


「戻らなくて、いいんです」


その言葉は、覚悟なんかじゃなかった。

もう、ただの断定だった。


「……父は」

「戦場で、何度も“戻れない選択”をしてきた人でした」


彼女は深く息を吸い、吐き、絞り出すように続けた。


「だから……最後くらい」

「報われても、いいと思うんです」


悠真は、剣の柄を強く握り直した。


(報われる、か……)


進化は万能じゃない。

救済になることもあれば、破壊になることもある。


だが今は、彼女の言葉を否定できなかった。


「……分かりました」


低く、決意を込めて。


(この剣が背負わされてきた“終わらないもの”を、今、ここで――)


「始めます」


そして、心の奥で、

はっきりと命じた。


――進化しろ!


その瞬間。


剣の奥で、何かが“ほどけた”。


爆発はない。

光も雷鳴も衝撃もない。


ただ、空気が重く、重く沈み込んだ。


世界が、一瞬だけ呼吸を止めたみたいに。


女兵は待っていたかのように目を閉じると、

ぎゅっと胸元を掴んだ。


悠真はその仕草を見逃さなかった。


「……?」


指が布を掻きむしり、爪が食い込む。

今まで必死に抑え込んでいた何かが、一気に解放される。


次の瞬間。


空気の底で、“歪み”が走った。


剣と女兵の間に、見えない線が強制的に結ばれる。


(……繋がった?)


直感が、激しく警鐘を鳴らす。


だが、もう遅かった。


剣が、はっきりと“こちら側”へ踏み出してきた。


これが進化の始まりだ。

何百回と見てきた、あの感覚そのもの。


「……しまっ――!」


言葉が喉で潰れる。


その時。


女兵の体から、微かな――いや、

とんでもなく濃密な魔力が滲み出した。


弱々しいものではない。

長い間、押し殺し、封じ込め、息を潜め続けた“圧縮された意志”が、今、溢れ出している。


(抑えてた……いや、封じてたんだ……最初から)


力を持っていなかったわけじゃない。

使わなかったのでもない。

“存在しないもの”として、

鍵をかけていたんだ


「……ユウマ」


静かで、冷たい声。


もう誤魔化す必要はない。

名を伏せる理由もない。


女兵は目を閉じたまま、唇を歪めた。


「ここまで来れば……もう、誰も止められない」


治療兵が「……?」と、

言葉にならない違和感を感じ取った。


そこにあったのは祈りなんかじゃなかった。

ただの、確信だけ。


その声には、もう“怯え”はなかった。

震えも、迷いもない。


ただ、完成を“迎えに行く者”の声だった。


剣が、低く鳴る。

金属音ではない。

概念が軋み、世界の理が削られるような――

不快で、恐ろしい共鳴。


「……っ、待、て……!」


悠真の口から、焦りが溢れ出す。


「まだ、今じゃない……!」


分かってる。

制御できない。

止められない。


それでも、言葉が勝手にこぼれ落ちる。


剣は、もう応えない。


進化は「起きるかどうか」の段階じゃない。

「どう完成するか」だけが残されている。


必要だったのは、

“始める意思”と、

“刻み込む願い”。


その瞬間――


テントの外で、空気が裂けるような気配が爆発した。


床を蹴り砕く衝撃。

突風。


(速すぎる……!)


セレスだ。

索敵を張り続けていた彼女が、

“最悪の反応”を捉えて、

ほぼ瞬間移動並みの速度で飛び込んでくる。


間に合うかどうかじゃない。

もう飛び込むしかないと判断した速度。


その直後、必死に追いすがる足音。

リィナだ。


だが――


もう、遅い。


剣は完全に目を覚ました。


悠真の手の中で、

“進化を待つ剣”は、

“進化を始める器”へと変わり、


今まさに、

取り返しのつかない一歩を、踏み出そうとしていた。


そして女兵の唇が、ゆっくりと動く。


「……ありがとう、ユウマ」


その声は、どこか遠く、

どこか嬉しそうで――


次の瞬間、


剣が、眩い光を放ち始めた。

第88話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

第89話『常闇の苗床』


「進化は……願いを叶える力でしょう?」


血を吐きながら、囁く。


「だから私の願いは――」


剣が鳴いた。


「この剣を、“絶対悪”に完成させること」


その瞬間。


悠真と剣の繋がりが、完全に遮断された。


────────────────

ブックマーク・評価していただけると、

更新の励みになります!


(ブックマークすると次回更新のお知らせが来て便利ですよ〜m(_ _)m)


感想やご意見もいつでもお待ちしています!

みなさんの声が本当に力になります。

よろしくお願いします。

次回もぜひお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ