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第104話:北部最奥、神話の終焉

王都が戦火に包まれる数日前から、

世界の北端、

万年雪に閉ざされた霊峰「竜の墓標」は、

すでにこの世の地獄と化していた。


「……クサイ。

生きてる奴、温かくて、クサイ。

ボクの『おもちゃ』、壊すから、クサイ……」


猛吹雪の中を、

異様な速度で駆ける影があった。

四大魔将が一柱、獣魔将ドルク。


全身を硬質な灰色の毛皮に覆われたその姿は、獣というより悪意で編み上げられた不定形の闇に近い。


強靭な後脚で雪を蹴り、

四本の腕を地面についた前傾姿勢で疾走する。


鼻をヒクつかせ、

冷気に混じる「極上の肉」の匂いに、

粘りつくような涎を垂らした。


ドルクの背後には、

数千、数万という「異形」が地平線を埋めている。


かつて悠真たちが戦った戦鬼や巨人。

だがそれらは、

もはや元の形を留めていない。


無数の戦士の腕が百本も生えた大百足、

何十体もの魔物の頭部が脈動する肉塊に埋め込まれた巨人――。


「ツギハギ」の軍勢。

死者の尊厳を徹底的に汚し、

ただ殺戮の機能だけを繋ぎ合わせたドルクの『最高傑作』たちが、雪原を黒く染め上げていた。


「――穢らわしき『無』の眷属どもめ。

神域に土足で踏み入る無礼、

その命であがなうがいい」


天を突く咆哮が響き、

雪雲が真っ赤に焼けた。


空から降り注いだのは、雨ではない。

大地そのものを溶解させる、

高濃度の火焔の奔流である。


「グゥ、アツい……。

傑作たちが、溶ける、もったいない……」


ドルクが低く唸り、

四本の腕に携えた魔槍を構え直す。


彼の目の前で、

百本腕の巨人が一瞬で炭化し、

崩れ落ちた。


炎の向こう側から現れたのは、

全身を真紅の鱗で覆った巨躯

――焔竜王プロメテウス。


かつて悠真たちが対峙した氷の竜すらも、この王の前では孵ったばかりの幼生に等しい。


その羽ばたき一つで周辺の気圧が激変し、

降り積もった万年雪は一瞬で蒸発。

戦場は視界を遮る灼熱の霧に包まれた。


「人間ごときを弄ぶ呪術、

我ら竜族には通じぬと知れ!

塵も残さず、虚無へ還してくれる!」


焔竜王の合図とともに、

上空に控えていた数百の竜たちが一斉に急降下し、「竜の息吹ブレス」の豪雨を叩き込む。


ドルクのツギハギ軍勢は、

その暴力的な熱量の前に、

反撃の術もなく次々と焼かれ、

砕かれ、

肉の焦げる悪臭を撒き散らしていく。


だが、

ドルクの瞳に宿る狂気の光は消えなかった。


それどころか、

彼は歓喜に身を震わせ、

四本の魔槍を大地に深く突き立てた。


「……良い。すごく、良い。

竜の肉、固くて、強い。

ボクの中に、繋げば……最強の、おもちゃになる……!」


ドルクが大きく口を開けた。

その喉の奥から、

無数の黒い影の触手が、

まるで生き物のように噴き出す。


「『死骸結合アマルガム』……みんな、集まれ。一つに、なろう……?」


焼かれたツギハギたちの残骸が、

ドルクの叫びに応えるように脈動し始めた。


炭化したはずの肉が、

千切れたはずの腕が、

黒い影に引かれて一箇所に集まり、

ドルク自身の体を取り込んで巨大化していく。


「なっ……何だ、あの姿は!?」


焔竜王が目を見開く。

そこに出現したのは、

戦場の死骸すべてを飲み込んだ、

高さ数十メートルに及ぶ「肉の摩天楼」だった。


千の悲鳴を上げる口を持ち、

千の腕を振り回す、地獄の化身。


「グオォォォォン!!」


ドルクと一体化した巨大肉塊が、

空飛ぶ竜の一体を捕らえ、

そのまま自らの肉体へと「縫い付け」た。


「ギャアアアッ!」


生きたまま、

竜が肉塊の壁に埋め込まれていく。


その絶叫も虚しく、

竜の生命力はドルクの動力源へと変換され、肉の塔はさらに禍々しく肥大していった。


「貴様ぁぁッ!!」


激昂した焔竜王プロメテウスが、

自らの命を燃やすほどの極大ブレスを放つ。


真っ赤な火柱が肉塊を貫き、

ドルクの半身を消し飛ばした。

だが、ドルクは笑っていた。


「……半分、足りない。

だから……君ので、埋めるね」


消し飛ばされた傷口から、新たな「腕」が、それも先ほど飲み込んだ竜の形状を模した影の腕が突き出し、焔竜王の喉元を喰らい尽くさんばかりに締め上げた。


竜族の誇りと、魔将の狂気。

北部の雪原は、

神話の時代を彷彿とさせる血と炎の地獄へと変貌していた。


「……ア、アァ……足りない、

まだ、足りない……!」


巨大な肉の塔と化したドルクが、

悶絶するように数多の口を歪めた。


再び放たれた、

焔竜王プロメテウスの命を賭した極大ブレス。


ドルクの肉体の七割を焼き払い、

再生の速度を上回る崩壊を強いていた。


ドルクは焦燥に駆られ、

四本の腕で自身の崩れゆく肉を繋ぎ止めようとする。


「狂った獣よ、

その魂ごと灰に帰すがいい!」


焔竜王が最後の一撃を放とうと顎を開いたその時、ドルクの瞳にどす黒い歓喜が宿った。


彼は焔竜王の大きく開いた口内へ腕を深く突き刺すと、崩れゆく自らの肉体をあえて「爆発」させた。


飛び散った数千の肉片は、

まるで意志を持った弾丸のように、

開かれた眼孔や鱗の隙間、

鼻孔へと容赦なく潜り込んでいった。


「――『強制結合オーバーライト』。

……ボクと、一緒になろう?」


「なっ……が、あぁぁぁぁッ!!」


焔竜王の体内から、

無数の魔槍が突き出した。


内側から肉を裂き、骨を砕き、

命の源泉を書き換える。


紅蓮の炎を纏っていた王は、

内側から噴き出した影の茨に飲み込まれ、

ドォォォン……! と大地を揺らして沈伏した。


ドルクは辛うじて人の形を再構築し、

プロメテウスの骸の上に立った。


四本の腕はボロボロになり、

足取りは覚束ない。


「……勝った。ボクの、勝ちだ。

この王の肉があれば、

ボクは……最強の……」


「――矮小なり。

その程度の呪術で、

竜の理を統べられると思うたか」


雪原の空気が、

一瞬で『凍りついた』。


背後に立つ、圧倒的な威圧感。

ドルクが首を回すよりも早く、

天から降り注いだ一撃が彼を地面へと叩き伏せた。


そこにいたのは、

古の神話から抜け出したかのような神々しさを纏う、白銀の竜。


――世界最後の守護者、

竜王レイグ=アズル。


その瞳には慈悲などなく、

ただ侵入者を排除する冷徹な意志だけが宿っていた。


「グゥ……あ、

あぁ……デカイ、強い……。

ボクの、最高の、パーツに……!」


ドルクは本能的な恐怖を塗りつぶすように咆哮し、

プロメテウスの死体から吸い上げた魔力を魔槍に込める。


四本の腕が同時に動き、

空間そのものを縫い合わせるような超高速の刺突を繰り出した。

だが、竜王は動かなかった。


「失せよ、不浄の徒」


レイグ=アズルが短く告げると、

彼の周囲に『絶対零度の静寂』が展開された。


ドルクの放った魔槍、

それどころか彼を構成する影、

血、狂気までもが、

その意志一つで完全に停止した。


時間が止まったのではない。

竜王の魔力が、分子の運動さえも許さない絶・対・の・拒・絶を突きつけたのだ。


「カハッ……動か、ない……ボクの、指……」


「命の尊厳を知らぬ獣に、

語る言葉はない」


竜王の巨大な爪が、

ドルクの胴体を無造作に、

だが確実に引き裂いた。


魔将の不死性をもってしても抗えない、

存在そのものを削り取る一撃。


ドルクは声にならない悲鳴を上げ、

北方の大地へとなす術もなく転がった。


四大魔将。

世界を震撼させるその格すら、

この竜王の前では羽虫に等しかった。


レイグ=アズルは、

地に伏したドルクにトドメを刺そうと、

その冷徹な双眸を向けた。


だが、その瞬間――。


竜王の背後に、

一点の「影」が落ちた。


そこには、

竜王の絶対領域を平然と踏み越え、

空中を歩む漆黒の騎士が立っていた。


「……バル、ザーク……?」


ドルクが血を吐きながら呟く。


漆黒の鎧、

そしてその手に握られた、

光を喰らう禍々しい剣。


竜王レイグ=アズルが、

初めてその巨躯を震わせた。

それは恐怖ではない。


この世に存在してはならない「終わりの欠片」を認めたことによる、本能的な拒絶反応だった。


「お前か……この世界の『余白』を、

無理やり閉じ続けているのは」


バルザークの声は、

戦場の喧騒を吸い込むように静かだった。


彼は無造作に『常闇の剣』を構える。


「退け、黒き騎士。ここから先は、

貴様らが踏み入れて良い領域ではない」


竜王の口元に、世界を再構築するほどの高密度魔力が収束する。全生命を畏怖させる最強のブレスが、バルザークへ向けて放たれた。


しかし、

バルザークは避けなかった。


「――完成された静寂へ、還るがいい」


『常闇の剣』が、一閃。

放たれた最強のブレスが、

空間ごと「消えた」。


切り裂かれたのではない。

バルザークが剣を振るった軌跡に沿って、そこにあるはずの光も、魔力も、熱も、そして竜王の放った未来さえもが、黒い『無』に塗りつぶされたのだ。


「何……だと……?」


「進化も、変化も、もう不要だ。

……世界は、ここで完成する」


バルザークの二振目。


それは、これまでのようにノイズを払う手慰みではない。


世界最高峰の守護者に対し、

彼は初めて《常闇の剣》をその深淵まで解放した。


「――無に帰せ」


横一閃。


放たれたのは、ただの斬撃ではない。

世界の解像度を強制的に塗り替える、

濃厚な「終焉の意志」そのものだった。


かつて健吾の「重絶じゅうぜつの盾 」が奇跡的に一撃を逸らせたのは、それが守護という一点に特化した「ことわり」だったからに過ぎない。


だが、この世界の頂点として君臨する竜王の肉体は、あまりに正しく、あまりに精緻に完成されすぎていた。


数万年の歳月をかけて編み上げられた最強の生命力。

それは《常闇の剣》にとって、最も食らいやすく、最も「消去しやすい」完成されたデータでしかなかったのだ。


白銀の鱗に刃が触れた刹那、

衝撃も音もなかった。

あるのは、ただ絶対的な消失。


ルールに従って最強となった者は、

より上位の理を振るうバルザークの前では、

抵抗の術さえ持たぬ塵芥ちりあくたに等しい。


血の一滴すら流れることはない。

竜王の巨躯は、切り裂かれた断面から夜の闇そのものへと変質し、崩れ落ちていく。


世界を支え続けた不屈の意志も、

神話の象徴たるその誇りも、

すべては最初から存在しなかったかのように、冷徹な虚無の底へと飲み込まれていった。


「……あ……あああ……」


ドルクが絶望に目を見開く中、

世界最高峰の守護者であった竜王は、

一言の辞世も許されぬまま、

跡形もなく消滅した。


その瞬間、

世界を駆け巡った漆黒の衝撃波。


王都で戦う悠真たちが感じた「終わりの音」は、世界の支柱が折れた断末魔であった。


バルザークは無造作に剣を収めると、

戦場には目もくれず、

遥か北の果て――天を突く魔王城へと視線を向けた。


「……無様だな、ドルク」


氷の地面に転がり、

半身を失いながらもなお、

竜王の消えた空間を「獲物」として凝視し、喉を鳴らすドルク。


その執念を、

バルザークは冷たく切り捨てる。


「拾ってやる。……城で作り直せ。

すべてを終わらせるための、

最後の牙としてな」


バルザークが手をかざすと、

黒い霧がドルクの残骸ごと周囲を飲み込んでいく。


彼は王都へ向かうことすら「不要」だと断じたのだ。

追い詰められた獲物が、自ら死地(城)へと這い寄ってくるのを待てばいい。


「さあ……仕上げだ、ユウマ。

せいぜい仲間と手を取り合い、

ここまで這いずって来るがいい。

……まあ、王都に放った二匹の愛玩動物ペットを振り切れればの話だがな……」


黒霧が晴れた時、そこにはもう、

漆黒の騎士も魔将の姿もなかった。


北部の雪原に残されたのは、

吹き荒れる冷たい風と、

主を失い崩れ去る竜たちの絶叫。


そして、世界そのものが、今、

誰の手にも負えない虚無へと向かっていることを悟った、生き残りの竜たちの震える鼓動だけだった。

第104話、最後まで、ご覧いただき本当にありがとうございます。(^^)


リアクションd(^^) もたくさんいただいて嬉しいです! ありがとうございます!


次回は、

105話『進化の"複能"~未完成の光~』


だが今、少年の言葉が、絶望に沈みかけた思考を激しく揺さぶる。


(――才能を、引き出す?)


視界が、急激にクリアになっていく。


(俺がしてきたのは、ただの「上書き」だったんじゃないのか?

「武器」の限界を広げるだけで、俺自身の限界は、ずっと変わっていなかった……)


「……そうか」

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