3-2-4 見参、黒衣の魔剣士 ルーファスネイト ②
本日3話目の投稿です。
「やれやれ。去ったな。面倒なことだ」
ふっと空気の重さがなくなる。
さっきの冷たいものじゃない、のんびりした声が俺の中に響いて、全身の力が抜けた。
「……ん?」
ぱた、ぱた、と水が落ちる音がする。
止まっていた息を思い出した瞬間、俺から漏れ出したものだ。
「おお…?」
間の抜けた声を出すルーファスネイトに脇に手を入れてひょいと持ち上げられて、やっと自分のとんでもない失態に気づく。
ちょ、これ、俺…!
だ、誰か…ウソだと言ってくれ……!!
「なんと…俺は確かにあちらこちらで知らんうちに悪名をつけられていたが、まさか漏らされるほど怖がられるとは……いや、これは血か」
血だけなら! よかったんですけどね!!
なんでだよっ! 殴られた後もさんざん出たのにこんなタイミングで……!!
でも、だって! さっきからもうぜんぜん下半身に力が入らないし出てる感覚もないんだから、しょうがないじゃないか!!
「これ、動くな」
たしなめながら抱え直されて、でも俺はじっとできずにただ顔を覆ってじたばたした。
あの神様的ななにか、頼む! 叶うなら今からもう一回人生をやり直させてほしい!!
恥ずかしいし情けないしで泣くに泣けない俺を抱え直したルーファスネイトが、腰鞄からなにか出して、キュポンっと音がした。
「ほら、口を開けろ」
な、なんで? ……って、この白い小瓶、またポーション!?
もういらないよ!
ぎゅっと口を閉じて首を横に振ったけど、ルーファスネイトは許してくれなかった!
「心配せんでも、漏らしたわけではないぞ。まだ血が出ている。これは腹の中身がやられたせいだ。いいから口を開けろ。今飲んでおかねば死ぬぞ」
そ、それは困る! そう言われて落ち着いて自分の身体を確認したら、……確かに。まだぽたぽたと下半身からなにか出てた。
恥ずかしい話だけど、自分じゃどうにもできないんだ。
うう、もう飲みたくない……けど、しょうがないか。おずおず開けた口に、とろっと甘い液体が入ってくる。
あれ、これ……普通のポーションじゃない……?
「ゆっくり飲め。傷に行き渡るようにだ」
そう言われて口の中でもごもごしたら、痛かった歯の根元や切れてたらしいところが落ち着いてきた。飲み込んだら、液体が通り過ぎたところがふんわり暖かく感じる。
もう一口。……お腹の中がぽかぽかしてきて、じくじく続いてた胸って言うか心臓の痛みがましになったし、下半身にも少し力が入った気がした。
あれ、視界もはっきりしてきたんじゃない? さっきより離れたところまで見えてるっぽい。
これもエーデルポーションなのかな? 瓶の形も味もちがうけど、効果はいっしょ……いや、こっちの方が高いような気がするけど。
ルーファスネイトの持ってる白い小瓶を見ながら首をかしげたら、ふたをして「よし」とまた俺を抱え治した。
あちこち痛いのは変わらないけど、もう前屈みになってお腹を抱えっぱなしじゃなくても大丈夫そうだな。これ、もしかして歩けるようになったんじゃない?
そう思ってもう一度降りようとしたけど、下ろしてくれない! なんでだ!?
「これ、動くなと言ってるだろう?」
いや、そう言われても! この人、見かけより力が強いな!!
びくともしない腕にむかついて口をとがらせると、のんびり歩きながらルーファスネイトが言い出した。
「俺は確かにあまり親しみやすい見かけではないかも知れんが、これでも子どもや動物は好きでな……。そうだ、犬や猫はみな俺の前だと大きな目をして、それは行儀よくじっとしているのだぞ」
だから撫で放題だって、残念だけどそれは怯えられてると思うよ……。
いや、今それはどうでもいい。
「なんだ、そんなに降りたいのか?」
降りる!
ぶんぶん頷くと、ひょいと下ろされたけど…だめだ、べちゃっとへたり込んでしまった。
「だから言っただろう」
うるさい! くそ、いっそ這って行くか!?
必死に立ち上がろうとしても無理だし、かくなる上はと思ったけど、また持ち上げられた。
「あちらに行きたいのか?」
そうです!!
思いを伝えたくて必死に目を合わせてまたぶんぶん頷くと、「よし」と微笑んだルーファスネイトが見た目に似合わない大股で歩き出した。
二人とも歩いてるだけなのに早いのは、やっぱり足の長さのせいか…!
っていうか、音がしない? 俺の耳、まだじんじんするし、ましになったと思ったんだけどな。やっぱり耳がだめになってるの?
声はまだ出ないし、じれったい思いで上等な仕立ての服を掴んで暗い森を見回す。
しばらく進むと、ぱっと真昼のような炎が一瞬あたりを照らした。
マリーベル…!? 火は使うなって言ったのに!
ピルピルさんは? まさかまだあいつらの仲間がいたのか!?
「美しい炎だな」
いや、確かに綺麗だけど、ダメだってば。森が怒っちゃうよ!!
焦ってまた降りようとしたけど、ヴィントに比べて細身のルーファスネイトの腕はやっぱりびくともしない。
俺が弱ってるから? でも早く行きたいのに!
「なに、心配はいらんよ」
どうして!?
悔しい思いで美しい横顔を見たら、ルーファスネイトは子どもをあやすように俺の背中を撫でて教えてくれた。
「あれは闇を照らすための炎だ。森を焼き、命を奪うものではない」
「………」
確かになにも騒いでいない。森も静かだし、あいつらに連れて行かれるときはあんなに恐ろしい気配が漂っていたのに、今はまるで少し離れて見られているみたいだ。
さっきもゴブリンウィザードさえ火を使わなかったら、トレントも寝たままだったみたいだし。
また音もなくルーファスネイトが進む。びっくりした……。フクロウの声まで聞こえてきたぞ。
警戒されてないんだな。まるでこの森の住人になったみたいだ。
少し離れた木陰からタイラントホーンの親子が、それより遠い距離からサーベルウルフらしい群れの目の光がこちらを伺っていたけど、どこからも敵意を感じなかった。
むしろ、なんだかこれって見守られてるような……?
どうしてだろう?
不思議に思ったけど声が出ないから、ルーファスネイトのつるつるした髪を掴んで引いて、疑問を伝えるのにこてんと首を傾げると、ルーファスネイトも同じように首を傾げやがって、通じてないことがわかる。
ヴィントは俺が言いたいことを汲み取ろうとしてくれてたけど、この人はそれがない。ただ首を傾げてにこにこしてるだけだ!
子守りが得意ってのは、絶対あんたの錯覚だと思うぞ!?
どうすれば…そうだ。
皮がめくれたままでビリビリする指で魔物を指してもう一回首を傾げたら、「なるほど」だって。
やっと俺の言いたいことがわかったらしい。
ルーファスネイトは穏やかな表情で魔物たちを見ながら教えてくれた。
「あいつらが襲ってくることはないさ」
だから、なんでだよ? もう一回髪を引く。
「ゴブリンや死の刻印を受けたものは別として、元々魔物は人よりも賢い。勝てぬ勝負は挑まんよ」
くっ、さらっと強者の発言キタコレ…! さすがはゲーム中でも最強と謳われた冒険者だな!!
こいつらは絶対終盤で敵になる、なんならルーファスネイトがラスボスに違いない説があったし、俺もエンディングを見るまではずっと疑ってたよ!!
なんかいろいろ負けた気がして「ぐぬぬ」と悔しさを噛みしめていたら、人の気配が近くなってきた。




