3-2-4 見参、黒衣の魔剣士 ルーファスネイト ①
本日2話目の投稿です。
タイミングよく空に現れた二つの月が、淡い光で俺にその優美な姿を見せてくれる。
不思議だ……。夜だし、こんな月明りだけで見えるはずがないのに。
でも俺の目は確かにその人の周りを漂うマナを感知して、まるでそのしなやかな姿を浮き上がらせるように捉えたんだ。
長い外套もその下のシンプルながら貴族のような仕立ての服も、なにもかもが黒い。
ゆっくりとこちらに向き直った長身の人物は、夜空で作られたみたいな藍色の長い髪と同じ色の目、透き通るような白い肌をしていた。控えめな月光を浴びて、羽つきの耳飾りがキラリと揺れる。
出た…出やがった! そりゃ相棒のヴィントがいるなら、いっしょに出てくるよな!
この男は美貌で名高い月光旅団の黒衣の魔剣士、ルーファスネイトだ!!
「ルーさん、見つけたよ」
「よし、無事だったか」
「どう見ても無事じゃないよね?」
「ははは、生きているなら無事と同義さ」
こっちはこっちで絶世の美女顔負けのぞっとするような美形なのに、朗らかに笑うととたんに雰囲気が柔らかく、とっつきやすくなるのが不思議だ。
その足元に、死体が二つも転がってなければね!
「大丈夫だよ。こいつらはもう動かないし、聖水と塩も使った後だからね」
腕の中でびくっとしたから気にしてくれたらしい。ヴィントが気を遣ってめっちゃよしよししてくる。
言うことが物騒なのは住んでる世界が違うからだろうな。…いや、俺も今はこっちの住人だ、慣れなきゃ!
見えないようにしてくれたんだろうけど、俺は意を決して身を乗り出し、転がってる死体を確認する。
一つは巨人族…ベイルか。もう一つは人間だけど、鎧じゃない…知らないな。誰だ?
どちらも目立った傷はないけど…いや、だから怖がらずによく見ろ俺。もうサラリーマンじゃなくて冒険者なんだから!
ベイルの方は服の胸元にちょっと穴が空いてる、かな? うん、空いてる。
服の色が濃くてわかりにくかっただけか。じゃあ心臓に受けた傷が致命傷かな。
まじまじと見てたらベイルの驚いたように開いたままの片目と視線がかち合って、慌てて俺は目を反らした。
こここ、これ以上は無理! さっきは確かにぶち殺すって思ってたけど、冷静になったら無理無理無理!!
「あれ、もう一人は?」
「うん、逃げた」
「逃がしたの間違いでしょう!」
いい笑顔で言い切った相棒の頭に、ヴィントが遠慮なく拳骨を落とす。
かなり痛そうな音がしたけど、大丈夫なの!?
「ほら、ちょっと抱っこしてて!」
ちょ、俺は荷物じゃないんだけど!!
ヴィントがぐいっと俺をルーファスネイトに渡して、今度はこっちに抱えられてしまった。
完全に俺、手荷物扱いだよね……。なんなの、ちょっとこっちの人たち、基本的人権ってのを少しは考えた方がいいよ!
「やれやれ、遠慮のないやつだ」
すぐに見えなくなったヴィントの背中を見送ったルーファスネイトがふっと笑って、やっと俺に視線を向けた。
視線が合うと、そのまま吸い込まれそうに美しい目だ。切り込んだような二重で形も完璧だけど、なんか色というかなんというか…まさか人生で他人の眼玉に見とれる日が来るなんて思わなかった。
ゆっくり瞬きしたら風を感じそうな長いまつ毛を見てたら、マッチ棒を乗せたくなってくる。
「!」
でも自分で俺を見たくせに、なぜか顔ごと視線をそらされた。むっ、それはちょっと失礼じゃない?
ムカついてぐいっと強引に顔を掴んで戻したら、びっくりしたようにぱたぱた瞬きをして、なんとも美しい紺色の目が今度こそまっすぐ俺と合った。
あれ、美形だからチカチカしてるんじゃないよね。なんだこれ…。気になる。なんか不思議な目をしてない?
そのままじっとルーファスネイトの目を覗き込んだら、紺色の中にチラチラと星のような輝きが見えた。
「……そんなに見られては困るのだが……」
なんでだ? こてんと首を傾げたら、うろうろと視線をさまよわせたルーファスネイトがまたおずおずと俺を見て、さっと視線を外す。
人の目を見て話せって、父ちゃんに教わらなかったのかと一喝したい。
仕方がないからまた顔を掴むと、諦めた様子で俺を見て、ちょっと困った顔になった。
いつもの俺ならこんなことよく知らない人にできないけど、さっきのヴィントとのやりとりを見たせいかも。ルーファスネイトにはできてしまうのが不思議だ!
「うん、自己紹介は必要だな。俺はルーファスネイトという。月光旅団というパーティの、一応リーダーだ。まあ、メンバーは俺とヴィントしかいないのだから、どちらが偉いということはない。だが、登録上どちらかがリーダーの欄にサインをする必要があるのでな」
ええと…ブラック企業とはいえ一応社会人として働いていた経験上、リーダーよりサブの方がしっかりしてないと困ることが多いし、適材適所なんじゃないかな?
それに、この人の声もはっきり聞こえる。どうしてだろうと考えて、ふと気がついた。
そうか、魔力だ……。二人とも強いし、魔力も高いからか。声にも魔力が乗るんだな。
「しかし、俺は子守りは得意な方だが、困ったな。どうした?」
いや、子守りとかいらないし。
心配そうに聞かれて、声を出すのが難しくてもまた手に字を書こうかと思って、ふっと気がついた。
なんでこんなに目を合わせたがらないのか、わかった!
ゲーム中でもあちこちのキャラが噂してたんだよな。まあ大体は町人の女の人たちだったけど、ルーファスネイトの目を見たら虜にされるって。
酒場の吟遊詩人も歌ってたんだよね。ルーファスネイトの美貌を称える歌詞の中に、見た者を魂ごと囚えると評判の魔眼の持ち主だって。
なんだよ、ただの美形じゃないか! この目が悪いって言うより、絶対ただ見とれてただけだろー!?
もしかしてこれ、気にしてるのかも。だったらちょっと励ましてやりたくなったんだけど、そうだ。今はそれどころじゃない!
「! …っ!!」
「んん? どうした? 暴れるな」
暴れるよ! ちょっと下ろしてください!
ちくしょう、びくともしないってなんだよ!? 見かけは優男なくせに力が強いな!!
ヴィントは大丈夫だって言ってたけど、やっぱり自分の目でマリーベルの無事を確かめたい!
「暴れるなと言っているだろう。…ん?」
じたばたしていたら、ふっとなにかが近づいてくる気配がした。
いや、音がしたんだ。振り返ったら、ぼろ切れをまとって杖を握った大きなゴブリンが、わずか数メートル先の茂みの向こうからこっちを見ていた。
ウソだろ…ゴブリンウィザード!? ここ、まだ森の深部じゃないのに! ゴブリンマージを飛び越して、なんでこんなとこにゴブリンウィザードがいるんだ!?
めったに姿を現さないゴブリンウィザードは、それぞれ闇属性のほかに四大元素魔法のうちのなにか一つを極めてるんだ。
このゴブリンウィザードは最悪なことに火だったらしい。杖の先に火のマナが集まっていくのが見える。
眠っていたトレントたちが目を覚ましてざわつく気配までしてきた。こんなところで使われたら……!
ぐっと、俺を抱くしなやかな腕に力が入った。
ルーファスネイトは面倒そうに溜息を一つついて、ゆっくりとゴブリンウィザードに、そして動き始めたトレントたちに向き直る。
その瞬間、辺りの空気が物理的な重さを増してこの男の領域を形成した。
「失せろ」
耳から入った声に、背骨を直接震わされる。
ルーファスネイトから闇のマナが立ち上って黒い蝶の形になって舞い、湧き出る魔力の生んだ深淵から魂まで支配されそうな闇の神の視線を感じた。
闇属性を極めた者だけが持つスキル、支配者だ……。このスキルを持つ者の領域では、すべてのスキルを封じられる。
枝やヤドリギを伸ばそうとしていたトレントたちが項垂れて道を譲るように引き、ゴブリンウィザードの杖から火が消えた。
剣も抜いていない。
でも、そんなもの使うまでもなく、魔力を乗せた言霊一つで俺はこの男に殺されるんだ。
………こわい。
自分がちっぽけな石にでもなった気がした。




