20 先代登場
「あのぅ……それで、精霊王様の盟約違反って……結局どうなって……」
バルドルフとコーデリアのコントのような攻防が落ち着いた頃合いを見計らって、ティレーリアがおずおずと切り出す。
面白そうに二人の攻防を眺めていたエリアディールが、そうであったな、と意識をティレーリアとヴィリディスに戻した。
「〝三人目の花嫁候補〟が森のすぐ傍におる故、通りがかりに拾わせると人の王には伝えてある。王都から出立した勇者一行は五人揃って無事に帰還するであろう、とな。オーギルからも諒承の答えが戻ってきておるよ。それに、コーデリアには途中であの村に行くように伝えたであろう?」
「確かに、最後に立ち寄る村の指示は頂きましたが……」
「ほらな。我は盟約違反など、犯しておらぬだろう?」
微笑んだエリアディールに、人間達は内心で揃って「えぇぇぇぇぇ??」と声をあげたけれど、ヴィリディスが浮かべた部屋の中が凍り付いてしまいそうな笑みと、実際に少しばかり部屋の温度が下がった気がして、口に出す事は出来なかった。
「ちょっとあれと戦って良い?」とヴィリディスに打診されたコーデリアは、凍えそうな指先を握り込んで「それだけはどうかご容赦くださいませ」と、何とか拒否の意を表す事に成功する。
その時、ふいにコロコロと鈴が転がる様な笑い声が部屋に響いた。
「あまり息子をいじめないで下さいな、アディ」
エリアディールが声のした方に視線を向けて、そしてふっと微笑んだ。
「久しいな、キャスリン。バーディアルも」
部屋の扉からゆったりと入ってきた男女の姿に、ヴィリディスは「来たのか……」と呟くと、ティレーリアを床に下ろした。
見た目は四十代といった二人の、女性の方は面差しがどことなくコーデリアと似ている。
そしてコーデリアがその女性を目にした途端息を呑んだのを見て、ティレーリアは恐る恐るヴィリディスを見上げた。
「あの……ヴィー……もしかして………」
「あぁ、父と母だ。母はコーデリア王女の――曾祖父の姉にあたる……んだったかな??」
ヴィリディスがコーデリアに確認すると、コーデリアはゆっくりと頷く。
「えぇ――我が王家より先代魔王の元に嫁いだ、キャスリン王女…………」
「え。曾祖父の、姉……?」
ベルトールがそれって何歳? と呟こうとして、「女性に年齢の話はダメ絶対」とバルドルフに後頭部を叩かれている。
「ふふ、おばあちゃんなのは本当だもの。お気になさらず」
キャスリンがバルドルフに片目を瞑って見せるその様は、とても可愛らしい。
「人妻でもおばあちゃんでも良い…………」と呟いたバルドルフを、今度はベルトールがどついた。
「アディ、私お願いしましたよね? あんまりヴィリディスで遊ばないでくださいな、て」
おっとりと首を傾げるキャスリンに、エリアディールがさてな、と口端を持ち上げた。
「聞いた気もするが、約束はしておらぬよ」
「まぁ! 分かった、とおっしゃったくせに……。ねぇ、あなた?」
「諦めろ。これはそういう性質だ。病気みたいなもんだから、いくら言ったところで治らぬ」
「ヴィリディスに冗談が通じないのはお主譲りよの。しかも相当に嫉妬深いぞ」
クツクツと笑うエリアディールに、ヴィリディスは誰のせいだと呟いて、そしてティレーリアの手を引いてバーディアルとキャスリンの前に進む。
「もう離宮から出てこないかと思ってましたが……」
「可愛い息子の一大事ですもの。アディまで来たみたいだし、これは行かなきゃ! って」
「つまり野次馬ですね」
「あら、心配したのよ。――しないわけが、ないでしょう?」
ふんわりと微笑んでヴィリディスの頬を撫でるキャスリンに、ヴィリディスは息を落としてはいはい、と面倒くさそうに返す。
「あなた、ヴィリディスが反抗期だわ」
「こいつは生まれた時から反抗期だった」
「あなたとアディが振り回すからよ。物理的にも、精神的にも。おかげで折角可愛い顔をしてるのに、性格の方はすっかり可愛げがなくなっちゃったわ」
頬を膨らませたキャスリンの腰にバーディアルが腕を回して「拗ねるな」とこめかみに唇を寄せる。
何やらいちゃつき始めた先代魔王夫妻に、それまでのやり取りを呆然と見ていたティレーリアは、ヴィリディスを見上げた。
その視線を受けて、ヴィリディスが分かっている、と言うように一つ頷く。
「二人とも、いちゃつきに来ただけなら帰ってください」
「そうじゃないわ、ヴィー! 結局あなたの花嫁の話はどうなるの、とか、ご両親へのご挨拶はどうすれば良いの、とか、精霊王様と魔王様一家って家族ぐるみで仲良しなのね、とか、そういう事よ!」
即座にヴィリディスに突っ込んだティレーリアに、バルドルフが拍手を送る。
「あのお嬢ちゃん中々良いもの持ってるよなぁ。是非お近づきになりた…………」
「ぅわ、バカっ!」
慌てたベルトールの制止も空しく、しっかり耳に届いたヴィリディスから絶対零度の視線を向けられて、バルドルフが両手を上げる。
「こわっ。魔王こわっ。嫉妬こわっ」
「だから、お前黙ってろ!」
「ルゥも黙った方が良いと思うわ」
冷静にエレナに突っ込まれて、男二人は大人しく口を噤んだ。




