14 盟約
この世界には、精霊族と魔族と人族が暮らしている。
遙か昔、魔族と精霊族の間に大きな大きな諍いが起こり、世界は混乱を極めた。
両者の圧倒的な力の前に、人族はただただ怯え、魔族と精霊族の諍いが収まるのを待つ事しかできなかった。
幸い人の国はまだ大きな被害を受けてはいなかったけれど、しかしこのままではいずれは巻き込まれてしまう。
そうなってしまえば人族は無事では済むまいと、人族の王は両者の諍いを何とか収められないかと思案して、そして仲裁の為に娘を魔王の元へ、息子を精霊王の元へ送った。
最初は何も聞き入れなかった魔王だったが、やがて娘の心の強さに惹かれ、そしてお前が花嫁となるならば、という条件で精霊族との諍いを終わらせる事を約束した。
精霊王もまた息子の誠実さを気に入り、その息子と契約を結んだ。
二度とこのような諍いは起こさぬようにと、人族の王は、その性質から相容れない精霊族と魔族の間に、今後も人族が立ち続ける事を決めた。
精霊王は人の王の血統を守護し続ける事を誓い、その誓いとして精霊王の加護を与えた一振りの剣を人に与えた。
その契約はいまだ続いており、今でも精霊王はその王の末裔を守護している。
魔王は人族から花嫁を迎え、そして花嫁の故郷となる人の国に一切の害を及ぼさない事を誓った。
人の王もまた、精霊王の信を裏切る事なく誠実である事と、人族から魔王へ花嫁を差し出す事を誓った。
精霊族と魔族と人族は、この誓いが守られている限り決して諍いを起こさないという盟約を結んだ。
そしてそれまで明確な〝国〟を持っていなかった精霊族と魔族はそれぞれに王の居城を構え、人族はその真ん中に国を造り、真に両者の間に立つ事となった。
居城を得た魔王は、人の国に害を及ぼさないという盟約の下、人の国との間に壁とすべく大きな大きな森を創った。
「人族は魔王に花嫁を差し出す事になった事で、『選ばれた勇者』に魔王の花嫁を送り届ける役目を担わせた」
「……どうして、そこで勇者が出てくるの?」
「当時の人の王もまた、精霊族と魔族との諍いのおかげで混乱していた人の地を治める為の求心力が必要だったんだろうね。『精霊王から授かった剣』によって選ばれた『勇者』が『魔王を討伐した』事にして、人心を掴み、混乱を治めた」
「でも、本当に討伐を行うわけではない……のよね?」
「うん。今と違って魔王の元へ向かう道も安全ではなかった、というのもあったんだろうね。『勇者』は花嫁を確実に魔王の元へ届ける為の護衛役なんだ。そして盟約の中にはね、魔王の花嫁候補は精霊王が選ぶ事、というのもある。 ――まぁこれは後になって加えられた事なんだけど」
「精霊王が、選ぶ?」
「魔王の花嫁は、魔力が高くないとダメなんだ。魔王が存在しているだけで世界の瘴気が増す、というのは事実でね。瘴気が増せば精霊族が弱って、世界の均衡が崩れる。そうすると人もまた生きられなくなる。盟約以前は、精霊王と魔王は本当に戦っていたそうだよ。戦う事で魔王の瘴気は削られて、一時的に世界は落ち着く。その戦いでどちらかが消えても、また次代が産まれる。だけど精霊王はすぐに『王』として産まれるのに対して、魔王は産まれても覚醒するまでに時間がかかる。それで何となく世界のバランスが保たれていたんだろうね」
「盟約を結んだあとは?」
心配そうにヴィリディスの瞳を覗き込むティレーリアにちょんっと口付けて、ヴィリディスは微笑む。
「広大な森があっても、新たな魔王が覚醒するとその瘴気は森を越えてしまう。だから魔王の瘴気を収める為に、結局精霊王と魔王は戦う運命にあった。世界を守る為のもので〝諍い〟ではないからね。その時の、盟約を結んだ初代の魔王は既に精霊族との諍いで力が落ちていたから、次代魔王の覚醒後からまた精霊王と戦うはずだった。だけど、初めて人の娘を花嫁として迎えた魔王のある行動によって、偶然、戦わなくて良い道が見つかったんだ」
「戦わずに……瘴気が収まるの……? ヴィーも?」
「うん、ティーアがお嫁さんになってくれて……儀式が終わればね」
ヴィリディスに髪を撫でられて、ティレーリアはどういう事? と首を傾げる。
「その魔王は花嫁である人の娘を愛した。人の娘もまた、魔王を愛したそうだよ。――だけど魔族はね、人よりもずっと寿命が永い。諍いによって削られたといっても、まだまだ永かった。だから魔王は、自分よりも寿命の短い花嫁と少しでも永く一緒にいられるようにと、自分の力を分け与える事にしたんだ」
「力を……分ける?」
「うん。簡単に言えば、魔王の魔力を花嫁に渡すんだ。 そうした事で初めて、魔王は気付いた。人に力を分け与える事で、魔王の力は弱くなって、寿命も短くなる。力が弱くなるから、当然瘴気も収まる。 ――だから盟約とは別に、魔王には代々『花嫁への力の分け与え方』も継がれているんだよ。これが、儀式の一つ。そして、力を与えられた花嫁は寿命が延びて――魔王と同じ時を生きられるようになる」
「同じ、時を……」
「まぁ、魔王の力を分け与えられた時点で、花嫁はもう『人間』とは言えなくなってしまうんだけどね」




