第34話 家は、生やすものだ(前編)
「では、リーネが暮らす家を作ろう」
私が告げると、イレナは高台から古い作業道へ目を向けた。
「承知いたしました。まずはヴァルネへ戻り、建築を任せられる職人を選びます。資材を運び込む前に、作業道も整える必要がございます」
「……む? 何のために木材を運ぶのだ」
イレナは古い作業道から私へ顔を戻した。
「家を建てるためですが」
私は高台を囲む木々を見渡し、中央の土へ顔を向ける。
「木なら、すでにある」
「周囲の木を伐採なさるのでしたら、土地の利用許可と併せて伐採範囲も――」
「切る必要はない」
人間は木を切って森から運び出し、細かく分けたものを家の形へ組み直すらしい。
だが森の中で暮らすために、なぜ木を切って別の形へ作り直すのか、私にはよく分からない。
「中央に一本、木を育てる。根を深く張らせ、幹の中に必要な空間を作ればよい」
イレナは高台の中央の土を見下ろし、次に枝の重なっていない頭上を仰いだ。
「それで、土の深さと頭上を……」
「この場所なら十分に育つ」
「まさか、家を建てるのではなく、木そのものを家になさるのですか」
「エルフは、そうしている」
私にとっては説明するほどのことでもなかったが、イレナは高台の中央まで歩き、靴底で土を確かめた。
「……今すぐ始められるのですか」
「できる。だが、この土地を使う話は先に済ませると言った」
人間の土地には、人間の決まりがある。
ギルベルトが認める前に作れば、後から余計な説明が増えるだろう。
「一度戻る」
「承知いたしました」
私は高台の位置をもう一度確かめ、イレナと北緑館へ戻った。
◇
北緑館の居間へ入ると、ルヴェンは長椅子の上にいた。
渦を描くように丸められた尾の中央で、リーネが眠っている。
片腕には布の鳥を抱え、もう片方の手は柔らかな尾の毛を握っていた。
ルヴェンは顔だけをこちらへ向ける。
『お帰りなさいませ、主』
「問題はなかったか」
『はい。乳をお飲みになった後、再びこちらでお眠りになりました』
私が長椅子へ近づくと、リーネの目がゆっくりと開いた。
しばらく私の顔を見上げた後、布の鳥を抱えたまま手を伸ばしてくる。
その身体を抱き上げようとしたが、リーネは尾の毛をつかんだ手を離さなかった。
私が少し持ち上げると、握られた毛に引かれ、ルヴェンの尾先まで一緒に持ち上がる。
『リーネ様は、まだ尾をお離しになりません』
「……そのようだな」
リーネの指を一本ずつ開こうとすると、今度はさらに強く毛を握った。
「……む、これは難儀だな」
無理に引き離す理由もない。
ルヴェンが尾先を緩めてリーネの腕へ軽く巻きつけると、ようやく身体を抱き上げることができた。
リーネは私の胸へ収まりながらも、腕に触れる尾を何度も撫でている。
新しい家には、リーネの寝床だけでなく、ルヴェンが尾を広げられる場所も必要らしい。
「候補地は決まった。今から家を作る」
『ついに決まりましたか』
「ギルベルトの許可を得てから向かう。ルヴェンもリーネと来い」
『承知いたしました』
私はリーネを抱いたまま、北緑館に残っていたギルベルトのもとへ向かった。
◇
候補地の位置と森の状態を聞いたギルベルトは、机の上に地図を広げた。
「その森はグレイフェル辺境伯領内ですが、長く利用されていない場所です。水源と作業道を塞がず、周辺の集落へ影響を出さないのであれば、殿下方の住居としてお使いいただくことに異存はございません」
「ならば、決まりだ」
「土地の利用に関する書面は、こちらで整えます。ただ、建物の規模と工期を先に確認させてください。必要な職人や資材についても、領都から手配を――」
「職人は必要ない」
ギルベルトが地図から顔を上げた。
「必要ない、とは」
「私が作る」
ギルベルトは私の言葉を聞いて、「えっ?」と反射的に返す。
「……殿下お一人で、家を建てられるのですか?」
「今日中に形はできる」
ギルベルトが隣のイレナへ顔を向ける。
「殿下は、木そのものを住居へ育てるおつもりです」
「木を、住居へ……?」
ギルベルトは少しだけ考え込み、地図を閉じて立ち上がる。
「私も同行いたします」
「許可は得た。来る必要はないぞ」
「領内にどのような建物が作られるのか、領主として確認する必要がございます」
なるほど。
それなら止める理由は私にはない。
リーネの乳と替えの布を用意する間に、ギルベルトも数人の護衛に待機を命じた。
私は、森へ入るのはギルベルトとイレナだけだと告げた。
人間を大勢連れていけば、静かな場所を選んだ意味がなくなる。
準備を終えると、私はリーネを抱き、イレナとギルベルトを《蒼穹渡り》の風で包んだ。
ギルベルトの靴が地面を離れ、その身体が風の中で止まる。
「で、殿下。これは……まさか、このまま空を?」
待機を命じられた護衛たちが一斉に駆け寄った。
「閣下!」
「案ずるな。落としはしない」
「先にお知らせいただきたかったのですが……」
ギルベルトは周囲を見回した。
するとイレナだけは両足を揃えたまま、風に身を預けている様子が窺えた。
「随分とイレナは、慣れている様子だが…」
「何度か経験しておりますので」
ルヴェンも隣へ浮かび上がる。
その尾先は、移動中もリーネの腕へ緩く巻かれていた。
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