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人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第3話 徒歩の旅と最初の授乳(前編)

 瓦礫の下から拾った赤子が、私の腕の中で口を小さく動かした。

 先ほどまで声の限りに泣いていたのに、今は力尽きたように目を閉じている。

 だが、眠っているわけではない。

 時折、苦しそうに顔をしかめる。


 「遅いな」


 夕暮れの街道を、私は最寄りの村へ向かって歩いている。

 赤子を拾った街から、村までは人間の足で半日。

 私ならば、1刻もかからず着ける。


 空間をつなげば、瞬時に着ける。

 飛行魔法を使ってもいい。


 だが、人間の赤子にどんな影響が出るのか分からない。

 防護結界で包めば問題はないはずだが、私の基準と人間の赤子の基準が同じとは限らない。

 だから私は、仕方なく自分の足で街道を進んでいる。


 『人間の足なら、これでも十分に速いかと』


 「私は人間ではない」


 『腕の中の方は人間です』


 「分かっている」


 私の隣を、大精霊ルヴェンが白銀の獣の姿で歩いている。


 「ルヴェン」


 『はい』


 「こいつは、なぜ口を動かしている」


 『空腹なのでは』


 「先ほども聞いた」


 『先ほども、存じませんとお答えしました』


 「100年も人間の国を見てきて、赤子の食事すら知らないのか」


 『主も同じ100年をご覧になっていたはずですが』


 「私は人間の生活を記録していたわけではない」


 『私も育児を記憶していたわけではございません』


 役に立たない精霊だ。

 そう思った直後、腕の中の赤子が小さく声を上げた。

 私は歩みを止める。


 「どうした」


 赤子は答えない。

 当たり前だ。

 代わりに、口元を歪め、細い声を漏らす。


 「どこか痛むのか」


 『空腹では』


 「それ以外の可能性は」


 『眠い。寒い。暑い。抱き方が気に入らない。何となく不安。あるいは――』


 「多すぎる」


 『赤子とは、そういうものなのでしょう』


 「不合理だな。理由が1つなら、すぐに対処できるものを」


 『人間は赤子でなくとも、不合理な生き物です』


 「それは知っている」


 私は赤子の額へ指先を当てた。

 体温は少し高い。

 だが人間の赤子の平熱など知らない。


 試しに身体の内側を魔力で探ろうとしたが、赤子へ触れる寸前で術式を消した。

 赤子の魔力経路は、細く、未完成だ。

 私の魔力を直接流せば、負担をかける可能性がある。


 竜の心臓を調べるより難しい。


 「……面倒だ」


 『先ほどから、そればかりですね』


 「事実だからな」


 『では、置いていかれますか』


 私はルヴェンを見る。

 白銀の大精霊は、何の感情もないような顔でこちらを見返している。


 「村まで運ぶと言っただろう」


 『ええ』


 「記録にも書いた」


 『記録には、保護すると』


 「村までだ」


 『一時的、の文字は消されましたが』


 「あれは記録として不要だっただけだ」


 『なるほど』


 「また笑っているな」


 『風の加減です』


 その時、赤子が泣き出した。

 先ほどとは比べものにならない大声だった。

 小さな身体のどこに、それほどの力が残っているのか分からない。

 夕暮れの街道に、甲高い泣き声が響き渡る。


 「泣くな」


 『命令しても通じません』


 「分かっている。これは要請だ」


 『より難しいかと』


 「では、どうすればいい」


 『揺らしてみてはいかがです』


 私は腕を動かした。

 泣き声がさらに大きくなる。


 『主』


 「何だ」


 『それは揺らしているのではなく、振っています』


 「違いが分からん」


 『もう少し穏やかに』


 「これ以上弱く動かせば、動いていることにならない」


 『岩石ではないのです』


 「分かっている」


 『竜の頭でもございません』


 「それも分かっている」


 人間の赤子とは、どうしてこれほど扱いにくい。

 強く抱けば壊れそうで、弱く抱けば落としそうになる。

 魔法を使えば負担が心配になり、使わなければ何もできない。


 人間はなぜ、これほど未完成な状態で生まれてくるのか。

 森の獣なら、生まれて間もなく立ち上がるものもいる。

 精霊ならば生まれ落ちた瞬間から、自らの属性を理解している。


 それに比べ、この赤子は何もできない。

 泣くことしか。

 だが、その泣き声だけで、私は歩く速度を上げていた。


 『村が見えてまいりました』


 丘を越えると、街道の先に小さな集落が見えた。

 木の柵に囲まれた、数十戸ほどの村。

 畑には麦が実り、村の外れでは山羊が草を食んでいる。


 「あれか」


 『ハルバ村です。人口は187名。主産業は麦と山羊の飼育。4年前の冬、流行病により23名が死亡しました』


 「よく覚えているな」


 『記憶を司る大精霊ですので』


 「育児の記憶はないくせに」


 『必要な時が来るとは思いませんでした』


 「私もだ」


 村の入口へ近づく。

 見張り台にいた若い男が、こちらに気づいた。

 最初は旅人だと思ったのだろう。

 だが、長い耳と隣を歩くルヴェンに気づいた瞬間、男の顔から血の気が引いた。


 「は……え、エルフ……?」


 私は足を止める。


 「この村に、乳を出す者はいるか」


 「えっ」

読んでいただきありがとうございます。

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